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王女と謁見


「カレン、エーレルト伯爵家の領都まで来てくれてありがとう」

「依頼ですので」


カレンは強ばった笑顔でユリウスに応えた。

カレンは今、エーレルト伯爵家の領都である領都エーレルトにやってきていた。


王都から北東に移動した、山と森に面したエーレルト領。

領有している土地は広大だがそのすべてにダンジョンの影響が行き渡っているわけではないため、人が暮らせる範囲が限られているという。

それでも、この国でも有数の大領地だと噂で聞いたことがある。


五日ほどかけてやってきたエーレルト領は、すでに風が冷たく、冬が近づきはじめていた。

遠くの山は雪で白く色づき、森の木々は紅葉していた。

領都の町並みは綺麗だったがさすがに王都ほどの賑わいはなかった。

だが治安はよさそうで、落ち着きのある町並みをカレンは馬車の中から眺めた。


依頼をもらった当初はほっとしていた。

Eランクになったらバンバン指名依頼が入るものだと思ったら、そんなこともなかったからだ。

快気祝いを経て詐欺師云々の悪評はなりを潜めたはずなのに、未だに血筋の祝福関連の依頼が来ない。


その理由はサラが教えてくれた。

誰もが本当にジークが冬を越えられるのかどうかを注視しているのだそうだ。


この冬、ジークを側で見守れるのはありがたかったし、単純に仕事がもらえたことが嬉しかった。

だが、エーレルトからの『領都に一冬滞在してほしい』という依頼の全容を聞いてから、カレンのテンションは低迷していた。


「ヴァルトリーデ王女殿下は寛大でお優しい方だ。カレン、そう緊張することはない」

「……はい」


カレンはもちろん緊張もしていたが、緊張だけで顔を強ばらせているわけではなかった。


ヴァルトリーデ王女。

アースフィル王国の国王陛下と王妃陛下の間に生まれた正統なる血筋を引く第一王女であり――数々の恋の噂を持つユリウスの真の恋人筆頭候補だと言われていた人物その人である。


美貌で謳われている王妃陛下とうり二つの金髪に緑の目をした美しい王女だそうで、カレンも巷で売られていた王女の幼い頃の肖像画を見たことがある。

とても可憐な美少女だったと記憶している。


「とってもお美しい方だとうかがっています」

「彼女の美しさの本質はその内面だけれどね。気高く誇り高く、だからといって傲慢なところのない、聡明で心優しい方なのだよ」

「そうなんですねえぇ」

「わけあって当家の領地で過ごしていただいている。命に危険はないものの、血筋の祝福に病んでいるお方でね。一度君に診てもらいたいと思っていたところだったのだよ、カレン」


ユリウスは、口を開けばヴァルトリーデ王女を褒めたたえ、心配する。


「これまでは、命に危険はないから錬金術師は不要だとおっしゃっていたヴァルトリーデ王女殿下には珍しく、カレンに会ってみたいとおっしゃってくださったのだ。もしも可能であればこの機会にどうか、あのお方を救う算段を見つけてもらいたい。どのような血筋の祝福かは、私の口から君に伝えるには憚りがあるため、自身の目で確かめてくれ」

「あ~、はい」


カレンは気のない返事をしつつ、自分の格好を見下ろした。


エーレルトの領地に呼ばれるにあたり、カレンの生活必需品はすべてエーレルトが用意してくれている。

今カレンが身につけているドレスもその一つだ。

王女の前に出るのにこれまでの普段着ではいけないとのことで用意された、深緑の落ち着いた色合いのドレスだ。

貴族の屋敷に出入りする商人向けのドレスだそうで、普段着として着るようにと、他にも何着ものドレスが贈られた。

はじめて贈り物のドレスのクローゼットを見た時には、普段着とは思えないその豪勢さに戸惑うほどだったが、今はこの銀糸で花模様を刺繍された美しいドレスが王女の前でどれほど見劣りするのか不安になっている。


見劣りして当たり前なのに、どうしてこんな気持ちになっているのかと言えば、ユリウスが原因に決まっている。

嫉妬などできるような立場ではないのに、どうやらカレンは王女に嫉妬しているらしい。


身の程知らずすぎて、カレンは遠い眼になった。


「ユリウス様、気合いを入れるために一発わたしの頭を叩いていただけませんか? 目を覚ませ、と」

「女性に手を挙げることなどできないよ。もしかして眠いのかい? 長旅で疲れているのかな」

「いえ、眠気も疲れもありません……」


カレンの馬鹿げた願いにユリウスが真剣に返してくれる。

罪悪感でカレンは顔を覆いたくなった。

サラに綺麗に化粧してもらっているので、実際はできなかったけれども。


「……わたしにできることがあれば、ヴァルトリーデ王女殿下のために力を尽くしたいと思います」


それが身の程知らずの煩悩にまみれたカレンが示せる精一杯の誠意である。

ユリウスはほっとしたように頬を緩ませた。


「ありがとう、カレン。そうしてくれるとありがたい。エーレルト伯爵家はあのお方に大いなる借りがあるのでね」


エーレルト伯爵家が?

