千客万来
「カレン、あなたが錬金術ギルドに提出した新種のポーションレシピの論文についての、これが結果よ」
家にやってきたナタリアを迎え入れ、お茶を出すとナタリアが机の上に封筒を置く。
カレンは向かい側の席に腰かけ、鼓動が早くなる胸を押さえて深呼吸した。
Fランク錬金術師のカレンがEランクに上がるためには二つの方法がある。
一つは一日に小回復ポーションを五十個以上作ること。
もう一つは、昇級に値する功績をあげること。
先日、五十個のポーションを作ろうとして挫折したカレンは、もう一つの方法に着手したのである。
カレンが昇級のために錬金術ギルドに提出したのは、解熱のポーションレシピのうちの一つだ。
このポーションは血筋の祝福によって上がる熱を押さえ込む。
ジークによれば、他にも不調はあったものの、熱が下がるだけでもかなり体が楽になったという。
今後、世の中に求められていくだろうポーションだ。
カレンだけで独占するより、誰でも使えるようになった方がいいだろう。
快気祝いのパーティーでお披露目されたあと、もしかしたらお客さんが殺到してしまうかもしれない……と思っていたわりには音沙汰がないけれども。
「封筒、開けさせてもらうね……!」
「ええ、どうぞ」
ナタリアがお茶をすする。
カレンは恐る恐る封筒を開け、中身を確認した。
確認して、愕然とした。
「しょ、昇級不可――!? ナタリアどうして!?」
「やっぱり、無魔力素材のポーションだというところがネックよねえ」
はあ、とナタリアは頬杖をついて溜息を吐いた。
「確かにあなたのポーションを鑑定すれば熱を下げる効果があると出てくるけれど、それ以外の副作用があったとしてもわからないもの。錬金術ギルドとしては、安易にこのポーションを認めるわけにはいかないのよね」
「その危険があるからレシピをつけたのに! レシピごと提出したら、ギルド所属の錬金術師に作ってもらって、安全性を検証してもらえるんじゃなかったの?」
有用なポーションなら多少の危険性はあろうとも、それを織り込み済みで使わなければならない場面があるかもしれない。
そのために、カレンの論文を認めてくれる可能性は高いという話だったのに。
「それがねえ、うちのお抱えの錬金術師、誰もあなたのポーションを再現できなかったのよ」
「えっ!?」
「カレン、何か書き忘れていることがない? レシピに抜けはない? 素材について何か説明し忘れていることは?」
「思いつく限りのことは全部書いたはずだけど……!」
「何か忘れているのよ、あなた。うちの専属の中には、Aランクの錬金術師もいらっしゃるのよ。普通のレシピなら、多少の抜けがあっても圧倒的な魔力量で再現されてしまう方なんだから」
「そ、そんなあ……」
カレンは椅子に脱力した。
錬金術師にとって、レシピを秘匿しつつ社会に認められることは重要課題だ。
できるだけ多くの情報の流出を避けるため、一種類のハーブでつくれる解熱のハーブティーのレシピを提出したので、別の素材と間違われているということもないはずなのだ。
「思いつく限りの効能について書いておいたはずなんだけど……抜けがあるってこと?」
カレンが作れるのだから、カレンと同じ知識を得られれば本来は同じポーションがつくれるはずなのである。
「それか、このポーションを作れるのは特別な才能を持つカレンだけってなるわね」
「嬉しいけど、嬉しくない……!」
「Eランクに上がりたかったら、魔力量をあげて小回復ポーションを一日五十個つくるしかないわね」
「そんなーっ!!」
頭を抱えるカレンに、ナタリアが手にしていたバスケットの蓋をぱかりと開くと中から半ば飛び出していたブドウ酒の瓶を取り出した。
「さ、残念会をはじめましょうか」
「そのお酒が見えてたからお祝いしに来てくれたんだと思ってたのにーっっ!!」
「見えてた? やだわー。ハンカチで隠しておいたつもりだったのに。期待させちゃってごめんね、カレン。でもほら、依頼達成のお祝いでもあるじゃない」
そう言いながらナタリアが瓶の栓を抜くので、カレンはすごすごと戸棚からコップを取り出した。
「これからは血筋の祝福関連の依頼がバンバン舞い込んでくるものだと思っていたのになかったのは、わたしのポーションが信用ならない感じなの?」
「そんな感じね」
「わーん!!」
カレンが頭を抱えたとき、扉がコンコンと叩かれた。
「はいはーい」
カレンの代わりにナタリアが出てくれるので、カレンはしょぼくれた顔でおつまみ作りをすることにした。
カレンが戸棚から秘蔵の生ハムの塊を引っ張り出していると、ナタリアが緊張した面持ちで戻ってくる。
「カレン、エーレルト伯爵家の方よ。対応してもらっていいかしら?」
カレンは一人、ここへ来そうな人物に心当たりがあってたらりと冷や汗をかいた。
その人物はカレンを錬金術師として買ってくれているがゆえに、カレンを落とそうとしているらしい。
脳が溶けると言っているのに。
脳が溶けない範囲でとかなんとか言っていた。
一番困るのは、カレンがその状況を心の底から拒絶しているわけではないことだ。
その人物に迫られるという状況事態は楽しすぎる。俗物の自覚は大いにある。
だが、一瞬でも欲望に負けたら決して夢は叶わない。
カレンは恐る恐る玄関まで出迎えに行き、そこにいた人物を見てほっと息を吐いた。
「サラさん、いらっしゃい! こんなところまでどうしたんですか? いや、まずはどうぞ中に入って」
「お久しぶりです、カレン様。お客様がいらっしゃるようなので、私は出直します」
そう言って、玄関前に立っていたサラはぺこりとお辞儀した。
ここは冒険者街にある集合アパートの五階だ。
よくここがわかったなと思いつつ、カレンは言った。
「いやいや、いいですよ! 入ってください。中にいるのは友だちなので。ナタリアもいいよね?」
「いいわよ。けど、むしろ私がいてもいいわけ?」
「サラさんの用事、ナタリアがいたら困ります? 困らなければこれから依頼達成のお祝いをするので、サラさんも一緒にどうですか?」
「私がいてもよろしいのでしょうか?」
「もちろんいいですよ。友だちの友だち同士、仲良くなってくれたら嬉しいです」
「友だち……」
サラが紫色の目を瞠る。
カレンがその反応に不安を覚えるよりもずっと前に、サラはニコッと微笑んだ。
「そう言っていただけるのであれば、喜んで参加させていただきます」
カレンはサラを家の中に招いて言った。
「それで、サラさんの用事って何ですか?」
「大した用事ではありませんので、あとで構いません。ジーク様を救っていただいた依頼達成のお祝いほど大事なことではございませんので」
「もう依頼の関係じゃなくなったんだし、これからは様付けじゃなくていいんですよ、サラさん」
「カレン様はジーク様が姉と呼ぶお方。様付けは譲れません。ただしカレン様は私を呼び捨てにして敬語をやめてください」
「一方的な要求すぎない??」
「あなたたち、本当に友だちなのね」
ナタリアが吹き出すように笑って、グラスをもう一つ戸棚から出した。
そのとき、再び扉が叩かれた。
「今度は誰かな?」
カレンが何の気なしに玄関に出ると、そこには強ばった顔をしたマリアンが立っていた。