未来の贈り物
「サラと申します。ジーク様の身の回りのお世話を仰せつかるメイドの一人でございます。今後一ヶ月、カレン様のご用を仰せつかる役目を任されました。どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
「では、ジーク様のもとへご案内いたします」
カレンがエーレルト伯爵家の王都の屋敷を訪れると、メイドが一人出迎えてくれた。
サラと名乗った銀髪に紫色の目をした少女は、無表情のままカレンを案内した。
その部屋の扉を開くと、中に充満していた煙がモワッとあふれた。
「ジーク様、こちらは今後一ヶ月、ジーク様のために働かれる錬金術師のカレン様でございます」
「カレンです。お初にお目にかかります。どうぞよろしくお願いします」
サラの紹介を受け、カレンは笑顔で明るく言った。
相手は子どもとはいえ貴族なので、タメ口はよくないが、今後のことを考えると遜りすぎてもよくない。
部屋の中は薬くさく煙っている。薬香だろう。
ポーションの一種で、継続的な回復効果がある。
その煙る部屋の奥にある天蓋付きの大きな寝台の中心に、埋もれるように小さな子どもが横たわっている。
ジーク・エーレルト。
九歳と聞いているが、せいぜい六歳ぐらいにしか見えないほど体が小さい。
その首からは金の首飾りを提げている。
魔封じの魔道具だろう。カレンも実物を見るのははじめてだったが、ライオスのために血筋の祝福を調べる過程で存在は知っていた。
平民にはとても手の届かない、高価で貴重なアーティファクトだ。
ダンジョンのドロップ品で、消耗品。
魔道具には等級があり、等級の低い魔道具ほど効果は少なく壊れやすい。
ユリウスと似た金髪に、青い目。痩せ細っていて、蒼白な顔をしている。
何も見ていないようなうつろな目をカレンに向けた。
「……そう、よろしく」
興味もなさそうにジークは言った。言葉を発するのも疲れるのかもしれない。
それに、これまでに幾度となくカレンのような人間が現れては消えていっただろうから、彼にとってみれば興味の持ちようもないだろう。
一ヶ月という期間は、いわば試用期間。
この期間はすべてカレンの思う通りにさせてくれるらしい。
この期間に何の成果もなければ、カレンはお役御免だ。
「まず、お近づきの印にジーク様に贈り物を持ってきました」
ジークは何の反応も示さない。
プレゼントで喜ぶ平民のお子様とはわけが違うのだろう。
だが、このプレゼントの目的はジークを喜ばせることではないからいいのだ。
話題のきっかけにするための仕掛けにすぎない。
「以前に面倒を見ていた血筋の祝福持ちの幼馴染みと使っていた中古品なのが申し訳ないのですが、手作りで他の物がないので、どうかお許しくださいね」
「……血筋の祝福持ちの、幼馴染み?」
自分以外の血筋の祝福持ちの存在は、さすがに気になるらしい。
自然と話題に潜ませて、興味を引くことには成功したようだ。
カレンは「はい」と笑顔で言いながら、机の上に手にしていた包みを広げた。
「体が起こせるようになってもまだベッドからは出られない、という頃が一番退屈なんですよ。なので、そういうときにベッドの上でも遊べるおもちゃの数々です」
あたりまえのように体が起こせるようになる未来の話をする。
絶望が一番体によくないと、ライオスを見ていた経験で知っている。
「……幼馴染み、生きてるの?」
案の定、ジークは死の未来を当然のように思い描いていたのだろう。
だからそういう質問が出てくるのだ。
「生きてますよ。元気になりすぎて、この間、王国騎士になりましたよ!」
そしてカレンは振られたわけである。
カレンはかつてライオスのために作ったおもちゃのうち、一つを持ってジークに近づくと、ベッドサイドの机に置いた。
「これ、リバーシっていうおもちゃです。わたしが作ったんですよ」
「リバーシ……?」
「白と黒の駒をこうして順番に置いていくんです。白で挟んだら白に、黒で挟んだら黒になります。最終的に自分の駒の数が多い方が勝ちとなります。ベッドから起き上がれるようになったらやりましょう」