ユリウスと王女の間に個人的な関係性があるからなのでは?


カレンが聞くべきではない質問が怒濤のごとくあふれ出て、油断をすると口をついて出そうになる。

カレンが固く口を閉ざし直したとき、ユリウスが足を止めた。

エーレルト伯爵家の別邸の一室。

巨大な両開きの扉の前に立つ騎士二人がユリウスと、そしてカレンに目礼をすると、扉を開く。


カレンは胸のブローチの角度を確かめた。

錬金術ギルドの印であるウロボロスのマークの刻まれた鉄のブローチ。

これはカレンがEランクの錬金術師であることを示すもの。

錬金術師としてこの場にいるのだということを思い出し、カレンは心を落ちつけた。


次のランクはDランク。

Dランクに上がるためには、納品実績を積まないといけない。

実績を積んで、納品先からDランク昇級の推薦状をもらうこと。

錬金術師の人品によっては推薦状の提出者にも非が及ぶので、並大抵のことでは出してもらえないという。


最短王国騎士団への納品実績で五年、最長冒険者ギルドへの納品実績で十年ほどが目安だという。

だが騎士団に納品するには信用が必要で、誰もが騎士団に納品させてもらえるわけではない。

納品するポーションを中回復ポーションや大回復ポーションにすれば、この期間は短縮される。


または、際だった功績をあげること。


「ヴァルトリーデ王女様、錬金術師のカレン様がいらっしゃいました」

「入れ」


鈴を転がすような可愛らしい声。

カレンはすべての希望を捨てた顔でユリウスに続いた。


ユリウスはカレンに求婚した。だが、それはすべて家のため。

カレンならSランクの錬金術師になれるかもしれないと、なぜだか信じてくれているからである。


カレンに気持ちがあるわけではないという事実を、これから目の当たりにするのかもしれない。


カレンは半ば確信しながら部屋の中に進み入る。

控えの間を通り過ぎ、居間を通り抜け、寝室に招かれる。

ユリウスは王女の寝所に招かれるような関係なのだなあ、とカレンは半笑いになる。


キングサイズのベッドを横に二つ並べたような大きさのベッドには分厚い帳が降りている。

王女ともなると、ベッドも巨大であるらしい。


その分厚い帳の奥から、ギシッ、とベッドが軋む妙に大きな音がした。


「帳を開けよ」


メイドたちがするすると帳を上げていく。

カレンとユリウスは頭を下げた。


「面を上げよ」


顔をあげたカレンは目を丸くした。


「ユリウス、久しいの。そなたの活躍は私のところまで轟いていたぞ。よくぞ民草のために働いた。ジークの快復もめでたいことだ。護国の戦士たるそなたの願いが叶ったことを寿ごう」

「お祝いいただき恐悦至極に存じます。彼女が錬金術師カレン、我が家の恩人でございます、ヴァルトリーデ王女殿下」

「錬金術師カレン、よくぞ私の招待に応じてくれたな」

「お招きにあずかり恐縮です」


カレンは恭しくお辞儀して、伏せた顔に戸惑いを浮かべた。

ベッドの上にいたのは、とてつもなく太った女性だった。


ドレスというものは体に合わせて仕立てられるものであるはずなのに、彼女のドレスはぱつんぱつんで、はち切れそうになっていた。


再び顔を上げて見てみても、想像していた麗しの王女様の姿はそこにはなかった。

ただ太っている以外は元気に見える。

はつらつとして見えると言っていいくらい、どこが悪いのかわからない。


「エーレルトを救った錬金術師であるカレンに頼みたいことがあり、はるばる王都から来てもらったのだよ」


そう言いながら顎肉を震わせるヴァルトリーデは想像していたユリウスの恋人像にはまったく当てはまらない。


王女ともなると贅沢三昧できるだろう。

食っちゃ寝生活を満喫しているのかもしれない。


平民に転生したと気づいた時には貴族に生まれていればなあと思ったものの、貴族は貴族で大変そうなので、平民でよかったなとカレンはエーレルトの人々を知って考えを改めた。

だが、王族はカレンの想像していた貴族像に近いのかもしれない。


カレンはまことにもって無礼なことに、こっそりと安堵の息を吐いた。



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