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祝杯


「仕事を終わらせてきたわー! これで気兼ねなくじゃんじゃん飲めるわよー!」


部屋の飾り付けが終わる頃、ナタリアが部屋に飛び込んできた。


今日はカレンの依頼達成及びEランク昇級おめでとうパーティーである。

会場はカレンの家だ。


こういう時には友人知人を大勢呼んで祝うものだが、カレンの幼馴染みは大抵ライオスとも知り合いであり、先日、カレンを婚約破棄してマリアンとの婚約を発表したライオスに拍手を送った子たちである。


特に呼びたい人もいないので、場所を借りることもなく、ご近所さんにうるさくなることをお詫びだけして、カレンの自宅でパーティー開催である。


「おつかれ、ナタリア」

「あなたが主役なのに、料理の準備をさせちゃってごめんなさいね、カレン。市場で色々と買ってきたからこれも食べましょ」


ナタリアが買ってきた自分の食べたいものを広げていると、サラもやってきた。


「サラさん、いらっしゃい!」

「サラ、です。こちら、カレン様への贈り物でございます」

「これが用意してくれたお酒? ありがとう、サラさん! もう、サラさんで別によくない?」

「ナタリアさんのことは呼び捨てされているのに……同じ友人である私はさん付けに……?」

「ちょっっ、それはずるくない!?」


サラが目をうるうると潤ませるとカレンは頭を抱えた。

ナタリアはケラケラ笑いながらカレンがサラから受け取ったお酒の箱を開封し、歓声をあげた。


「すごいわ! これって貴族でも中々手に入らないっていうゴットハルトのブドウ酒じゃない!」

「美味しいブドウ酒なの?」

「もちろんっ! 貴族だってめったに飲めないブドウ酒よ!」

「当主様より、カレン様へのお祝いの気持ちとのことでございます」

「サラさんに酒の準備を任せて正解だったわねっ、カレン!」

「飲み過ぎないようにね、ナタリア」

「酔っていても仕事ができればいいのよ!」


カレンのエーレルト伯爵家の依頼の受理について、あの欲望丸出しの要求を通したことにまったく反省のないナタリアである。

ちなみに超実力主義社会なので、仕事で成果さえ出せば酔っ払っていても問題はない。


「アリーセ様もジーク様もカレン様のお祝いに駆けつけたかったそうですが、自分たちが向かえばカレン様はともかくご友人が気詰まりだろうとおっしゃって、ご遠慮されていました。ですが、ジーク様がカレン様のためにお祝いをしたいそうなので、今度予定をすり合わせましょう」

「その気持ちが嬉しいねえ……そういえば、マリアンはどうなったの?」


あれから音沙汰がない。

落としどころのない問題にサラが手を挙げてくれてありがたく思っていたが、迷惑になっていないかが不安だった。


「マリアンには被害者の会を組織させています。これまでカレン様と同様にグーベルト商会に理不尽に潰され、奪われてきた人々を集めて訴えを起こさせております。グーベルト商会は認めませんけれどね」

「被害者の会……」


カレンは復唱してぽかんとした。


「わたしが許せれば、それで終わる話だって思ってた……」


でもよく考えてみれば、マリアンはカレンがエーレルトという後ろ盾を得たと知ったから謝りに来ただけで、悪いことをしたと思ったから身売りをしたわけじゃない。

だから、他の被害者にも同じように謝罪するはずもなかったのだ。


「カレン様のように水に流せる人は少ないものです。一人一人はとても弱い方々ですから、彼らがグーベルト商会に害されることがないようエーレルトで保護しつつ、彼らの願いを叶えるためにマリアンは働いています」

「その人たちの訴えは、通るの?」

「中々難しい話です。立場の弱い方々の話はそもそも信じられませんし、信じられたとして、グーベルト商会という大商会を邪魔する理由にはならないと考える方が多いでしょう。ですが、少なからずグーベルト商会を追い詰める効果を発揮するでしょう」

「それで、被害者の人たちは救われるのかな?」

「訴えが通らないので、疲弊しているようですが、それは致し方ないことです」

「……わたしが訴えたら、話は変わる?」


カレンの言葉に、サラはきょとんとした。


「カレン様はもう関わり合いになりたくないのですよね?」

「うん、そうだけど」

「でしたら、お気持ちのままにお過ごしいただくのが一番です。素晴らしい錬金術の技術をお持ちなのですから、錬金術に邁進されてくださいませ。ですが今からでもグーベルト商会をレシピの窃盗で訴えることは可能です。そういたしますか? 必ずやカレン様に勝利をもたらしましょう」

