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怒濤のポーション

数日後、カレンは王女の侍女たちからの許可を得て、ヴァルトリーデの寝所を訪れた。


「まずは足湯をしましょう」


ヴァルトリーデの部屋にいるのはカレンと侍女二名だけだ。

足だけとはいえ入浴なので、ユリウスの姿はない。


「足湯?」

「足だけお湯に入ることです。血のめぐりがよくなり体にいいんです」

「ほう。私はよく手足が冷たくなるのでな。これはよいかもしれん」


この王女、この体になってから入浴をしていないという。湯舟に体が入らないのだ。

平民の家には風呂はないし、カレンとしては不潔どうこう言うつもりはないが、肌のためには絶対に入浴した方がいい。

エーレルト伯爵家に滞在の間は、カレンだってありがたくお風呂を使わせてもらっている。


侍女が進み出てヴァルトリーデの足元に桶を用意し、お湯を注いでいく。

そこにカレンは塩を投入し、ハーブを浮かべ、ぐるぐる混ぜながら魔力をこめる。


「このポーションに足を付けると、安らぐ効果があります。鑑定結果をご覧ください」

「安らぎの足湯、か」


侍女の助けを借りてヴァルトリーデが足元を鑑定する。


「安らぎと肌に一体何の関係があるのだ?」

「体が安らぎ、ほぐれると、体の機能が活性化されるんです」


ストレスや不安に晒されていると、体は上手く機能しなくなる。

眠れないし、食べられないし、肌だって荒れてしまう。

リラックスすることで代謝が活性化される。

まずは綺麗と健康の土台づくりである。


「我々も使用しましたが、よい塩梅でございました」


侍女は頬に触れながらにっこりと微笑む。毒味ならぬ、毒風呂である。


侍女たちは貴族の子女らしく、カレンに対して礼儀正しくも壁のある態度を取っていたものの、試しにカレンの美容ポーションを使ってもらっているうちに、やたらと親切になってきた。

人とは現金な生き物である。


「そなたらが問題ないと言うのであれば、問題はないのであろうな」


ヴァルトリーデは侍女の言葉にうなずいた。


「悪くない香りだな」


ヴァルトリーデは侍女に手伝わせ、盥に足をつけた。


「ああ、これは気持ちがいいな。指先からほぐれていくようだ」

「足先が温まれば血の巡りもよくなりますし、ポーションが入っていなくとも体によいですよ」

「であれば、今後も続けていこうか」

「汗をかくので、水分補給もしてくださいね」

「こうして足湯を続けていくうちに、肌が綺麗になるのか? あまりピンと来んな」

「まだまだ、これだけで終わりではありませんよ?」


カレンの言葉にヴァルトリーデはさっそく汗をかきつつきょとんとした顔をする。

侍女たちもカレンの言葉に満面の笑みでうなずいた。


「更に更に、殺菌作用のあるハーブのフェイシャルスチームでニキビ対策を、桑の葉で作ったハーブティーには美白作用がありますのでこちらをローションとして使いましょう。その次には細胞の再生効果のあるクリームで全身をマッサージしていただきます。最後にはデトックスティーを飲んでいただきますが、こちらはお手洗いが非常に近くなるので、お手洗いにいく準備をしたあとでお飲みいただければ――」

「待て待て待て待て」


ヴァルトリーデに止められて、カレンははたと口を噤んだ。


「何かご不明な点がありましたか?」

「それらがすべて新種のポーションだと言うのか? そのすべてのレシピをそなたが見つけ出したと?」

「わたしも教えてもらったものばかりですが、出所は秘密です」


出所は前世なので、秘密にしておかないと頭がおかしいと思われてしまう。


「……エーレルトはこれまでどうやってそなたを隠していたのだ?」


世の中で知られていないのが信じられないとばかりのヴァルトリーデの言葉に、カレンは誇らしくなる。


「どちらかというと、エーレルト伯爵家の皆様に穴蔵から引っ張り出されたと言う方が正しいですね」

「ユリウスをエサにして、か」

「え、エサというのはちょっと、直接的な表現すぎませんか?」

「だが、そなたは当初ユリウスとの結婚を望んでいたのだろう?」

「殿下もご存じなんですね、それ……」


引き攣った顔になるカレンを、ヴァルトリーデはまじまじと見つめた。


「だが、そなたは仕事を終えて他のものが欲しくなり、しかしユリウスはそなたに追いすがったと聞いている。どういう裏があっての茶番かと思っていたが、案外目に見えるものがすべてなのか?」

「さあ、どうなんでしょう」


訊ねられているようで自問自答のようでもあった。

もしも目に見えるものがすべてだとしたら、ヴァルトリーデはどう思うのか。

その反応を注視するカレンに、やがてヴァルトリーデは言った。


「……そなたを実力のある錬金術師と見込んで、個人的に話しておきたいことがある」


カレンはごくりと息を呑んだ。

これまでは物の数にも入らなかったから見過ごしていたものの、実力のある錬金術師ならば捨て置けないと、ユリウスに近づかないよう命じられるのだろうか。

だとしたら、どうすればいいのか――どうすればいいのかと悩む時点で何かが起きている気がして、カレンは頭を抱えたくなる。


「皆の者、下がれ」


すでに護衛騎士やメイドは席を外していた。

そこから更に、ヴァルトリーデの身の回りの世話をする侍女までもが下がっていく。

部屋にはカレンと王女であるヴァルトリーデの二人だけが残された。


王女と二人きりを許されたのは信頼か。

はたまた強いメッセージを与えるためなのか。


やがて、ヴァルトリーデは深刻な表情で口を開いた。


「私は……痩せたくないのだ」


ヴァルトリーデの言葉に、カレンは目を丸くした。


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