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王族の義務

「私はこの体を中々気に入っているのだ……誰にも理解されないがな」


そう言ってヴァルトリーデは分厚い自分の手のひらを見下ろした。


「この体なら結婚する必要はないし、果たすべき王女の義務も免除される。血筋の祝福の闘病中とみなされるゆえな。私はこの自由を気に入っているのだ。王女にあるまじきことだがな」


貴族には戦いの義務がある。王族にもあるらしい。

だがエーレルト伯爵家の人々のように、覚悟の決まった人ばかりではないらしい。


「私は正妃である母との間に生まれた子どもでな。母は政略結婚であるゆえ陛下との間に情愛はさほどなかったようだが、私はこの上なく陛下に可愛がられた。幼い私は女神のうつし身、精霊のようだと褒めそやされるほど、それは可愛らしかったそうだ」


肖像画を見たことがあるので、カレンも想像がつく。

愛のない結婚で生まれた子どもですら可愛がるとなると、その可愛らしさは肖像画すらはるかに凌駕していたのかもしれない。


「可愛らしさゆえに、私は甘やかされた。……私が魔物を見ると泣くのでな、陛下が特例で戦闘訓練を免除してくださったのだ」

「魔物を見る訓練があるのですね」

「見るどころか、自らの手で殺害する方法を教えられる。王族は必要とあらば騎士を率いてダンジョンを攻略しなければならない立場ゆえな」

「それは何歳の頃の話ですか??」

「七歳からの訓練だな。私は十歳まで免除されていたが」

「子どもには過酷すぎる訓練ではありませんか……?」


王族に生まれるのがそこまでハードモードだとは思わなかった。

ドン引きするカレンにヴァルトリーデは苦笑した。


「それが王族の義務ゆえな。とはいえ安全は保証されてはいる。安全が保証されていようと、本人にとって試練になっていれば女神は認めてくださるのでな。それもあって、本人が安全を確保されていると気づけない幼いうちから訓練し、試練を受けさせるのだ」


へえ、とカレンは感心した。

ある程度育ってからいきなり本当の命の奪い合いの場に放り込まれるより、本人にはわからずとも安全を確保した状態で成長の機会を与える方が、本人にとってはよいのかもしれない。

トラウマになることもありそうだが、命には代えられないという意見もわかる。


「だがまあ、私は逃げた。逃げ続けたが、業を煮やした母――王妃によって無理やり魔物の前に引き出された。そこで情けないことに魔力が暴走して、このありさまだ」


そう言ってヴァルトリーデは自身の体を示した。


「命に別状はないゆえ、魔封じの魔道具の利用許可は与えられなかった……代わりに陛下は私に療養を勧めた。十歳にもなって魔物を恐がる娘に愛想が尽きたか、それとも醜く太った娘に興味を失ったか……どちらかといえば後者であることを願うばかりだ」


ヴァルトリーデは苦い笑みを浮かべた。

後者であろうと、ヴァルトリーデにとって嬉しいことではないだろうに。


「この体のおかげで戦闘訓練からは解放されたし、自由に生きることを許されている。国民には悪いが私は、魔物と戦うのが恐ろしくて、恐ろしくてなあ……」


ヴァルトリーデはぶるりと震える。

カレンとて、錬金術師には少ないといわれるDランクの魔力量を増やす方法があるのはわかっている。

それでも、魔物と命がけで戦おうだなんて夢にも思えない。

ヴァルトリーデの気持ちがわかり、カレンは眉をひそめた。


「殿下……」

「美に執着する娘たちの気持ちが痛いほどよくわかるのよ。誰も魔物と戦うのが恐ろしいから結婚したいなどとは口には出せん。……私も、表向きには命に別状のない私に貴重な魔道具やポーションを費やすなどもったいないから、と治療を避けている。すると、さすがは王女と褒めそやされる。心苦しいが、心を許せる侍女にも護衛の騎士にも本音は言えんよ。ましてや私によくしてくれるエーレルトの者たちには、とても言えん」


エーレルトの人々は、戦う義務を当たり前のこととして受け入れている人たちだ。

ユリウスなんて、貴族の地位にしがみつきつつ戦いを回避しようとする人を罪人とまで言っていた。

ヴァルトリーデも戦うのが恐いとは言えないだろう。

戦いたくないからといってヴァルトリーデが平民になろうとも、国王の娘であるという事実は変わらない。

平穏な生活を送ることはできないだろう。


「その点、わたしは平民の錬金術師ですからね」

「ああ、そなたになら言える。そなたがこのことを吹聴したら、偽証による侮辱として罰を与えることもできる」


脅しめいた口止めに、カレンはきゅっと唇を引き締めた。

カレンがヴァルトリーデの血筋の祝福の副作用に気づかなかったことを、あれほどヴァルトリーデが喜んだ理由がやっとわかった。


ヴァルトリーデは今の自分に満足しているのだ。


「ゆえに、今後そなたが私を痩せさせるようなポーションを見つけ出したとて、それを使わないでもらいたいのだ」


ヴァルトリーデは声をひそめた。

この部屋にはカレンとヴァルトリーデしかいないのに、それでもなお、誰にも聞かせられないとばかりに。


「あまりに愚かなことを口にしているのはわかっている。だが、頼む」


ヴァルトリーデは頭を下げた。

首の肉が詰まって、ほんの少しうなずくだけになっているけれども、切実な気持ちは伝わってくる。


カレンなら、やがて自分の体を治すポーションを見つけてしまうかもしれない、とヴァルトリーデは思ったのだ。


その切羽詰まった願いに、カレンは目を閉じて考え、やがてうなずいた。


「わかりました」

「本当に?」


ヴァルトリーデは疑り深くカレンを見つめた。


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