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パーティーの招待状


「助けていただきありがとうございます、ユリウス様!」

「カレンの助けになれたのならよかったよ」

「ただ、その、わたしは心の底からスカッとして大変ありがたかったんですが、ユリウス様は大丈夫ですか? 変な噂が出回りますよ?」


先程は三国一の色男に迫られている自分、という構図が気持ちよすぎてユリウスの演技に乗ってしまった。

だが、カレンのようなFランク錬金術師に言い寄っているなどという噂が立って、ユリウスはいいのだろうか。

まったくよくないんじゃなかろうか。


「ああ、それについては問題ないよ」


ユリウスは何でもないことのように言う。

本当に気にしていないように見える。

そういえばカレンはユリウスにまつわる恋の噂をたくさん聞いた覚えがある。

そのうちの一つにまぎれるだけで、ユリウスにとってはどうでもいいことなのかもしれない。


であれば、また新たなからかいの材料になるだけか、と警戒の構えを取るカレンだったが、ユリウスはすぐ話を変えた。


「それはそうと、実は先日達成してもらった依頼について問題が起きてね」


ユリウスが深刻そうに言った言葉に、カレンはごくりと生唾を飲んだ。

実は思い当たる節がなくもない。カレンは恐る恐る訊ねた。


「いただいた報酬はわたしの家に置いておくには貴重すぎるので、錬金術ギルドに預けているんですけど、その件で何かありましたか……?」

「いや、カレンは何も悪くないから、安心して」


ユリウスはにっこりと微笑んだ。

鑑定鏡の件ではないらしい。カレンはほっと胸を撫で下ろした。


実は鑑定鏡、もらって帰ってすぐに錬金術ギルドの鑑定に出している。

さすがにレア度はいくつですか? なんてエーレルトの人々には聞けなかったし、しかしレア度は非常に気になる。


魔道具のレア度の調べ方は、鑑定鏡で鑑定すること。

鑑定鏡は、同等未満のレア度でないと鑑定できない。

なので他のあらゆる魔道具は鑑定鏡を基準に等級が付けられている。


エーレルト伯爵家からもらった、つまりは元々ユリウスのものであった鑑定鏡をナタリアに提出して鑑定してもらったところ、少なくとも錬金術ギルドの鑑定鏡では鑑定が通らなかった。

それなのに、カレンの持ち物となった鑑定鏡では錬金術ギルドの鑑定鏡を鑑定できたそうだ。


錬金術ギルドの所持する最上級の鑑定鏡はダブルレア、とされている。

それを鑑定できたということは、すなわちカレンの鑑定鏡はレジェンド級か――と興奮したのはつかの間だった。

この世にはダブルレアより上のレジェンド級未満の魔道具が存在しているらしい。


等級はコモン、アンコモン、レア、ダブルレア、レジェンドの五つだと平民学校では習ったものの、ダブルレアとレジェンドの間には数段階あると予想されていて、まだ発見されていないだけらしい。


レジェンド級はその名の通り伝説的な存在で、想像上の『完全無欠の魔道具』をそう呼んでいるのだそうだ。


巷でレジェンド級と呼ばれている魔道具は、実在している魔道具の中でもっとも等級が高いものを暫定的にそう呼んでいるだけであり、本来はトリプルレアであったりフォースレアなどと呼ばれるべき存在かもしれないという。


魔道具の性能は女神様の采配次第で、レア度は人間が勝手に付けた等級なので、今レジェンド級とされている魔道具も、もっといい魔道具が現れたら等級を格下げされたりするそうだ。


本来ならFランクでは知ることはないものの、カレンがダブルレア以上の鑑定鏡を手に入れたことによって解禁された、ナタリアからの情報である。


平民学校知識しかないカレンには初耳の情報だった。

なので、カレンの鑑定鏡がレジェンド級かはわからない。

でも、トリプルレア以上ではある。

カレンはこの国で確認されている中で一番いい鑑定鏡を手にしてしまったわけである。


ただカレンのように国に報告せずに所持を秘匿する人間はいるわけで、隠し持っている人はいるのかもしれない。

ともかくこんなものを家に置いておくわけにはいかず、鑑定に出したまま錬金術ギルドに預けている。


それがバレてやっぱり返せと言われるのかと思って焦ったものの、どうやら違うらしい。


「実はね、君がエーレルト家の依頼を受理した時に望んだ達成報酬について、話が漏れてしまっているらしいんだ」

「ああ……」


カレンが望んだ達成報酬は何かと言えば、ユリウスとの結婚である。

いたたまれずカレンはそっと目を逸らした。


一体どこから漏れたのか。錬金術ギルドの守秘義務は徹底しているので、もしかしたらカレンが原因かもしれない。

ユリウスの依頼を受けよう、と、カレンはナタリアと居酒屋で大いに盛り上がった記憶がある。

思いのままの報酬が約束されていることも知っていたので、ユリウスとの結婚を望もうと、ブチ上がった記憶がなくもない。


これは依頼を受ける前の話なので守秘義務違反ではない。

ではないものの、申し訳なさでカレンは冷や汗を流した。

ユリウスはカレンは何も悪くないと言ってくれたが、そんなことはなさすぎる。


「この噂が流れてしまっているせいで、色々と困ったことになっている。実はカレンが詐欺師なのではないかなどという噂が出回っているんだ」

「詐欺師?」


聞き覚えのある単語にカレンは目を丸くした。

そういえば、先程の野次馬の中にカレンを詐欺師呼ばわりする人がいた。


「私との結婚を望むカレンが治療を名目にして適当な処置を施しておいて、ジークがたまたま生き延びたのを自分の手柄にしているのではないか……と」

「やっぱりそう思われますよねえ」


カレンが依頼を受理した翌日には気づいた欠陥だ。

当然、誰だってそう考えるだろう。


「君はエーレルト家の恩人だ。詐欺師呼ばわりされている状況を見過ごすことはできない」


そう言って、ユリウスは懐から封筒を取り出してカレンに手渡した。


「今度ジークの快気祝いのパーティーを開くことになったんだ。これはジークが書いた招待状だ。ぜひ参加してもらいたい」

「招待ありがとうございます! 絶対行きます!」


カレンは喜んで招待状を受け取った。

その高価そうな紙の封筒と仰々しい封蝋を見て、貴族のパーティーに招待されたという事実に遅れて気がついた。


「当日はカレンをエーレルト伯爵家の大恩人として紹介するつもりだから、そのつもりでね。最高位の貴賓として、ジークとファーストダンスも踊ってもらうからね」

「待ってください。わたし、踊れませんよ!?」

「平民学校にはダンスの授業もあっただろう?」

「学校を卒業したの、三年前ですよ! 記憶の彼方ですよ!!」

「どちらにせようちにダンスの練習に来るといい。ジークもダンスを覚え直さないといけないからね。二人で練習するといい」


カレンがダンスを踊ることは決定事項らしい。

上手く踊れる自信はないものの、久しぶりのパーティーで主役を務めるジークより確実に下手なカレンを相手役にするのは配役の妙というやつかもしれない。


「ジーク様の引き立て役……ってことですね。頑張ります!」

「もっと気楽に参加してくれていいんだよ。君は、私たちの大切な人なのだからね」


私の、ではなく、私たちの、である。間違えてはいけない。

カレンは自分に言い聞かせ、ユリウスの言葉選びに暴れ出す心臓をなんとかポーカーフェイスでなだめきった。



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