夢の終わり3 ライオス視点
カレンは夜風に髪を靡かせながら、静かな表情で口を開いた。
「わたしはもっと手柄を主張するべきだったね。わたしが何をしてあげているのか、謙遜なんかせずに言うべきだった。対価が必要ならその場で要求するべきだった。いずれ恩返ししてもらえるだろうなんて、期待するんじゃなくってね」
「俺は自力で治ったんだ!!」
「うん。それでいいよ。確かにライオスは一度もわたしに助けてほしいなんて言わなかったもん。わたしがやりたいから勝手にやったことのために、ライオスが恩に着る必要なんてない」
ライオスは息を呑んだ。
自分の主張が肯定されたはずなのに、言いようのない不快感が腹の底でとぐろを巻いている。
「……おまえには、血筋の祝福を癒やす力など、ない」
「ライオスがそう思いたいならそう思っていればいいよ。だけどわたしは、これから自分の力を世界で試すよ」
やめろという言葉が喉元までせり上がってきて、飲みこんだ。
カレンに能力がないなら放っておけばいいだけのこと。
勝手に自滅するだけだろう。
それなのにやめろなどと言えば、それはすなわちライオスの敗北だ。
だが沈黙も敗北だと感じた。
ライオスは、絞り出すように言った。
「俺、は……ずっと、嫌だった……おまえに、世話をされるのが……同じ年齢の、女なんかに……屈辱だった。ずっと、ずっと……!」
「ごめんね、ライオス」
普通、謝罪をした方が負けのはずだろう。
それなのに、カレンに謝罪をされたライオスの方がひどい敗北感に苛まれた。
「さようなら、ライオス。元気でね」
カレンはそう言うと、テラスから室内に戻っていった。
取り残されたライオスの背後から、不意に気配が近づいてきた。
「なるほど、そういうことだったのか」
「ゲルルフ部隊長!?」
「話は聞いていたぞ、ライオス」
どこから――とライオスがどっと汗を掻く姿を、ゲルルフはニヤニヤと笑って見下ろした。
「ジーク様がおっしゃっていた錬金術師を捨てた元婚約者が、まさかおまえだったとはな。なるほど、おまえは騎士団内で自力で治ったと吹聴していたなあ」
すべて聞かれていたらしい。
目の前が暗くなるのを感じながら、ライオスは震える声で聞いた。
「このことを、騎士団内で言いふらすおつもりですか?」
黙っていてほしい、という懇願の響きが混ざったことが恥だったが、なりふり構ってなどいられない。
どうにかしてこの男に口を閉ざしてもらうしかない。
幸いにも、ジークはライオスを牽制しつつも、ライオスがカレンを捨てたことを公の場で周知するつもりはないようだった。
そのつもりがあればとっくにあの場で公開していただろう。
「ライオス、私はおまえの血筋の祝福は大したものではないのだろうと思っていた。自力で耐えられる程度の魔力しか受け継がなかったということだとな」
言いふらすのかどうかを聞いているのに、ゲルルフはまったく別の話をはじめる。
早く答えろと喉まで出かけるが、機嫌を損ねれば元も子もない。
「だが、おまえの血筋の祝福が新種のポーションによって癒やされていたというのなら話は変わる。もしやもするとおまえは私の想像よりも莫大な魔力を備えている可能性もある」
ライオスははっと息を呑む。
闇に光明が差すのを見た心地だった。
魔力の差は覆しようのない才能の差だ。
たとえどれほど剣が巧みだろうと、動きが機敏だろうと、膨大な魔力を持つ者には敵わない。
カレンの力によって治ったなど、認めるのは業腹だ。
だが才能さえあれば、どん底からでも這い上がれる。
ライオスの希望の光は、すぐにゲルルフに握り潰された。
「その力を私のために使え、ライオス」
「――それ、は」
「そうすれば、恩人に仇なし女に手を挙げようとした、騎士の風上にもおけないおまえの下劣な所業を秘密にしてやろう」
ゲルルフはくつくつと笑いながらライオスの肩に手を置いた。
「たとえ大したことはなくとも血筋の祝福持ちのおまえは、いつも私たちを馬鹿にするような目をしていたな? 気づいていないとでも思ったか? 私の座を奪おうと虎視眈々と狙っていたことなど、とうの昔に気づいていたんだぞ、ライオス」
ライオスは青ざめた顔で凍りつく。
その肩をゆっくりと叩きながら、ゲルルフは言う。
「若い男が血気盛んなのは当然のことだ。私の座を狙うぐらいの気概がある方が戦場では頼もしいくらいだとも。別に気分を害してはいないから安心するといい。だがな、ライオス」
ライオスの顔を覗き込み、ゲルルフは歯を剥き出しにして笑った。
「おまえのような若造に私の地位は渡さんよ。これからおまえは、私のために働く駒となるのだ。なあに、私は平民で終わるつもりはない。ゆくゆくは貴族となる。私が貴族となった暁にはおまえにも分け前をやろう」
ゲルルフが黄色い歯を剥きだして高笑いをあげる。
どうしてこんなことになってしまったのか――。
ライオスは自問自答を繰り返しつつ、闇に閉ざされた未来を思い、茫然と立ち尽くした。