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偏見からのはじまり


「エーレルトに近頃怪しげな薬が出回っている、ですか……」


ヴァルトリーデからの頼み事の内容を聞き、ユリウスは苦い顔つきをした。

王女によれば、エーレルト領の領都の若い貴族の娘たちの間で、怪しい薬が流行しているらしい。


「ああ。王都から療養のためにやってきている私などをお茶会に招待してくれる物好きな令嬢もいるのでね。時折足を運ぶのだが、そこで若い娘を中心に薬が出回っているのを知ったのだ」


フットワークは軽いらしい。

普通の馬車では入口でつかえそうな体型だから、ベッドと同じく馬車も特注サイズなのだろうか、とカレンはやくたいもないことを考えた。


「この薬の正体を突き止めるため、無魔力素材に詳しいというそなたらの恩人を呼んでもらったのだよ、ユリウス」

「殿下、エーレルトをお気に懸けていただくことは嬉しく思いますが、エーレルトのことは我らにお任せください。殿下はご自身のお体を癒やすことにご専念ください」

「命に別状のある血筋の祝福ではない。大した症状はないゆえ心配無用だ」


ヴァルトリーデは笑顔できっぱりと言い、とりつく島もない。


「エーレルトの話に部外者である私が嘴を挟んだことは詫びよう。だが、そなたたちが王都にいた際には誰を信頼して委ねてよいものかわからなくてな。身を寄せている恩を返したいとつい動いてしまったこと、すまなく思う」


謝りながらも、悪いと思っている様子もない。

そんなヴァルトリーデにユリウスはますます眉間に刻んだしわを深めた。


「大変ありがたいお力添えです。ただ、殿下が危ない目に遭うのではないかと心配なのです。どうぞ御身を第一にお考えください」


そう言って、ユリウスは恭しくお辞儀した。

ユリウスのつむじを見てヴァルトリーデも苦笑する。

どういう関係なのだろうか、と王女を一目見て吹き飛んだはずの疑念がまたもや湧いてきて、カレンはつい口を挟んだ。


「わたしでお役に立てることでしたら何なりとお申し付けください」

「心強い言葉、感謝するぞ。錬金術師カレン」

「カレン……」


ユリウスが縋るような目で見てくる。

あくまでユリウス的には、ヴァルトリーデの血筋の祝福のためにカレンを連れて来たのだ。

ユリウスの懇願の眼差しに促され、カレンは顔に営業スマイルを貼り付けつつ、仕方なくヴァルトリーデに向き直った。


「今後殿下の御為に働くためにも、念のために殿下のお体を蝕んでいるという血筋の祝福がどのようなものなのか、お聞かせいただくことはできますでしょうか?」


熱が出ているようには見えないが、熱以外のありとあらゆる体調不良を押し隠したジークという例がある。

あの我慢強さが高貴なる人々の標準装備なら、本人の口から語られなければカレンには気づけない可能性が高い。


嘘を吐かれる可能性もあるが、それはそれ。

一旦は本人の主張を聞いてみようと尋ねたカレンに、その場にいたユリウスやヴァルトリーデ、近くの使用人たちもぽかんとした顔をした。


「えっと。もしかして、失礼なことを聞いてしまったでしょうか?」


怖じ気づくカレンに、目をまん丸に見開いていた王女が弾けるように笑い出した。頬肉がぶるぶると揺れている。


「はははははは! 聞いたか、ユリウス! 専門家である錬金術師殿の目から見ても、この身には大した症状などないように見えているのだ!」

「えっ、えっ?」

「いやはや、戸惑わせてしまってすまないな、カレン」


緑の目に涙を浮かべて笑い転げていたヴァルトリーデは、笑いを収めつつも機嫌よさげに目を細めてカレンを見やった。


「私の血筋の祝福の副作用はな、あふれた魔力が熱になることも体を傷つけることもないが、このように贅肉に変わってしまうのだ」


そう言って、ヴァルトリーデはだぶついた自身の腹周りの肉を撫でた。


「つまり、太るだけなのだ。何のこともないであろう?」

「そ、そうだったのですね……そうとは気づかず、失礼いたしました」

「謝ることなどない。しかしそなたが気づかなかったということは、平民の中にはこのような体型の者もいるのだな。そうであろう?」

「そ、そうなんです」


カレンはこくこくとうなずいた。

ここまで太っている人に会ったことは人生でほぼないが、前世見たテレビ越しには身動き取れないほど太っている人もいた。


王女だから贅沢三昧の生活を送っているのだろうな、と大した疑問にも思わず体型を受け入れてしまった。

まさか血筋の祝福のせいでそうなっているのだとは思っていなかった。


「そうか、そうか。やはり私は、異常でも何でもないのだな」

「あわわ……」


治療する気がないらしいヴァルトリーデに今後さりげなく治療をすすめていくつもりだったのに、開き直らせてしまった。


視界の端でユリウスが苦笑いしている。


「私はそなたが気に入ったぞ、カレン!」


カレンはヴァルトリーデに気に入られたらしいが、完全に目的から逆行してしまった。

茫然とするカレンに、王女はにっこりと笑う。


「それでは、我らでエーレルト領にはびこる悪を退けようではないか!」

「エーレルト伯爵家で調査いたしますので、あまり深入りはなさいませんように」

「わかった、わかった。そなたらの迷惑にはならぬようにするゆえ、心配するな」


苦い顔つきに心配を滲ませるユリウスと、からりと笑うヴァルトリーデ。

やはりこの二人には何かある……と恋愛脳で疑いかけて、カレンはぶんぶんと首を振った。


この容姿ならユリウスとの恋愛の噂も噂に過ぎないだろうなどと思ってしまったカレンだったが、これが血筋の祝福による副作用なら、あまりに失礼すぎる。

カレンは深く頭を下げた。


「誠に申し訳ありません……!」

「何を謝ることがある? そなたは私が一番欲しい言葉をくれたのに」


そう言ってひねくれたところのない明るい笑顔を見せるヴァルトリーデにカレンは内心頭を抱えた。

これは、絶対に治さなくてはならない。

カレン自身の誇りにかけて――たとえ美男美女のベストカップルが生まれようともだ。


新たな決意と苦渋を胸に、カレンの新たな仕事がはじまった。



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