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夢の終わり ライオス視点


音楽がはじまり、悪い夢から覚めたようにライオスはハッとした。

カレンの方に近づこうとしたライオスの肩を、ライオスが所属する王国騎士団第五部隊の部隊長、ゲルルフが掴んだ。


「ライオス、私と共に来なさい」

「はっ……」


このような時にと歯がみをするライオスとマリアンを連れて、ゲルルフは言った。


「君は平民だが、ジーク様と同じく血筋の祝福を受けて長い苦難の時を過ごした期間を持つ。きっとわかり合えることも多いだろう。私が紹介してやる」


ゲルルフもまた平民で王国騎士となり、部隊長にまで登りつめた男だった。

野心に目をぎらつかせるゲルルフは、紹介にかこつけてライオスに恩を売るつもりなのだろう。

あわよくばジーク・エーレルトに近づこうとしている。


紹介してもらわずとも、自ら声をかけに行くつもりだった。

もしかしたら発生しているかもしれない、重大な誤解を解きにいくために。


だが、ライオスが声をかけようとしても、知己もない平民だ。門前払いをくらうかもしれない。

この男の紹介があったほうが近づきやすいだろう。


「ありがとうございます、ゲルルフ部隊長」

「さあ、早速向かうぞ」


ゲルルフの背中を見て、ライオスは溜息をこらえた。

もしも好きに部隊を選べるのであったら、ライオスは迷いなく第一部隊を選んだだろう。彼らは王国騎士団の象徴ともいえる存在だ。

だが、平民生まれは第五部隊に配属される。まるでゴミの掃きだめだった。

必ずや手柄をあげて、さっさと別の部隊に移らなくてはならない。


ジークは次々と挨拶にやってくる招待客の対応をしていた。

それを見ながら、ライオスは腹の底にのたうつ不安を噛み殺して先程のカレンの紹介を思い出していた。


詐欺に騙されたという不名誉な噂を払拭するためにカレンの詐欺に付き合っている……にしては、あまりに親しげで好意的だった。

ユリウスというあの優男など、この場でカレンに求婚してみせた。


そのパフォーマンスが派手すぎて、だからこそ演技の可能性が高いと、ライオスはほとんど確信していた。

これまで八年カレンを見てきたライオスだからこそ言える。

カレンには、あんな男に求婚されるような魅力はない。


甘く、お節介で、無責任。

自分の人生を諦めて、他人の人生に乗っかろうとするお荷物だ。

頼んでもいないお節介を焼いて、ライオスが必死の努力により自力で掴んだあらゆる功績に恩を着せようとした。

乗りかかろうとされたライオスだからこそ、ジークもまたカレンにのしかかられているのではないか、と疑問を持つことができた。


ジークは家の名誉を守るために、無理やりカレンを受け入れさせられているだけなのでは?

そういう意味でもライオスはジークの唯一の理解者となれるかもしれない。


同じ境遇にあった仲間として、共感を得られれば、エーレルト伯爵家のコネが手に入るのではないだろうか。

貴族のコネがあれば、爵位を手に入れやすくなる。

ゲルルフが二十年かけて王国騎士団に献身してなお、未だ手に入れられずにいる男爵位を、ライオスが先に手に入れる日も遠くはないかもしれない。


ありえなくもない未来への期待で不安をなだめつつ、ライオスは順番を待った。


「ようこそいらっしゃいました、ゲルルフ部隊長。ダンジョン攻略にあたって、あなたの部隊からはたくさんの人をお貸しいただいたとユリウス叔父様から聞いています」

「尊いジーク様のお命のためならば当然のこと。ゆくゆくはアースフィル王国を担う、護国の朋友でございますれば」

「そのように言ってもらえて嬉しく思います」


ゲルルフの見え透いたおべっかにライオスは辟易した。

貴族とはいえこんな子ども相手に遜って恥ずかしくないのかと、ゲルルフを呆れた目で見やった。


「ところでなのですが、春の入団試験で王国騎士団に入った若き騎士を紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ゲルルフ部隊長が直接に紹介したいような方なのですか?」

「彼は平民ではありますが貴族家出身の母を持ち、血筋の祝福に苦しんだ経験を持っているのですよ」

「ぼくと同じ苦しみを味わったことがある方なのですね」


ジークがうっすらと微笑んだ。ライオスの目にはその微笑みが妙に冷ややかに見えたが、ゲルルフはにこやかなままだ。


「ライオスという者です。ライオス、ご挨拶を」

「王国騎士団第五部隊所属の、ライオスと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」

「そう」


ジークは興味なさげに相槌を打った。

こちらが礼儀をもって自己紹介をしたのだから、それなりの対応というものがあるのではないか?

