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昇級試験2

「カレン、無理はしちゃだめよ」

「わ、わかってる……!」


一気に三十個の小回復ポーションを作ったあと、カレンは汗だくになりながらフラフラと仮眠室に向かってベッドに倒れこんだ。

全身運動をしたあとのように疲労困憊していた。

すでに日は落ちていて、窓の外は暗い。

ランプの火に照らされた薄暗い部屋の中、カレンは荒い呼吸を整えていく。


カレンの魔力量でも半日で三十個の小回復ポーションを作るのは可能だ。

問題は、残り半日で魔力がどれだけ回復するかだった。


「ギルド員さーん、できました!」

「鑑定するわね……すべて小回復ポーションになっているわね。合格よ。おめでとう」

「やったー」


魔力量が多い子なのだろう。カレンよりも年下に見える少年がナタリアに合格を告げられ、書類を受け取り意気揚々と部屋を出ていく。

苦もなく小回復ポーションを五十個完成させたらしい。

魔力量がBランクほどあれば、ああなれるそうだ。

だが、カレンはDランクだ。

錬金術師になるにはぎりぎり厳しいと言われるCランクすら下回っている。


「眠らなきゃ……」


持ち込んだタオルで汗を軽く拭き、ベッドに倒れこむ。

今はただ、少しでも眠って魔力を回復させるしかない。

カレンはつぶやいて、目を閉じた。


しばらくして、遠くで鐘の音が聞こえてカレンは目を開けた。

疲労感はだいぶ和らいでいる。

カレンが錬金工房に戻ると、椅子に座って本を読んでいたナタリアが「さっきの鐘は晩の鐘よ」と教えてくれた。深夜零時だ。


カレンは自分の席に戻り、持ってきていたバスケットの蓋を開いた。

卵のサンドイッチだ。塩気の利いた生ハムと、刻んでつぶつぶ食感が楽しいきゅうりのピクルスが入っている。

マヨネーズとブラックペッパーが利いていて、疲れた体に美味しくしみる。パンにあらかじめ塗っておいた辛子もピリリと利いている。

水筒には疲労回復のポーションの素材で作った、ただのハーブティー。

ポーションの持ち込みは禁止されているのだ。

魔法的な効果はなくとも、成分的にはカレンを助けてくれるだろう。

デザートに蜂蜜レモンだ。瓶のふたをあけ、飴色の蜂蜜に漬かった輝く黄金のレモンをフォークでサルベージして、一口でいただいた。

この甘酸っぱさが疲労を癒やしてくれると知っているからか、ポーションにはなっていないはずなのに疲労感が癒えていく気がする。


食事を終えるとカレンはポーションづくりを再開した。


「ふぅ……」


魔力をこめる速度が格段に落ちている。

体の中、心臓あたりに埋まっている魔核の魔力量が底をつきかけているのだ。

魔力は休めば回復すると言われているが、カレンの魔力はまだまだまったく回復していないのだ。

それでも錬金釜の魔力伝導率のおかげで、錬金釜一杯分のポーションをつくれた。

この小さな錬金釜一杯で、ポーションの瓶十本分だ。


これで、四十本。


「よーし」


カレンは軽くストレッチをすると、錬金釜に瓶一杯分の水と薬草を一枚入れて、椅子に座った。

一気に十本分のポーションをつくるような魔力はもうない。

ここからは一つずつ、刻んでつくっていく。

つくりながら体力と魔力の回復を待つ。


四十一本。

四十二本。

四十三本。


目眩がしてきて、カレンは再び仮眠室に向かおうと思った。

けどふっと気がついたとき、カレンはうたた寝していた。

慌てて顔を上げれば、窓の外が明るくなっている。


「香時計があともう一本燃えたら二の鐘よ」


壁際の椅子に座るナタリアがカレンに聞かれずとも教えてくれる。

朝八時頃だ。残り時間は四時間。

時間は有限なのに、思いきり変な寝方をしてしまった。

椅子に座ったまま寝てしまったので、魔力が回復した気がしない。


部屋の中にはもう、誰もいない。

もしかしたら仮眠室にいるのかもしれないし、合格したのかもしれないし、諦めたのかもしれない。


人の行く末を気にしている余裕は、カレンにはない。

カレンは再び錬金釜に向き直った。


「カレン、無理する必要はないのよ。その調子なら、次はもっといい錬金釜に当たれば合格できそうじゃない」

「そう、だね」


昇級試験を受けてみて、わかったことがある。

やはり錬金釜の魔力効率は料理用の片手鍋よりずっといい。

高価すぎてこれまでは手が届かなかったが、しばらく水を飲んでしのいででもお金を貯めて錬金釜が欲しい。


カレンの手に届くのは、鉄や銅を魔力耐性の溶液でコーティングした錬金釜くらいだろう。

でも、いずれはお金を貯めて魔鉱石で作られた錬金釜が欲しい。

いずれミスリルやアダマンタイトの錬金釜で錬金がしてみたい。


そういえば、エーレルト伯爵家で借りた錬金釜は何製だったのだろう。

思えば、あれがあったからつくれたポーション料理があるのかもしれない。


「楽しそうね、カレン」

「……うん、すごく楽しい」


カレンは汗をだらだらと流しながら笑って答えた。

もしかしたら、たったひとりの不合格者になるかもしれないのに。


恥ずかしさがまったくないとは言えないけれど、それよりも新しい挑戦を通じて欲しくなった錬金釜を早く手に入れたいし、次々と思い浮かぶアイデアを試してみたい。


その時、カレンの中にふっと今すぐに試せるアイデアが思い浮かんできた。



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