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美への誘い

「別の毒、か……」


カレンが事の次第をヴァルトリーデに報告すると、ヴァルトリーデは眉をひそめた。


「わたしはあの白粉のすべてを知っているわけじゃありませんけど、毒のポーションにできる程度には理解しています。でも、魔力に影響を及ぼすという効果は知りません。白粉に混ざっているんだと思います。混ざっていても白粉をポーション化する際に差し障りのない、何かが」


基本的に回復ポーションは薬草と水でつくるけれど、そこに魔力素材を組み合わせて効果を増やすことで、中回復ポーションや大回復ポーションを目指す試みがある。

混ぜてもポーションが壊れない素材というのは存在する。


だが、それが何かはわからない。

勉強不足の我が身に歯がみするカレンを前に、ヴァルトリーデはうなずいた。


「何にせよ、この白粉の使用を止めさせねばならないということだな。エーレルト伯爵から周知はしてもらったものの、令嬢たちがそれで白粉の使用を素直に止めてくれるかはわからぬ」

「他の令嬢たちもですか……」

「お茶会で紹介された時、令嬢たちはこれを『恋する白粉』と呼んでいたのだ。これを使うと恋が叶うと言って、令嬢たちはこれにすがる。恋を――というより縁談を叶えるためにな」

「縁談を?」

「良い縁談を求める理由は色々ある。だが中でも切実なのは、戦う力を持たない貴族の令嬢よな。表向きには誰も言わぬし、言えぬことだが」


ヴァルトリーデは深い溜め息を吐いた。


「国を守るために戦うことが我々高貴なる者の義務。とはいえ、私のように動くことにさえ難儀する者もいるし、誰もがユリウスのように戦いを得意とするわけではない。だが、義務を果たさぬ者に権利は与えられぬ……まったく、人のことを言えた義理ではないのだがな」


そう言ってヴァルトリーデは自嘲した。


「貴族でも、女は子どもを産まねばならない。ゆえに結婚さえすれば女は戦いの義務から逃れられるのだ。そのために、戦いを諦めた者は結婚相手探しに血眼となるのだろう。より良い結婚相手に見初められるため、美に異様に執着する……」


ペトラもそうだったのだろうか。

ただユリウスに執着していたわけではなく、命がかかっていたのだとしたら、可哀想に思えてくる。


「ペトラだけではないのだ。あの者たちを救うには、果たしてどうすればよいのやら」

「捨て置いてください、殿下」


ユリウスが溜息を吐いて首を振った。

その表情は渋く、ユリウスの感覚はカレンのそれとは違うのだということが伝わってくる。


「この件はヘルフリート兄上と共に私が対処いたします。どのような悪意が絡んでいるかわかりませんので、戦いたくないからと自ら毒を食む者のことなど、殿下がお気にかける必要はございません」

「そうは言われても心遣いをしてもらった者たちのことゆえ、気になってしまうのだ」

「貴族の義務を果たせないのなら、平民になるという選択肢もございます。その選択肢を選ばずに戦いを回避しようとする者がいるとしたら、その者は罪人です。殿下がお気になさる必要はございません」

「うむ……」


ヴァルトリーデは沈んだ面持ちで溜息を吐いた。

カレンはそんなヴァルトリーデに、そっと訊ねた。


「王女殿下は親切にしてくれたエーレルトの令嬢たちを救いたいんですよね?」


カレンがヴァルトリーデに問うと、ユリウスが咎めるような顔をした。

この問題に王女をこれ以上関わらせる必要はない、と言いたげだった。


わかっていますよ、とカレンはユリウスに向かって小さく顎を引く。

ユリウスは軽く目を瞠った。

カレンの問いに、ヴァルトリーデは素直にうなずいた。


「ああ。ままならぬ現実に苦しむ気持ちには、多少の馴染みがあるのでな。私にできることがあれば何でもしてやりたいくらいだが、私などにできることはエーレルトの伝手で錬金術師を呼んでやることぐらいでな」


そう言って苦笑するヴァルトリーデに、カレンはキュピンと目を輝かせた。


「今、何でもするとおっしゃいましたね?」

「ん? まあ、私にできることであればな――」

「つまりご令嬢たちは恋を叶えたいんですよね? 恋ではなくとも良い縁談のため、美しくなりたいんですよね? 美しくなれるのであれば、その道具が毒の白粉である必要はないのではありませんか?」

「それは、そうであろうな。だがあの者たちは頑なで、白粉など使わない姿の方が美しいと言っても信じようとしない。ペトラが倒れた時点で、皆、薄々毒だとわかっている。私も注意喚起をしてきた。それでもなお、使い続けているのだ」

