昇級試験3
「……どうして魔力を使うとこんなに疲れるんだろう?」
「そりゃあ、魔力は体力みたいなものだからよ」
カレン以外の人がいないからか、ナタリアが普通に答えてくれる。
「でも、魔力は、体力とは違うよ?」
「違いはするだろうけれど、使うと疲労するという意味では同じよ」
ナタリアの答えに、カレンは心の中でそれは違う、と思った。
同じではないはずなのに、同じだということになっている。
カレンは四十四本目の小回復ポーションを瓶に詰め、四十五本目、四十六本目、四十七本目の小回復ポーションを瓶に詰めた。
ぜいぜいと荒い呼吸をしながらカレンはつぶやいた。
「魔力が枯渇すると、どうして命が危なくなるんだと思う?」
「カレン、そろそろやめておきなさい。Dランクの魔力量にしては大健闘よ。あなたの言う通り、魔力が枯渇すると危険よ、カレン」
ナタリアは答える代わりに警告した。
そんなナタリアに、カレンは警告を黙殺して言った。
「……命が危なくなる、はずがない」
「何を言っているの、カレン!」
魔力を使いすぎると気絶したり、場合によっては死ぬこともある、と言われている。
だから魔力を使い切らないよう、魔力を使う場合には、どんなときでも体全体に薄く魔力が残るようにするようにと習う。
少なくともカレンは平民学校でそう習った。
つまりカレンの体全体に、まだ魔力が残っている。
「体の全部の魔力を使い切ったって、死ぬはずがない。だって、人間の体は、そうできているんだから」
「カレン!?」
「四十、八本」
「もうやめなさい! 危険だと言っているでしょう!?」
ナタリアが血相を変えて叫ぶ。心配してくれて、カレンのために怒っている。
でも、無理やりカレンを止めることはしないでくれている。
「ごめん、ナタリア」
カレンは顔を赤くして目尻を吊り上げるナタリアを見て、にんまりと笑った。
「試してみたくなっちゃった」
「このっ、錬金術バカ!!」
「イケそうなの。ホントホント」
だってカレンは前世の記憶で、人の体は魔力がなくても生きられることを知っている。
前世と今世の人間の体のつくりが違うかもしれない?
でも、野菜もハーブも、ポーションになった以上は前世と成分が同じなのだ。見た目だけが似ている別物じゃない。
人間だってそう変わらないだろう。
「四十九本っ!」
「ああっ、もう! 倒れたら試験官の権限で強制終了よ!!」
「うふふ、ありがとナタリア」
自分の力を試すことを、どうしてこれまで躊躇っていたのだろう。
カレンの実力が白日のもとに晒されて、大したことがないとわかってはじめて試してみたいことができて、それがこんなにも楽しいのに。
「ああ、こんなに楽しいならもっと早く挑戦すればよかった」
カレンは自分の体の中に残る最後の魔力を集めていく。
楽しくて面白くて、ここで妥協するなんてもったいなくてできるわけない。
「魔力がなくなると倒れちゃう人って、無意識のうちに魔力に頼って生きてたのかな……魔力で補われていた部分が、欠けると死んでしまう人もいるのかも……でも、わたしはまだ若いし、健康で、魔力がなくても大丈夫」
体中に散らばっている、魔力の粒をかき集めるイメージだ。
ゆっくり、ゆっくり。一粒ずつ集めていく。
それでも血の気が引く感覚がある。脂汗が滲んでいく。心臓が異常事態を知らせるように鼓動を早め、息が苦しい。
これまで、この体はどれだけ魔力に頼り切って生きていたのだろう。
「魔力がなくても血は流れる。心臓は鼓動するし、呼吸だってできるよ」
自分自身の体に言い聞かせるようにつぶやいた。
カレンはたっぷりと時間をかけた。体が驚かないように、穏やかに。
すると、冷たくなっていく指先に血が戻り、汗が引いて、心臓の鼓動が落ち着き呼吸は浅くだが普通にできるようになっていく。
カレンは集めた魔力を錬金釜の中の薬草を沈めた水にこめた。
水がきらりと虹色に輝くと、薬草がぐずぐずと溶け出していく。
やがて薬草が溶けきるのを見届けて、カレンは溜息のように言った。
「これで、五十本目」
「鑑定するわ!」
カレンはどさっと椅子に座って荒い呼吸を繰り返した。
まるで重力が重い惑星に来てしまったかのように体が重い。
地球とそう変わらないと思っていたこの世界の重力は、魔力をまとっていたことで軽く感じられていただけだったのかもしれない。
ただ盛大に疲れ果てているだけかもしれないので、要検証だ。
「――すべて小回復ポーションになっていることが確認できたわ。カレン、Eランク昇級おめでとう!」
「やったぁ……」
カレンが椅子の背もたれにだらりともたれかかりながら力なく歓声をあげると、遠くで鐘が鳴るのが聞こえた。
「三の鐘ね。これにて、試験終了よ」
集中しすぎて二の鐘を聞き逃し、いつの間にか三の鐘の時間になっていたらしい。
ぎりぎりの合格に、喜ぶ気力も体力もなかった。
「仮眠室で寝てきてもいい?」
「いいわよ。だけど寝ているうちに医者を呼んで診てもらうわよ」
「ありがとね~」
恐い顔をしながらも、ナタリアはカレンが立ち上がるのを手伝い仮眠室へ連れていく。
「まったく、世話の焼ける親友だわ」
ナタリアはぷりぷりしながら言う。
カレンはナタリアに怒られたくてたまらない気分だった。
けれど怒られる元気もないカレンは、仮眠室に辿り着くとぱたりと倒れこんで眠りについた。