金の逆鱗2
「ダンジョンには、階層ごとの門の前に商業ギルドや冒険者ギルドが協力して中継地点を設けている。だが、それらの中継地点はより下の階層に潜るほど作るのが困難になる。魔物は強くなり、そもそもそこにたどり着ける者はわずかで、たどり着けたとしても拠点を維持するのが困難だからだ。それでも命をかけて物資を届けてくれる者たちのおかげで、我々戦う者たちは更に深く潜ることができる――そこでは小回復ポーションの一つ、そのひと雫さえ貴重なものだ」
地上では化粧水代わりに使われているポーションが、ダンジョン最下層では貴重だという。
戦える者ばかりがパーティーを組んでダンジョンに潜っていれば、必然的にそうなるだろう。
ユリウスがダンジョンで求められるのは戦う力だけではないと言ったのは、こういう意味だったらしい。
「地上では小回復ポーションを湯水のように使う者もいるというのにね……だが私はそうするなとは言わないよ。作り手の錬金術師が納得して、それを妥当な値段で買い取っているのならね。だがその錬金術師が小回復ポーション以外の有用なポーションを作れる者だと知っている場合は、小回復ポーションを作らせるのは遠慮するべきではないか?」
ユリウスの言葉は比喩なのだろう。
その視線はカレンに向いていた。
「カレンはジークの血筋の祝福を癒やすポーションを作った錬金術師だ。彼女のポーションに関して当家には多数の問い合わせが来ている。だがしかし、各家がより重篤な血筋の祝福に病む者にポーションの購入の順番を譲りたいと申し出、誰がカレンにポーションの作成を依頼するのか、当家が依頼の順番を調整しているところだ」
「そうなんですか!?」
「すまない、まずはカレンにする話だったね。ジークの冬の経過を見てからという話だったので、問題はないだろうとわかってはいたものの、はっきりとジークの体調に問題がないとわかってからこの話をする手はずだったのだよ」
ジークが無事に冬を越したなら、カレンに依頼をしたいという家々から多数の問い合わせがあるという。
それを予め知っていたら、カレンはプレッシャーを覚えていただろう。
今プレッシャーを覚えはじめているので間違いない。
知らせなかったのはエーレルトの気づかいだろう。
カレンに優しく微笑んだあと、ユリウスは再びペトラとフランクを冷ややかに見やった。
二人はビクッと小動物のように震えた。
「ヴァルトリーデ王女殿下は血筋の祝福に病みながらも、己の命に差し障りはないからと、カレンのポーションでの治癒を辞退している。より命にかかわる者のために治癒の機会を譲らんとして――それが一体、君たちはどういうつもりだ?」
「も、申し訳ありません……わ、私……」
「毒だと知らなかったのであれば仕方ない。だが、知っていてなお身勝手にも毒を食み、その毒を癒やすために優秀な錬金術師を拘束してポーションを作らせようなどと、よくも考えられたものだな」
ペトラはガタガタ震えながらボロボロと泣いている。
フランクがその顔を必死になってゴシゴシと拭いている。
中途半端に化粧が落ちたペトラの顔はひどいことになりつつも、十分に可愛らしい顔立ちをしている。
「君は私の前で美しくない顔を見せられないと、まるで私のせいのように言ったが――」
「はい、ちょっと、そこで止めましょう、ユリウス様」
ユリウスが何を言いかけたのかは察するしかないが、オーバーキルになりそうだったのでカレンはユリウスに手のひらを向けて止めた。
「ユリウス様、彼女は病気です。そのあたりで」
「愚かにも毒とわかっていて毒を食み、勝手に病になっているだけだろう」
「毒だとわかっていてもなお使い続けずにはいられないほど美に執着するというのは、それ自体が病気です」
「……本人にはどうにもならないことだ、と? そんな病気が本当にあるのかい?」
「あります」
カレンがはっきりと言うと、「カレンがそう言うのならあるのだろうね」とユリウスは苦々しい表情で呟いた。
「だが、私は不愉快なので下がらせてもらう」
そう言って、ユリウスはいつになく荒い足取りで部屋を出ていった。
ユリウスが出ていくまで耐えていたペトラは、ユリウスの足音が遠のくとその場にくずおれて膝をついた。
「わだ、わだし、ただ、ユリウス様に、きれい、って思って、もらいだく、て……っ」
「馬鹿なことを……」
泣き崩れるペトラを見下ろしてフランクが頭を抱える。
カレンはペトラのもとまでいって、その背中を撫でた。
「体が弱ると、心も弱ってしまいます。その弱った心の表れの一つですから、多少は仕方のないことです。ユリウス様がわからないようならあとできちんと説明しておきますから、あまり気に病まないでくださいね」
「うわあああんっっ!!」
ペトラがカレンに抱きついて号泣した。
カレンはその華奢すぎる体を抱きしめ返した。
ペトラはわんわんと泣きわめいた。
「これ、使えば、ユリウス様と、お近づきになれる、って、聞いたのにぃ……っ」
「それは間違ってるので二度と使わないようにしてくださいね」
「わああああんっ!!」
泣き喚くペトラの背中をカレンがぽんぽんと叩いているうちに、やがて力尽きたペトラは眠りに落ちていった。