平民だからか、とライオスは歯がみをした。

王国騎士団に入ることではじめて目の前に立ち塞がるようになった身分の壁だ。


だが、仕方がない、とライオスは腹を立てつつも納得した。

ライオスの予想が正しければ、カレンという平民に頭を悩ませている真っ最中だろう。平民を毛嫌いするのもわかるというものだ。


いざ、本題に入らなくてはならい。

ライオスは気持ちを切り替えて笑顔で言葉を継いだ。


「血筋の祝福に苦しめられた者として、ジーク様のお辛さが少しはわかるつもりです。平民の共感など、ジーク様に対しては失礼かもしれませんが。もし他人には話せないことなどありましたらぜひともお話を伺わせていただきたい。実は自分も詐欺に遭いかけまして――」

「平民だからという理由で失礼だとは思わないけれど、ぼくはきみと話したいとは思わない」


冷めた目で会話を切り捨てられ、ライオスは頰に血を上らせた。

ライオスを押し退けて、ゲルルフがへらへらと媚びを売る。


「うちの新人が申し訳ございません。どうやらジーク様の境遇に共感しすぎて、自分の身分を忘れてしまったようでして」

「身分を理由に下がらせたつもりはありませんよ、ゲルルフ部隊長。ぼくの恩人もまた平民ですからね」


ゲルルフには敬意ある口調だった。

王国騎士団の部隊長ともなれば、たとえ爵位がなくとも相応の扱いが受けられる。

早くその地位に登りつめてみせる。それに、更にその上の高みまで。

ライオスは拳を握りしめて、決意を新たにした。

ゲルルフは会話を続けようとジークの言葉を拾い上げた。


「ああ、あの錬金術師の。長らく王国騎士団に務めておりますが、ポーションを納品する錬金術師の中であの女性は見たことがありません。余所から連れて来られた方ですか?」

「彼女はいまだFランクなのですよ。ですから、王国騎士団への納品をしたことがないのでしょう」

「Fランク!? しかし、新種のポーションを生みだしたという噂を聞きましたが……?」

「彼女にはかつて血筋の祝福を持つ幼馴染みの婚約者がいましてね。その婚約者を助けるために身を粉にして新種のポーションの研究を重ねていたため、ランクを上げる暇もなかったのです」


ドクンとライオスの心臓が音を立てる。

ジークが横目でライオスを見やった。

その青い瞳の冷え冷えとした感情のなさに、ライオスの全身から冷や汗が吹き出した。


自分が詐欺に遭ったと気づいていないのか? とライオスは愕然とした。

だとしたら、まずいことになる。


「なるほど。その研究の成果をもって、ジーク様をお助けしたということですね」

「ええ、そうなのです。しかしこの婚約者は自力で治った気でいるそうで、錬金術師になって以来七年間Fランクのままでいたカレン姉様を役立たずだと決めつけて、無残に捨てたのです」

「なんと……! そのような恩知らずがいるのですか?」

「意外と近くにいるものですよ、ゲルルフ部隊長。おぞましい恥知らずがね」


冷笑を浮かべるジークと視線が合い、ライオスは汗をかきながら言った。


「そ、それは錬金術師が言った言葉ですか? だとしたら、事実とは違う可能性もあるのでは? あの女が自分に都合のいいことを言っているだけでは――」

「カレン姉様を雇う前に身辺情報を調べている。これはカレン姉様の証言ではなく、当家の情報機関が裏を取った正確な情報だよ」


ジークが冷ややかに言う。ゲルルフがライオスを怒鳴りつけた。


「ライオス、いきなりおまえは何を言い出すんだ。無礼だろう!」


王国騎士団の団員となるにあたって、カレンの世話になっていた恥の時代と決別するため、カレンの話は一切したことがない。

だから、ゲルルフはこれがライオスの話であると気づいていなかった。


「そういえばカレン姉様は、幼い頃に作り出した発明品のレシピをどこかの商家に盗まれたとも言っていたな」


ライオスの隣で死んだように黙りこくっていたマリアンがビクッと体を震わせる。

石鹸の話なのは、ライオスも察した。

カレンがいつまでもグチグチと言っているのをうっとうしく思っていた。


「これについては裏は取れていない。何しろ姉様が子どもの時のことでね。だけどぼくは全面的に姉様の言葉を信じるよ。姉様が正当な権利を取り戻すため、手助けをするつもりだ。父様も母様もユリウス叔父様も、きっとぼくと同じ気持ちだろうね」


マリアンが真っ青な顔でぶるぶる震え出す。

こんな顔で震えられたら、自分がやったと白状しているようなものではないか。


マリアンの所業がこの場で露見すれば、カレンの元婚約者がライオスであることも芋づる式に露見しかねない。

ライオスはひりつくような焦燥感に襲われ冷や汗をかいた。


「申し訳ありません。婚約者の具合がよくないようなので、失礼させていただきます」

「おい、ライオス!」


ゲルルフの声が後ろから追ってくる。

その声を無視し、ライオスはマリアンの肩を掴んで強制的に外へと連れていった。



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