地元の洗礼
カレンは闇に生きる住人のように頭から黒いフード付きの外套をひっかぶり、コソコソと商店街の道の端っこを歩いていた。
だが、久しぶりに帰ってきたここはカレンの地元。
冒険者のために整備された住宅街につながる商店街であり、ここで暮らす人々は幼い頃からカレンを知っている。
カレンが十二歳のときに父親がダンジョン内で失踪したあとも、周囲の人々が気にかけてくれたから、子ども二人でもなんとか暮らして来られたのである。
なので、おばちゃんたちの目を欺くことなど不可能なのである。
「あらっ、もしかしてカレンちゃんじゃない!?」
「え、えへへ……そうですぅ」
「ここ最近姿を見ないから心配していたのよぉ! 元気だった?」
「はい、元気です」
「ライオスくんに振られちゃったんですってねえ。可哀想にねえ。でも仕方ないわよねえ。Fランクじゃあねえ」
コレ。
コレがカレンが知り合いのおばちゃんにエンカウントするたびに、永遠に発生し続けるのである。
カレンはただ夕飯の食材を買いに来ただけなのに。
見つかってしまったからには、ただ遠い眼をして嵐が過ぎ去るのを待つのみである。
「あは、あははは……そうですよねえ」
もう一ヶ月以上前の話なのに、おばちゃんたちにとっては未だにホットな話題らしい。
まるで昨日の出来事のように語られ、慰められ、古傷を抉られる。
「ずっと泣き暮らしていたんですってね? 可哀想にねえ。ちょっと痩せちゃったんじゃない?」
「そんなことはないですよ。泣き暮らしていたわけじゃなく、仕事をしていただけだし。美味しいものを食べてたんで、太っちゃったくらいですよー」
「無理しなくていいのよ、カレンちゃん。Fランクでも、相手が騎士でも、辛いものは辛いものねえ」
本当のことを言っても誰にも信じてもらえない。
守秘義務があるのでどんな仕事をしていたかを言うわけにはいかない。
仕事の関係でややもするとかの有名な美貌の貴族と結婚するかもしれなかったなんてカレンが言い出せば、おばちゃんはカレンが悲しみのあまり頭がおかしくなったと心配するだろう。
「カレンちゃんにも紹介できる縁談があるわよ。あたしの従兄弟なんだけどねえ。四十五歳だけど、Dランクの冒険者なのよぉ。前の奥さんとは死別しちゃってねえ。よかったら一度、会ってみない?」
「遠慮します」
カレンが食い気味で拒否すると、おばちゃんは頬に手を当てて深い溜め息を吐く。
「ライオスくんで目が肥えちゃっているのねえ。でも、贅沢を言っちゃダメよ、カレンちゃん」
会う人会う人、みんなカレンに恐ろしい縁談を持ちかけてくる。
これが、嫌がらせで言っているどころか親切心なので、カレンはむせび泣きたい気持ちでいっぱいだった。
もしもこの町で大崩壊が起きたら、戦えない人は近くの町に逃げることになる。
だけど、Fランクのカレンは町の中に入れてもらえない。
そうなったら、カレンは死んでしまうかもしれない。
Fランクのカレンが町の中に入れてもらうには、各種何らかの分野で能力を持つ人の身内にならないといけない。
結婚すれば身内になれる。
万が一のことがあったときに、寄る辺のないカレンを助けたいと思って、おばちゃんたちはそれぞれ知人をあたって、Fランクのカレンでも結婚してあげてもいいよという人物を見つけだし、縁談をすすめてくれているのである。
もちろん、Fランクと結婚してもいいよという人物がまともな人間である確率は低い。
そんな人物をすすめてくるおばちゃんたちの完全なる親切心に、カレンは笑顔が引き攣るのを止められない。
「実はEランクに上がれそうなので……大丈夫です!」
「カレンちゃんの魔力量はDランクでしょ? 錬金術師のEランクは無理よぉ。冒険者ならともかくねえ」
「大丈夫なんで! ホント! ダイジョウブ!」
とか言いつつ、実は昨日、Eランクの錬金術師になるために必要な一日に五十本の小回復ポーションを作る練習をして、カレンは失敗している。
できたポーションの数は三十二本。
あと、十八本も足りなかった。
だけどそれは、ずっと依頼で気を張りつめていて疲れているだけだとカレンは思っている。
そうでないと困るので、一週間ほど休んで魔力を回復させたあとなら状況は変わるはずだと、強く固く信じている。
それに、カレンには新種かもしれないポーションのレシピを錬金術ギルドに提出するという方法もある。功績による昇級だ。
無魔力素材のポーションが存在することすらこれまでのカレンは知らなかったので、新種かどうか定かではないものの、カレンが受理するまでジークの依頼が放置されていたことを考えれば、少なくとも熱を下げる系統のポーションが新種である確率は非常に高い。
これが認められればEランクは確実。
もしかしたらDランクにだってなれるかもしれない。飛び級だ。
「おじさんと結婚するのが嫌だからって、適当なことを言っているんじゃないでしょうね? ……最近、本当にダンジョンの様子がおかしいのよ。町の中で、弱い魔物だけど、発生したのを見たって人もいるのよ。ここだけの話だけどね」
恐い顔をするおばちゃんに詰め寄られる。
おばちゃんはカレンの命を助けたくて、心配して言っているのだ。
血の繋がりはないものの、これは親心と言うべきだろう。
その温かな気持ちに流されて妥協したら、とんでもないことになる。
カレンは冷や汗をかきながら悲鳴をこらえた。
そのとき、カレンの名前を呼ぶ声がした。
「そこにいるのはカレンか?」
その声は決して助け船などではなかった。