「それは、しないかな。マリアンはそれを防ぐために身売りまでしたんだから」

「マリアンは罪人なのですから、あの方との約束など何の意味もありません。契約書にも書きませんでしたし、反故にしても何の問題もないのですよ」


それはエーレルトにとって、マリアンが弱者だからだろう。

カレンは頭を抱えた。自分だけの話で終わると思っていた。

だったら謝られるだけでいいと思っていたけれど、サラやナタリアはエーレルトの面子も関わっていると言った。

だからマリアンの身柄を預けて任せた。

けれどまさかここまで大きな問題に発展していて、その問題をエーレルトにぶん投げることになっているとは思わなかった。


「護国の力をお持ちのカレン様は好きに振る舞う権利がございます。やりたいことであるならともかく、カレン様がやるべきことなど何もございませんので、本当にお気になさらずともよいのですよ」


サラは困ったように微笑んだ。

価値観のズレを感じる。サラをそれ以上困らせたくなくて、カレンは口をつぐんだ。


「早く乾杯しましょうよ! 乾杯!」


台所からナタリアのご機嫌な声が響く。

ウキウキと弾んだ足取りで、ナタリアはお盆を手に居間に戻ってきた。


「はい、ブドウ酒を注いで来たわよ」

「えっ? 何そのおしゃれグラス!」


手にしているお盆の上には見慣れないグラスが三つ並んでいる。

カットの模様が入った美しいデザインで、持ち手の部分は金で装飾されていた。


「うふふ。ガラスのコップの方がもっとブドウ酒が美味しそうでしょう? カレンの家、木のコップしかないから買ってきたのよ」

「お祝いのプレゼント、ってこと?」

「そうよ。使っちゃってよかったわよね?」

「もちろん! ありがとう、ナタリア!」


確かにここは、祝いの場だ。今は気持ちを切り替えるべきだろう。

カレンたちはそれぞれグラスを手にとって掲げた。

カレンは音頭を取るため、コホンと咳払いする。


「じゃあ……依頼の達成と、私のEランク錬金術師への昇級を祝って!」

「ジーク様の依頼を受けてくださったカレン様と、依頼の受理を通してくださったナタリアさんにも」

「新しくできた友人に!」

「乾杯!」


軽くグラスを合わせると、カレンたちはブドウ酒に口を付けた。


「うわっ、本当に美味しい……! ごくごくいけちゃうタイプだね。サラはあまり飲み過ぎないよう気をつけてね。まだ十三歳くらいでしょ?」

「十六歳です」

「思ったより年上だった!?」

「美味しいっ」


驚愕するカレンの横で、ナタリアが歓声をあげた。


「カレン、このビスケットとペーストの組み合わせ、めちゃくちゃ美味しいわ。ブドウ酒のためにあるかのようよ!」

「リエット、美味しいよね。ボア系の魔物の肉をニンニクとか塩とかで炒めてほぐして獣脂で固めた料理だよ」

「そんなの食べたら間違いなく太るしお酒が進んじゃう!!」


そう言いながらナタリアはサクサク食べてはブドウ酒を味わっている。


「カレー、とても美味しいです」

「カレーだけはちゃんと鑑定済みだから安心して食べてね。健康増進の効果があるから、ナタリアも食べるんだよ」

「このポーションのレシピをうちのお抱え錬金術師が再現できる形で提出してくれたら、間違いなく飛び級だわ」


ナタリアが鑑定鏡でカレーを覗き込んで溜息を吐く。

万能薬のことはすでにナタリアに話していて、色んな意味で怒られ済みである。


「はふ、はふ。からくて、とても美味しいです」

「サラは辛いの好きだもんね」


辛口カレーは香辛料を奮発した。

カレンとナタリア、そしてサラの好物であるカレーがそれぞれ並ぶ美味しい食卓の完成だ。


「ああ、この野菜のディップも美味しいし全然酒が飲めるわ。酒休めのために食べ始めたのに、全然酒が進んじゃうわ」

「ミソマヨディップ、美味しいよねえ。あっサラ、プチトマトの生ハムチーズ串は一口で全部食べた方が美味しいよ」

「あーん。……んんっ!」


ほっぺをパンパンにしてもぐもぐしながらサラが目を丸くする。

お気に召してもらえたらしい。

カレンも魔魚のカルパッチョに、舌鼓を打ちながらブドウ酒をいただいた。

高いお酒らしいので、味わって飲まないともったいない。


「ナタリア、飲み過ぎてもいいからウロコ貝の味噌汁を合間に飲むんだよ」

「絶対に食べるわ。間違いなく美味しいから」

「酔いを覚ます……」


サラが机の上に置きっぱなしの鑑定鏡でウロコ貝の味噌汁を鑑定してサラは嘆息した。


「カレン様には驚かされるばかりです」


ウロコ貝はシジミによく似た貝である。

つまり、シジミの味噌汁だと思ってつくったらこうなった。

サラが味噌汁を一口飲んでキュピンと目を輝かせる。

ナタリアは目を血走らせて「酒が……酒が進む……!」とハイペースでなくなっていく自分のグラスの中身を戦々恐々と覗き込んでいる。


「おかわりしていいから恐い顔しないでよ、ナタリア」

「女神カレン……!」

「はいはい」


カレンを拝むナタリアにサラがくすくすと笑っている。

幸せな光景に、カレンはブドウ酒を飲みつつ目を細めた。


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