家族のために ユリウス視点
「Fランク錬金術師のカレンとは、一体どんな人物だった?」
帰宅後すぐに兄のヘルフリートに呼ばれ、執務室へ向かった。
ユリウスが来るのを待ち構えていたように、ヘルフリートがソファに腰かけている。
その斜め向かいのソファに腰かけて言った。
「思っていたよりまともでしたよ。私への求婚は婚約者に振られた弾みだそうで、報酬を変更してほしいとのことです」
「最初に困難な条件を提示しておいて、それをこちらに断らせた上で、本来の望みを口にし、一度条件を断ったこちらに罪悪感を抱かせた上で望みを通しやすくしようとしているだけではないか?」
「どうでしょう。報酬は思いつかないそうで、達成までに考えておくそうです」
「達成までに……」
どこか茫然としたように言う兄の姿に、ユリウスは苦笑した。
「私の目には本気で言っているように見えたのですよ。つい、期待してしまいます」
「……カレン。平民。一時期天才だと噂された、Fランクの錬金術師」
ヘルフリートがうつろな目で手にした書類を読み上げる。
依頼の受理の報せを受けてすぐ、カレンについて調べさせた。これは調査報告書だ。
ユリウスも幾度となく読み込み、すでにそらんじられるほどである。
「幼少期に血筋の祝福に病んでいたライオスの元婚約者で、先日振られ、深酒をし、その勢いで私たちの依頼を受理したとのこと」
「……婚約者の騎士就任を祝う席で婚約の破棄を言い渡され、『わたしのおかげで元気になったくせに!』と叫んだという」
「苦し紛れに吐き捨てた言葉でないならば、希望です」
「もしこれがおまえ目当ての戯言なら、私はこの小娘を殺してしまう」
書類を握りしめる手を震わせるヘルフリートに、ユリウスは眉を顰めた。
「私のしたことは余計だったでしょうか。注目を集めることで何かジークを治すための手がかりを得られないかと思ったのですが……」
「余計なものか。おまえが剣術大会で優勝し、しかも我らの領のダンジョンの攻略までしてのけたことで、忘れ去られていたこの依頼の噂はついに隣国まで届いたのだぞ」
「ですが、隣国からやってくるのも怪しげな者たちばかりです。私目当てで近づいてくる者もいる始末です。対応させる兄上にも、あまりに申し訳ない」
「玉石混交になるのは最初からわかっていたことだ。気に病むな、ユリウス。おまえのおかげでアリーセも希望を抱くことができているんだ」
ヘルフリートと妻のアリーセは恋愛婚だった。
ヴァラハ侯爵家から嫁いで来た女性で、ヘルフリートよりも魔力のランクが高い。
それもあり、息子のジークの血筋の祝福は自分のせいだと気に病んで、毎晩泣き暮らしているという。
ユリウスの前では涙を見せないが、だんだんと痩せてきているし、目元がどれほど腫れていても頑なにポーションで治そうとせず、白粉で隠そうとしている姿が痛ましかった。
「必ずや王都のダンジョンを攻略し、国王陛下から魔力を抑えるアーティファクトをお譲りいただけないか交渉いたします」
アーティファクト。
それは人の手では作ることのできない偉大な力を持つ魔道具のこと。
別名を女神の試練場とも呼ばれるダンジョンで魔物を倒したり、宝箱を開けることで手に入る。
そのドロップ品は女神の贈り物とも呼ばれる。
深層でドロップする『魔封じ』の魔道具ならば、ジークを血筋の祝福から助けられるかもしれない。
王家から譲り受けるか、はたまた自分でドロップするか。
どちらにせよ、ダンジョンの最深層へ向かわなくてはならない。
「すまない、ユリウス。危険だとわかっているのに……私は、おまえのダンジョン攻略を止めることができない」
「我が子のためなのですから当然のことです。私にとっても、ジークは可愛い甥です。ですからどうか、止めるなどと言わずに応援してください、兄上」
うなだれていたヘルフリートが顔をあげる。
常に冷静沈着な兄が痛みをこらえるように歪んだ顔をしている。
表情を隠す余裕すらない兄に、いかなる負担もかけられない。
ユリウスは笑顔で表情を固めてヘルフリートの手を取った。
「兄上、私にすべてお任せください。たとえあの錬金術師が役に立たずとも、私がジークを救ってみせます」
言うほど簡単なことでないことは、ユリウスも理解している。
王都ダンジョンの最下層は五十階。
かつて、王家の始祖は多大な犠牲を出しながらその最奥に君臨する紅のドラゴンを討伐し、この地に君臨した。
ダンジョンの中と、ダンジョンの周辺以外の場所では、魔物はどこからともなく発生する。
だから人はダンジョンの側に町を作って生きている。
しかし、ダンジョンは定期的に『崩壊』する。
ダンジョンが崩壊すると魔物が中からあふれ出し、周辺一帯を蹂躙する大崩壊という現象が発生する。
ダンジョン内の魔物を倒せば大崩壊までの期間が延びると言われる。
ダンジョンを攻略すれば大崩壊までの期間は大幅に伸びる上に、影響範囲が広がると言われている。
魔物の出ないダンジョンの影響圏が増えれば、それだけ人が暮らせる場所が増える。
それを対価にすれば、王家の虎の子である魔封じのアーティファクトも吐き出させられるだろう。
だからこそ、それはユリウスの命をかけたとて非常に難しい偉業だった。
すでに攻略したエーレルトの領都ダンジョンはまだ若く、階層は二十階層しかなかった。だからできたことだ。
倍以上の深さをもつ王都のダンジョンを、果たして自分が攻略できるのか。
ジークの命が、それまでもつのか。
「すまない……ユリウス、すまない……」
「ひとまずはあの錬金術師の働きに期待することとしましょう」
ジークのため、謝罪をし続ける兄のため、カレンの身の安全のためにも。
カレンの能力が本物であることを、ユリウスは心から願っていた。
カレン、頑張らないと殺されちゃうかもしれないってよ。
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