ほころぶ月
「今日のカレン姉様はお客様なんだからぼくの身支度の手伝いはしなくていいんだよ」
「新作のポーションを作ってきたのでお渡ししにきました。サラさん、こちら美肌効果のあるマッサージ用のオイルです」
部屋までついてきたカレンに言うジークだったが、カレンの言葉に「あ、錬金術ね」と訳知り顔をする。
カレンから香油を受け取ったサラが、中身を確認してほうっと溜息を吐いた。
「とても馨しい香りでございますね。美肌の効果ですか……これならジーク様のお肌も荒れませんね」
「ジーク様は今日たくさん頑張ってお疲れだと思いますので、こちらでマッサージしてさしあげてください」
「素敵なお祝いの贈り物ですね」
仕事を増やされたと怒られるなんていう心配はここではいらない。
サラをはじめ、メイドたちはきらきらとした目をしてカレンを見てくれている。
ジークのためにできることが増えれば増えるほどここの人たちは嬉しいのである。
「あ、でも鑑定鏡がないですね」
「レアの鑑定鏡ならございますので、一応鑑定させていただきますね。決してカレン様のお力を疑っているわけではございませんが」
「もちろん、お願いします。レアの鑑定鏡でも結果って出るんでしょうか?」
「……出ましたね。美肌の香油、と出てきました」
カレンはおやっと首を傾げた。
「いただいた鑑定鏡と鑑定結果がちょっと違いますね」
「鑑定鏡のレア度が下がると、鑑定結果が曖昧になるとはよく言われます」
「なるほど。わたしが鑑定したときにはパチュリの香油って出てきましたよ」
「カレン様、それは素材の名前では?」
サラの指摘に、ジークが呆れた顔をする。
「カレン姉様、そうやって簡単にレシピを言っちゃだめだよ」
「でも、どうせ香りでわかっちゃうじゃないですか」
「それでもダメ」
「はーい」
ジークに窘められていい子の返事をしたカレンは、自分も支度をするため部屋に戻った。
手早く入浴をして夜着を着たカレンはジークが風呂に入っているうちに解熱のポーションを用意する。
そうしているうちに、入浴剤とオイルマッサージでヘロヘロになったジークが出てきた。
「眠くなっちゃったよ……ふわぁ」
「眠る前にわたしと一杯だけお茶をしましょうよ、ジーク様」
「うん……カレン姉様と一緒に、お茶する」
こくりこくりと眠りそうになりつつも、ジークはカレンと一緒に熱を下げるお茶を飲み終えた。
「飲んだら寝てもいいですよ」
「……まだ寝ない」
「そんなに眠そうなのに?」
「んー……」
目を閉じて、眉をひそめてジークが眠気に抗っている。
安眠のポーションなども使ってこの程度ということは、一応耐えられる程度の眠気ではあるのだろう。
ジークを眠りに誘導するためカレンは言った。
「お布団の中に入ってお話しませんか?」
「カレン姉様も」
「はいはい」
ジークに引っぱられて、カレンもベッドに横になる。
カレンが馴れ馴れしすぎるかな? と一応メイドたちの顔色をうかがうが、みんなニコニコの笑顔である。
「ぼく、ちゃんとしたエーレルトの後継者に……見えたかな……」
「とてもご立派でしたよ」
「カレン姉様は、他のことでいっぱいいっぱいだったから、見てないでしょ」
「わたしの千鳥足ダンスをフォローしてくださったジーク様の存在はとても頼もしかったですよ。わたし視点」
「フォロー? ……ぼく、ただ姉様が大好きって気持ちをあらわしただけ、なんだけど、な……」
カレンとメイドたちはうつらうつらするジークにほっこりと表情をゆるめた。
「わたしもジーク様が大好きですよ」
「ねえさまが好きなのは……んん……ユリウスおじさま、でしょ……」
「好きの種類が違いますよぉ~」
「ふうーん」
ジークは鼻の頭にしわをよせて相槌を打つと、カレンの腰にぎゅっと抱きついた。
その胸をトントンと叩いているうちに、ジークは眠りに落ちていった。
「おやすみなさい、ジーク様」
挨拶をして、カレンはジークの腕からそっと抜け出して部屋を出た。
見送りに出てきたサラが言う。
「カレン様は、明日にはもう帰られてしまうのですか?」
「そうですよ」
「ジーク様、とてもお寂しそうでした。カレン様といたくて頑張って起きていらしたんですよ」
「そうだったんですか……」
本当に二人目の弟ができたみたいだな、とカレンがほのぼのしていると、サラが言う。
「これからも、どうかエーレルトに遊びにいらしてくださいね。これは社交辞令ではありませんからね。……ジーク様のためだけでもありません」
「サラさんもわたしがいなくなって寂しいですか?」
カレンが悪戯めいた気持ちで聞くと、サラは素直にこくりとうなずいた。
「はい、とても寂しいです」
「でしたら絶対、おうかがいしないとですね」
カレンの言葉に、サラがニコッと笑った。
小さな笑みだったが、カレンは目を丸くした。
「サラさん、今、笑顔が――!」
「カレン様の偉大なポーションを飲んでから、表情が動くようになってきたのです」
これまでに表情筋が動かなかったのは、何らかの毒の影響だったのだろうか?
愕然とするカレンに、サラは目を細めて微笑んだ。
「カレン様がもたらしてくださったすべてのことに、心よりお礼を申し上げます」
「わたしこそ、今日までサラさんにはたくさんお世話になりました。ありがとうございました」
お辞儀をするサラに、カレンも応える。
二人で頭を下げ合う姿に吹き出すと、しばらく廊下のソファに座っておしゃべりをした。
ジークに見出されて、このお屋敷に来てからのこと。
サラはぽつりぽつりと教えてくれた。
カレンも、ライオスと出会ってしまったあとくらいからの様々な出来事をサラに話した。
窓から漏れ入る星明かりの明るさに目が冴えて、カレンたちはいつまでも話し込んでしまった。