新しい風 ユリウス視点
「ユリウスが狩猟祭に行かないのは珍しいな。ますます招待状は増えているだろうに」
「カレンの側にいたいので、すべて断りました」
「確かに、王女との間に問題が起きた際に備えて、王女と対等に話せる者が誰かは側にいるべきか」
色めいた意味で捉えられるかと思ったが、ヘルフリートは淡々と状況を分析した。
アリーセはくすくすと苦笑している。
毎年、秋から冬にかけての狩猟祭の時期には、あちこちの狩猟祭に招かれるままに顔を出した。
そうすれば魔物と戦う機会を得られる。
その領地のダンジョンに自然と潜ることができるし、歓迎もされる。
だが今年はその必要がない。
カレンからもらった魔法のサシェのおかげで、血への飢えに駆り立てられることもなく、凍てついた雪の中で戦わずとも、冬を越すことができるだろう。
「王女とカレンの様子はどうだった?」
「殿下はカレンをお気に召されたようです」
カレンはヴァルトリーデの体型を血筋の祝福による影響とは思わなかったらしい。
あとからカレンに聞いたところ、ヴァルトリーデ本人の不摂生でああなったのだと思ったそうで、自己嫌悪で落ち込んでいた。
それは本人には聞かせられない話だが、もしも聞けばむしろヴァルトリーデは喜ぶだろう。
カレンの目には太っていること自体は異常には見えなかったという意味なのだから。
高魔力の貴族、王族にはほとんどありえない体型なので、誰もがヴァルトリーデをひと目見れば哀れむ。
その姿の痛ましさに涙を流す者もいる。
普段は気丈なヴァルトリーデも、自らが異常極まりなく痛ましい状態であるという態度を取られると、たとえ相手の善意のあらわれであろうと気が塞ぐようだった。
なので、心から嬉しげにカレンを迎え入れていた。
「王女もまた、血筋の祝福から逃れられればよいのだがな……」
「そうですね……」
ヘルフリートとアリーセは沈鬱な面持ちでうつむいた。
この二人はその人のよさで、王女の行く末を憂えている。
心優しく痛ましい、アースフィル王国の第一王女ヴァルトリーデ。
今となっては彼女はもう関係ないが、ユリウスとて彼女の幸いを願っている。
ユリウスたちの中にはもしかしたら本当にカレンならばやってくれるのではないか……という期待がある。
それがカレンにとって重荷にならないか、それだけが気がかりだった。
不思議なことに、数々の理解をその身に宿した娘、カレン。
カレンの身辺に関する調査は続いているが、その多種多様な知識の出所は、未だにわからない。
「狩猟祭をどうぞ楽しんでいらしてください」
「身内だけの小さな狩猟祭だがな」
「うふふ、平和なのはよいことですわ。魔物が少ないおかげでジークも連れていってあげられます」
狩猟祭は一年に一度、貴族が領地の魔物を一掃する魔物狩りの祭だ。
ユリウスがエーレルト領のダンジョンを攻略した影響で、今、領地内の魔物は非常に少なくなっている。
そのため、招待客もいない非常に小規模な祭となるが、領主の義務として必ず催さなくてはならないものだ。
ヘルフリートとアリーセ、ジークは狩猟祭のために二週間ほど屋敷をあけることとなる。
「カレンを頼んだぞ、ユリウス」
「かしこまりました……義姉上、兄上とジークを頼みます」
「うふふ、任せてちょうだい」
「待て、どうしてそこでアリーセに頼む?」
困惑するヘルフリートにユリウスとアリーセは声を揃えて笑った。
それはヘルフリート自身も気づいていないほどわずかにだが、ヘルフリートが消耗しているからだ。
だがそんなこと、本人に伝えずともよいだろう。
エーレルト伯爵領。ユリウスとヘルフリートが幼少期の大半を過ごした場所。
一年を通して涼しく、冬は王都より寒く、雪深い街。
領に点々と存在する森は深く、魔物が入り込みやすく、大領地でありながら人が暮らしづらい領。
守るべき領でありながら、ヘルフリートにとっては避けたい場所でもあるのだ。
ここには過去の幻影が色濃く残りすぎている。
だから狩猟祭で屋敷から離れられるのは、ヘルフリートにとってよいことなのだ。
「それでは、カレンのもとへ戻ります」
二人の前を辞してカレンのところへ戻ると、昔から屋敷で働く執事の一人がカレンに廊下に飾られた肖像画について説明していた。
「まさか錬金術師様がヴィンフリート様についてご存じないとは驚きました。ですが、平民であれば無理もございません。エーレルトの英雄でございます。どうぞ、覚えて帰ってくださいませ」
「ユリウス様とヘルフリート様のお父様にしては、似ていませんね……」
残念そうにするカレンに、ユリウスは吹き出しそうになる。
あまりに素直なので悪気がないことも伝わっただろうが、カレンの言い草に執事は憮然とした顔をした。
「お二人は前伯爵夫人似なのです。ですがユリウス様のお強さはヴィンフリート様によく似ていらっしゃいます」
自分の名が引き合いに出され、父親の名と並べられるのを聞き、ユリウスはずんと心臓が落ち込むような心地になった。
「ヴィンフリート様は大変強い魔力をお持ちで、素晴らしい剣の腕の持ち主でもございました。どのような危険な時でも率先して自ら戦い、その身を粉にして領民を守ってくださいました」
ただ魔力に酔って快楽のまま暴れていただけだ。
往時の戦場を知る騎士ならばユリウスの言葉に賛同してくれるだろうが、多くはヴィンフリートの無茶な戦いに巻き込まれて戦死している。
そのため、あの横暴な男が英雄などではないということを知る者は多くなく、エーレルト領にはあの男を讃える者の声が未だに満ち満ちていた。
あの男を英雄と信じた者たちを後ろ盾とし、あの男の息子こそ当主にふさわしいと後押しされて、ヘルフリートは当主の座についた。
だからこそ、いちいち真実は違うなどと触れ回ることもできない。
もしもそんなことをすれば、ヴィンフリート人気の高いこの領地での求心力を失いかねない。
父の代からのエーレルトの元老会が力を保持するためにヴィンフリートを利用しているのを知りつつも、どうすることもできずに手をこまねいている。
先代を慕う長年の執事を解雇することもできず、こうしてカレンに先代の素晴らしさを語る姿を眺めることしかできずにいる……。
「最期は大崩壊を起こしかけたエーレルトのダンジョンを抑え込むためダンジョンに単身潜り、そのまま命を落とされました。ですからエーレルトの領民はヴィンフリート様をお慕いしているのです」
「そうなんですねえ。あの、つまり父親であるヴィンフリート様の隣にあるこの子どもの肖像画はもしかして、ユリウス様とヘルフリート様では……!?」
「……はあ、まあ、そうですね」
「か、可愛い……!!」
ヴィンフリートの肖像画になどひとかけらも興味なさげなカレンに白けた執事と、自身の肖像画に夢中になるカレン。
新しい風を感じて頬が緩むままに笑いながら、ユリウスはカレンのもとに歩み寄っていった。