「では、信じざるを得ない状況に叩き込みましょう。そして、それは殿下のお力添えがなくては叶わないのです」

「私の力添え……?」


カレンはにっこりと営業スマイルを浮かべてヴァルトリーデににじり寄った。


「わたしのポーションで今よりもいっそう殿下のお美しさに磨きをかけてはみませんか?」


ヴァルトリーデはたくさんのメイドたちに傅かれている。

だが、肌艶は悪いどころか土気色で、肌荒れしていて、髪の色もくすんで見える。


「ポーションでお美しくなった殿下の姿を見せつけることで、ご令嬢たちを毒白粉への執着から解放するんです」

「……令嬢たちにかこつけて、私の血筋の祝福の治療をしたいという意欲が透けて見えるな。私は治療などいらぬと言っているというのに。そこまで私の姿は醜いか?」


ヴァルトリーデから皮肉な微笑みが零れる。

治療を遠慮しているにしては強い反発を感じて、カレンは戸惑いつつ言った。


「いえ、ふくよかなお姿こそが美しいと言われる土地柄もありますよ。それにわたしのポーションには、痩せ薬はありません」


カレンの言葉に、ヴァルトリーデは分厚いまぶたに半ば潰された目を見開いた。


「そなたは私を痩せさせようとしているのではないのか?」

「正直、食べたり飲んだりするだけで痩せると謳う薬は怪しいです。個人的な見解ではありますが、大抵は詐欺か健康を損なう毒に近い薬だと思います」

「詐欺と毒……」


ヴァルトリーデがきょとんと目を丸くする。

正直、カレンはヴァルトリーデを痩せさせる方法がわからない。

パッと思いつくのは、それこそペトラを蝕んでいた毒ぐらいだ。

あの毒は魔力を抜くというので、魔力が多すぎて困っているヴァルトリーデが適度な塩梅で使えば余分な魔力が抜けるかもしれない。

だが、見知らぬ毒を王女様に使わせられるわけもない。


「わたしがご提案するポーションは美肌のポーションです。毒白粉を塗って肌を白くするより、素肌の美しさを目指しましょう!」

「素肌の美しさ、か……」


ヴァルトリーデはぽりぽりと頬を掻いた。

王女ともなれば毎日回復ポーションを化粧水として使っているだろうに、すでに顎周りにポツポツとニキビができかかっている。


「わたし、美肌系のポーションには詳しいんです」


カレンはキリリとして言った。

自身の作った様々なものがポーションになると知ってすぐに試したものの一つである。


「確かにカレンの肌は白く滑らかで、陶器のように美しいね」


軽率に褒め言葉を口にするユリウスを、カレンはじろりと見上げた。

すべてはこの男が原因である。

しばらくエーレルトで過ごした期間。いつも化粧をできるわけじゃない。

不意にこの男にすっぴんを見られる危険があるのに、荒れた肌でいられるはずがあろうか。


しかも、不意に顔を間近に近づけられることさえあるのである――先程のことを思い出し、カレンは頭を振った。

ユリウスが自らの心の傷を打ち明け真剣にカレンに伝えようとしているときに、ワーキャー言うわけにはいかない。

頬の内側を噛みしめて脳が吹き飛びそうになるのをこらえたものの、心臓に悪い出来事だった。


「どうしてユリウス様は、特別なポーションも使っていないのに、前にもまして艶々ピカピカでいらっしゃるんですかね?」

「ダンジョンに潜っていないからかな? 魔力を消費する機会がなくてね」


ユリウスは恥ずかしげに言う。

はにかみ笑うユリウスの輝きから目を保護するため、カレンは目を細めた。


ともかく、魔力があればユリウスのように、体は比較的完璧な状態に保たれるはずなのだ。

なのにヴァルトリーデのあふれるほどの魔力は体を完璧な状態に保たない。


ユリウスの眩しい笑みから視線を振り切りながら疑問を組み立てつつ、カレンは言った。


「誰もがユリウス様のようにピカピカではいられないものですが、ポーションがあればそれが叶います。それをご令嬢たちに証明するためにも、殿下にお使いいただきたいんです。令嬢たちは今の殿下を知っているので、より効果的かと」

「しかし、血筋の祝福の副作用を治癒できるそなたのような錬金術師に美肌のためのポーションを作らせるなぞ、才能の浪費のような気がするが」


ユリウスも同じようなことを言っていた。

二人して気の合うところをカレンに見せつけようとしないでいただきたい。


「美容のポーションはユリウス様の隣にいることの多いわたしにとって、最重要研究課題のうちの一つです。どうぞお気兼ねなくわたしの研究の糧となってくださいませ」

「研究の糧……それならよいか。はははははは!」


ヴァルトリーデはぽかんとしたあと、笑い出す。

悪いようには受け取られなかったようである。

美肌のためと言いながら、ヴァルトリーデの血筋の祝福に効きそうなポーションを探っていくつもりだ。


「何やら上手く乗せられてしまった気がするな」


うなずいてはくれたものの、釈然としない面持ちである。

血筋の祝福の治療を自分に使うのはもったいないという気持ちが消えないらしい。

この王女様はどれだけ人がよいのだろうか。


「さすがはカレンだ」


ユリウスがカレンの耳元で囁く。

治療する気のないヴァルトリーデを上手く治療に導いたカレンの手腕を、ユリウスは讃えた。


面はゆさに顔が緩みかけたカレンだったが、ユリウスはヴァルトリーデの治療の糸口を掴めたことが嬉しいだけかもしれないと思えば、すぐに表情筋が姿勢を正した。



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