即席ポーション
「ペトラ、殿下がおまえのために錬金術師を送ってくださったぞ!」
道中、両親は亡くなり妹と身を寄せ合って生きているという話を聞かされていたので、なんとなくつましい住まいを想像していたら、案内されたのは豪邸だった。
エーレルト伯爵家ほどではないものの、こちらへ来てからいくつか見た貴族の家のどれよりも広く、美しいたたずまいだった。
ペトラは二階の一室にいて、部屋には薬香が焚かれていた。
案内されて中に入る。
椅子に腰かけていたのは紫紺の髪をツインテールにしたお人形のように可愛らしい少女だった。
「きゃっ! 本当にユリウス様にお会いできるなんて!」
ペトラは入ってきたユリウスを見るや、嬉しげに声をあげた。
病人のはずなのにドレスアップ済みで、ばっちりと化粧をしていて本当の顔色もわからない。
本当に病人なのか? と疑わしいくらいのはしゃぎようだった。
「ユリウス様がお見舞いに来てくださるなんて光栄ですぅ」
ペトラのハートの付きそうな猫撫で声に、ユリウスは苦笑した。
「ペトラ、ユリウス様はおまえの見舞いで来たわけではなく、錬金術師のカレン様の護衛で来ただけだぞ」
「ユリウス様が私の体を心配してユリウス様が錬金術師を連れてきてくださるなんて……辛いこともあったけれど、耐えて本当によかった……!」
恋する少女は兄の声など聞こえていないし、手前にいるカレンのことはまったく眼中にないようだった。
痩せてはいるものの、目鼻立ちの整ったアイドル顔の美少女だ。
年齢は成人前後くらいだろう。貴族には美少女が多すぎる。
そんな美少女がユリウスを見て目の色を変えている。
直感的に気に食わなかったカレンではあるが、彼女の気持ちはよくわかる。
それに、これは仕事だ。
カレンはぐっと感情を飲みこんで笑みを貼り付けた。
「ユリウス様、カレン様、こちらは妹のペトラです。申し訳ございません。病で気が塞いでいたところですので、気持ちの押さえが利かないようで……ペトラ、ご挨拶しなさい!」
「ペトラ・シラーと申します。ユリウス様がこうして会いに来てくださるなんて、まるで夢のようです。幼い頃からユリウス様に憧れていましたの。中々パーティーにもお出でにならないユリウス様に誘惑されて、一度だけでもダンスをするのが夢でしたの。それで……」
「わたし、カレンって言います! 錬金術師です! どうぞよろしくお願いします!!」
ペトラが『こいつ何?』と言いたげな顔で割り込んできたカレンを見た。
続く言葉で病気にかこつけてユリウスにダンスの約束を迫りそうだったので、強引にカレンが遮った形である。
どうして遮ってしまったのだろうか。
病気の女の子が元気になったら素敵な男性と踊りたいと、ダンスの約束をねだっただけなのに。
見た目は痩せているだけで病気には見えないけれど、化粧でわからないだけで本当は顔色が悪いのかもしれない。
たとえ病気でなかろうと、客観的に見れば可愛らしいおねだりだろう。
そして、カレンはユリウスと付き合っているわけでもない。
一体何の権利があって遮ったのか、カレンも自分で自分がわからず頭を抱えたい気分だった。
「……ペトラ様のためにポーションを用意してきますね!」
「そう。お願いするわ」
ペトラは真顔で言った。ありがたくも嬉しそうでもない。
彼女にとっては病気を治すことよりもユリウスと会えたことが重要で、カレンは添え物でしかないらしい。
ペトラはユリウスに向き直ると華やぐ笑顔になって言う。
「ユリウス様は私とお茶をいたしましょう? 外は寒かったでしょう? 温かいお茶をご用意いたしますわ」
「私は紹介されたとおりカレンの護衛なので、お茶は遠慮するよ」
そう言って、ユリウスはくるりと踵を返すと部屋から出ていった。
ペトラがカレンを睨みつける。
貴族の令嬢に睨みつけられるだけの邪魔をした自覚のあるカレンは、ユリウスを追ってその場から逃げ出した。
「ポーションを作るにあたり、必要なことは何なりとお申し付けください」
メイドにそう言われ、カレンは廊下から庭園を指差した。
「庭の草を少しだけ、引っこ抜いてもいいですか?」
「草? 花のことでしょうか? ペトラ様の花壇でなければ構わないかと存じますが……」
不思議そうにするメイドに確認して許可を得て、カレンは庭園に向かった。
ユリウスもカレンのあとをついてくる。
「カレンの好きな植物でもあったのかい? 草と言っていたけれど」
「入る時に見つけたんですけど、ポーションに使えそうなのがあったんですよ」
「ここで採取するのかい?」
ユリウスが目を丸くする。
「そうです。手持ちの素材と組み合わせられそうな素材を見つけたので」
ダンジョンは季節感があるようでない。
ありとあらゆる植物が旬の状態で手に入る可能性がある。
だが、ダンジョンの外でだって、季節にあった旬の植物なら普通に採取可能だ。
カレンは玄関から外に出て、庭の入口に群生している植物のもとにしゃがみこみ、自前の木製のスコップを取り出した。
「秋から冬にかけて根っこに栄養をたくわえるので、今はわりと良い時期かもしれません」
「それはタンポポの葉だね?」
「はい。根っこを煎じれば体から悪いものを出してくれるポーションになるはずです」
カレンは説明しながら手際よくタンポポの根を掘り返していった。
ユリウスはまじまじとカレンの手元を見つめた。
「出先で見つけた素材でポーションを作れるのはすごいな。ダンジョン攻略のパーティーに入ることになっても重宝されるだろうね」
「戦えないから足手まといですけどね」
「戦う力だけがダンジョンで求められるわけではないのだよ」
だとしても、ダンジョンで最後に物を言うのは純粋な武力だ。
武力の武の字もないカレンではお荷物だろう。
庭の井戸水でタンポポの根っこを洗うと、カレンは立ち上がった。
「次は厨房を借りましょう」
カレンはタンポポの根っこをスライスして、オーブンで焼いて乾燥させる。
乾燥した根っこをフライパンに入れ、魔力をこめながらカリカリにローストしていく。
「香ばしい匂いがしてきたね」
「いい香りですよね」
ローストしたタンポポの根っこは、すり鉢に移し、魔力をこめつつ粉にしていく。
その粉と、手持ちのイラクサの茶葉、さらにデトックスに効果があるハーブを混ぜて、茶こしに入れてお湯をそそぐ。
「よし、できました」
ブレンドティー
老廃物を排泄する
鑑定鏡にもきちんと結果が出た。
お通じもよくなるし利尿作用もある、体の悪いものを出すためのデトックスポーションの完成である。