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賢者の石の素材

ヴァルトリーデが依頼について詳しい協力者を呼ぶというので、本格的な話し合いは後日となった。

再び呼び出されたカレンは、ヴァルトリーデとお茶をしていた。


「私はこのような体なのでね、陛下に静養をすすめられたのだ。保養先としてエーレルト伯爵家が手を挙げてくれ、ありがたく身を寄せているのだよ。王家の保養所もあるが、あそこに行くよりも自由にさせてもらっている」


ヴァルトリーデはざっくばらんで、偉ぶったところがない。

ユリウスが褒めそやしていた通りの人格者ぶりである。

王女様相手ということで緊張していたカレンも、次第に緊張を解いていった。


話せば話すほどいい人なので、緊張は解けていく代わりに罪悪感と必ず治さなくてはならないという重圧は増していく。


「おや、来たようだな」


部屋の扉が開き、中に入ってきたのは顔色の悪い青年だった。

服装からして使用人ではなく、貴族だろう。

妙に綺麗な手をしていた。


「彼はフランク・シラー。フランクが私に決定的な情報をもたらしてくれたのだよ。彼も当主不在のエーレルト領で誰を頼ってよいのかわからず、部外者の私を訪ねてきてくれたのだ。フランク、こちらは錬金術師のカレン。ユリウスが王都から連れてきてくれた、無魔力素材ポーションの専門家だ」

「あなたがジーク様の血筋の祝福を癒やしたと噂の、錬金術師殿ですね。お初にお目にかかります。フランクと申します」

「はじめまして、カレンと申します。わたしは平民出身のEランクの錬金術師ですので、そこまで丁重に扱っていただく必要はありません」

「いえ。実績のある錬金術師様に敬意を示すのは当然のこと。身分など関係はありません」


そう言って、フランクという貴族は恭しくカレンにお辞儀し、顔を上げると話を進めた。


「それではさっそく、こちらの化粧品を見ていただけますか」

「薬というのは化粧品のことだったんですね」


フランクは持ち込んだワゴンから机の上に銀の盆を移した。


「鑑定結果は出ないのであったな?」

「はい。ポーションではなく、無魔力素材の毒薬だと思われます」


フランクはヴァルトリーデの問いに顔を向けもせずうなずき、暗い目つきで銀の盆の上に乗っていた小さな入れ物のふたを開いた。

その中身は白い粉だった。

カレンは身を乗り出して観察した。


「化粧品……ということは、白粉ですね」

「錬金術師様のお察しのとおり、白粉です。これを使うと肌が綺麗に白くなるそうで、妹がどこからか手に入れてきたのです。使い続けていくうちに、妹の様子がおかしくなり、私は白粉の使用をやめるように言い聞かせましたが、聞く耳を持とうともしないうちに、妹は倒れてしまいました」


フランクはクマの浮いた顔をくしゃくしゃにする。

体は小刻みに震えていて、この問題にどれほど真剣に取り組んでいるのかが伝わってきた。


「妹を蝕む不老を謳うこの薬の正体は何なのか、突き止めていただきたい。毒があるのは間違いないのです。この毒から妹を助けてやりたいのです」

「白粉になる、毒。うん、いくつか思い浮かぶものがありますね」

「あるのか、カレン!? 私の方でも調べたが、めぼしい情報は中々出て来なかったのだぞ?」


ヴァルトリーデが驚きに目を丸くするのに、カレンは重々しくうなずいた。

前世、小説や漫画で見た覚えがある。


「多分なんですけど、この白粉の材料は――」

「カレン様!!」


素材を予想しようとしたカレンの言葉を、突然サラが大声で遮った。

ビクッとして口を噤んだカレンと、驚いた顔でサラを見やる人々の前で、サラが恭しく頭を下げた。


「皆様、使用人の身でお話を遮ってしまい、大変失礼いたしました。ですが少々お待ちくださいませ。私どもの恩人であるカレン様の不利益とならないようにするために、お伝えしなければならないことがございます」