「……起き上がれるように、なったら」
あたりまえのように未来の話をする。し続ける。
大事なのは、この子に信じてもらうことだ。
カレンに身を任せれば、必ず未来へ行けるのだと希望を抱いてもらうこと。
「喉が渇いたのでお茶を入れてきていいですか?」
「うん」
きょとんとした顔をしているジークを置いて、カレンが席を立つと、サラに止められた。
「茶の用意でしたら私がやりますので、カレン様はジーク様の治療にご専念ください」
「いえ、これも治療の一環です」
カレンはこっそりと言った。
「薬はもう飲み飽きていると思うので、薬と言わずに薬を飲ませてあげたいんです」
ライオスも、治療のためだと言われて飲まされる苦い薬にはうんざりしていた。
我慢強く執念深いライオスでさえあれだったのだから、普通の子どもは耐えられないだろう。
それにカレンが飲ませようとしているのは、薬と言われなければ変わった味のお茶である。
「……そうでしたか」
「お湯の用意だけしてもらえますか?」
「かしこまりました。ただ、ジーク様が口にされるものはお毒味をさせていただくことになっております。どうかご承知おきください」
「当然のことでしょう」
カレンはうなずいた。
ギルドを通して依頼をしているとはいえ、見知らぬ人間が作ったものを子どもに飲ませるのは恐いだろう。
しかもカレンが飲ませようとしているのは、この世界の人からしたらそこらへんの草で作ったお茶である。
待合室兼メイドの宿直室である控えの間に向かい、カレンはサラに見守られながら持ってきた茶葉を取り出し、用意してもらったお湯でお茶を入れていく。
「ジーク様は体内の魔力が熱と化して、常に高熱に悩まされ、そのため食欲もない状態だと聞いていますが、間違いないでしょうか?」
「その通りでございます」
カレンの知っている典型的な血筋の祝福の症状だった。
ならまずはカレン特製のこのブレンドティーを飲ませて様子を見たい。
カレンが二つのカップにお茶を注ぐと、片方を手にとりサラは言った。
「では、毒味をいたします」
お茶を一口こくりと飲む。大変な仕事だなとカレンが見ていると、サラはこてりと首を傾げた。
「ショウガの味がいたします」
「入ってますね」
「……薬、なのですよね?」
胡乱な目をされる。だが、毒がないのはわかってもらえただろう。
「では、鑑定をいたします」
「それって、アーティファクトの鑑定鏡ですか!?」
机の引き出しからサラが巨大な虫眼鏡のような道具を取り出したのを見て、カレンは身を乗り出した。
黒地に金の幾何学模様が象嵌されている、ゴツい装飾の虫眼鏡。
それはかつて平民学校に通っていた際、本で見たことがある超希少な鑑定の魔道具だった。
「はい。今年の春にユリウス様が当家領都のダンジョンを攻略された際、入手されました。ジーク様の口に入るものはすべてこちらにて鑑定を行うこととなっております」
「それ、あとで貸してもらえませんか?」
「ジーク様の治療に必要なのであれば、構いませんが……」
サラは無表情ながらに完全に怪しい人間を見る目つきになっている。
私利私欲のために鑑定鏡を使いたいのだと思われたかもしれない。
カレンは前から鑑定してみたいものが山ほどあった。
錬金術ギルドではお金を払えば借りられるので、お金をためて借りる予定だった。
今いれたお茶も、そのうちの一つである。
「……あっ」
サラは鑑定鏡をお茶にかざして、目を丸くした。
「これはポーションだったのですね」
サラの言葉に、カレンはにんまりと笑った。
回復ポーションと言えば魔法植物である薬草と水で作るもの。
他の様々な種類のポーションも、魔法植物を使って作るものだ。
だがいつからか、カレンは魔力のかけらもない素材で作ったただの料理がポーションになっているような気がしていた。
それを確かめるすべもなく今日まで来てしまったが、予想は当たっていたらしい。
今日は一旦ここまで。
明日から一話ずつの投稿となります。
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