「サラ、伝えないといけないことって?」

「材料の名前を口にしてはいけませんよ、カレン様。魔法に、錬金術に必要なのは『魔力』と『理解』です。他人に容易に『理解』を与えてはなりません。それが毒の知識への理解ならば、尚更取り扱いに気をつけねばなりません。誰もが毒を作れる世界にしてしまわないためにも」

「な、なるほど……」


カレンはごくりと生唾を飲んだ。

科学知識がなければ毒など作れなかった前世とは違い、この世界では想いが現実に作用する力になってしまう。

理解がなければと言われるものの、膨大な魔力さえあれば、理解不足を補い、想いの力が化学反応さえ後押ししてしまう。

ここはそういう世界なのだった。


「……じゃあ、わたしの考えている素材であっているかどうかを確かめるために、白粉を少しいただいてもいいですか?」

「構いませんが、何をなさるおつもりですか?」


疑わしげに言うフランクに、カレンは白粉に触れないよう気をつけながら乳鉢に粉を分けてもらった。


「わたしは無魔力素材でポーションを作るのが得意なので、この粉を使ってポーションを作ってみようと思います。もしもわたしの理解があっていれば、毒のポーションになるはずです」


そう言って、カレンは乳鉢に乗った白粉に魔力をこめた。

だが、ぬかに釘を打ったような手応えのなさだけが返ってきた。


「あれ?」


カレンは首を傾げて魔力を止めると、持ち込みの鑑定鏡を取り出した。

鑑定鏡で白粉を覗き込んで見るが、何の効果もあらわれない。


「……考えていた素材と違うみたいです」

「そう簡単にわかるはずもありませんので、仕方のないことです」


フランクが言いながら肩を落とした。

当初疑わしげだったわりに固唾を呑んでカレンの錬金を見ていたかと思えば、地の底にまで気落ちしたかのような落胆ぶりだった。

カレンは励まそうと言葉を続けた。


「鉛かなと思っていたんですけど違うみたいで、でも他にも思いつく候補がありますので――イテッ!」

「カレン様、素材名を口にしてはならないと言ったはずです」

「うわっ、ごめんなさい」


サラに脇腹をつねられたらしい。

じろりと睨まれ、カレンは涙目になりながら謝ると、再び青ざめた顔をしたフランクに向き直った。


「もしよろしければ、この毒を摂取した方の症状をお聞かせ願えますか?」

「……腹痛、吐き気、体が動かしにくく、目が見えにくくなり、私の言葉も聞き取りにくいようです」


症状を聞いても、だからといってこれかなと思い浮かぶ毒があるわけでもない。

だが、毒で作られた白粉なら、鉛の他にもう一つ思い浮かぶものがある。


カレンは新しく白粉を取り分けた別の乳鉢に魔力をこめた。

この毒が体に及ぼすとされるいくつかの悪影響のうちの一つだけを頭の中に思い浮かべ、その毒性が強く出るように願う。

魔力が通る感覚にカレンは溜息を吐き、乳鉢を置いて鑑定鏡で確かめた。



水銀白粉

腎臓を壊す



「こっちかぁ」


かつていた世界で昔使われていた有害な白粉のうちの一つ。

水銀で作られた白粉――水銀は、猛毒である。

あの世界のとある国の皇帝は、猛毒の水銀を不老不死の薬と信じて飲んでいたりもしたという。


カレンは前世の記憶を思い返した。

子どもの頃はロマンス小説よりもファンタジー小説が好きだった。

錬金術もカレンが大好きだったファンタジーの一つだ。

図書館で関連本を読みあさった覚えがある。


錬金術師というのは前世生きた時代的にはファンタジーな職業だが、かつては哲学者たちが大真面目に研究していた学問の一つだった。

あの世界の錬金術において、液体の金属である水銀は神秘的な素材とされて、賢者の石の材料のうちの一つと信じられていた。


賢者の石は、金属を黄金に変え、不老不死をもたらす至上の霊薬のことを言う。


「こっちでも同じものが不老不死の薬だと言われて流行るだなんて……」


カレンは目を爛々と輝かせ、頬を紅潮させた。

じわじわと滲むような笑みを浮かべながら前のめりになっていくカレンの体が、不意にぐんっと後ろに引っぱられた。



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