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依頼主と面会

「君が私の依頼に応えてくれた錬金術師だね」

「……はい」


目の前の席に座る微笑を浮かべた美しい男の問いに、カレンは顔面蒼白で答えた。


先日、カレンは勢いでユリウス・エーレルトの依頼を受けた。

翌朝目が覚めてすぐ、カレンは錬金術ギルドに行って依頼の受理を撤回しようとしたのだが、すでに依頼の受理の連絡は先方に通達済みとのことで、撤回は間に合わなかった。


その後、一週間連絡がなかった。

たとえ依頼を受理しても、依頼主が却下する場合もある。

その実力がないと判断されたとか、あるいは依頼主個人の事情だとか。

たとえば化粧水用のポーションの依頼の場合、暗黙裏に女錬金術師が作ったポーションであることが求められたりする。

高ランクの錬金術師なら性別は関係ないので、誰でも受けることはできるようにはなっている。


ユリウスが広告塔となっている依頼なので、きっと彼に会いたい女たちが依頼達成能力の有無にかかわらず、殺到しているのは間違いない。

そのうちの一人としてカレンも依頼の受理を却下されたのだろうと思っていたところだった。


だが、依頼主から依頼について相談がしたいと錬金術ギルドを通して連絡があり、今カレンは錬金術ギルドの応接室に依頼主と二人でいる。


カレンの眼前に座るこの男こそ、ユリウス・エーレルト本人だった。

輝くばかりの金髪金目。少し目尻の垂れた穏やかな顔立ち、通った鼻筋に品の良い笑みを浮かべる唇。

その容姿の端麗さは間違いなくカレンが剣術大会で見た当人だった。

前世のネット社会で美形を見慣れているカレンの感覚をして、一、二を争う美貌だ。

だが、近くで見ると意外と髪の艶がなく、肌も荒れていた。唇にもかさつきがある。


現在は王都のダンジョンを攻略するために日夜ダンジョンに潜り魔物と戦っている人物である。

肌が荒れていて当然だよねと、カレンはアイドル的存在に対して抱いた夢から若干目覚めた思いだった。


「錬金術師だということは、私の甥であるジークを治す薬を作れるということでいいのかな?」

「あの、まずは、謝罪をさせてください」


ごく普通に依頼内容の話が始まってしまい、カレンは慌てて制止した。

ユリウスは軽く目を瞠った。


「謝罪? 何のことかな?」

「達成報酬の内容についてです」

「ああ、ジークを治すことができたら私と結婚したいのだったね」


顔から火が出そうになるカレンを前に、ユリウスは微笑みを浮かべたまま淡々と言った。


「ジークに血筋の祝福の悪しき面が強く出たこともあり、当家ではそろそろ血を薄めることが決まっている。兄上より、平民と結婚しても構わないと許可は出ている」

「ほ、本気で結婚するおつもりですか!?」


ユリウスはカレンを見下ろし、目を細めた。


「ジークを治してくれるのなら、喜んで。ただしジークが治るということは、私は次期エーレルト伯爵にはならないということだ。爵位を継がない私でよければ、ということになるね」

「わたしは平民ですので爵位云々は別にどうでもいいんですけど……ではなくて!」

「ではなくて?」

「あなた様との結婚を報酬に依頼を受理しましたが、あれ、撤回させてください!」

「――どういう意味だろうか?」


ユリウスの声が部屋に低く響く。

がばりと頭を下げた格好で、カレンは冷や汗をかいた。

完全に、怒っている。


ここアースフィル王国において、というよりはこの世界において。

平民にとって、貴族とは絶対者だ。

何しろ、この世界には魔法がある。

貴族はかつて強大な魔物を討伐した者の末裔で、その後も魔物を倒し続けてはレベルアップし、更に強い魔力を持つ者との婚姻を通じて、世代を重ねるごとに強くなっていく。

文字通り、平民よりも圧倒的な強者なのだ。


そんな貴族を、たかだか平民ごときが怒らせたらどうなるか。

それはこの世界の歴史が証明している。残酷物語の始まりである。


「つまり君が私の依頼を受理したのは悪ふざけだったということかな? 実際には依頼達成の能力はなく、何か他のくだらない目的のための偽りの受理であり、もう目的は達成したから依頼の受理は撤回したい、と?」


おそるおそる顔をあげると、ユリウスが笑顔だったのが逆に恐ろしかった。

笑顔なのにひどく冷ややかなユリウスの口ぶりからして、依頼を受理すると偽って依頼主のユリウスに会いに来る女性が本当に少なくないのだろうと伺える。

カレンは内心半泣きになりながら言った。


「いえ、依頼は受けさせていただければと思います」

「うん?」

「報酬だけ変更させていただければと。後から考えて気づいたことなのですが、治療をするという名目で適当な処置を施しておいて、甥御様がもしも自力で十歳まで生き延びた場合でも、この依頼は達成されたことになってしまうじゃないですか?」

「確かに、そういう側面もあるね」


あの朝、目が覚めてすぐにカレンは気づいた。

だから依頼人も気づかないわけないだろうと思っていたのだが、気づいてはいたらしい。


「だが、私の素人目から見てもジークはこのままでは長くない。君の治療に効果があるかどうかは見ればわかる。君のポーションに効果があってジークが十歳を越える奇跡をもたらしてくれるなら、私は喜んで君を妻に迎えるつもりだ……たとえ長らえる時間が短くともね」


絞り出すような言葉から、藁にも縋るような気持ちが伝わってくる。

血筋の祝福は十歳を越えれば、体が魔力に耐えられるようになるので問題なくなると言われているものの、もちろん受け継ぐ魔力が大きかったり、体が成長しきらなければ話は変わる。

ライオスも十一歳頃、小康状態を保っていた体調が急激に悪化して、医者から余命宣告さえ受けた。

十歳を越えたからといって必ずしも助かるわけじゃない。

それでも十歳を越えることさえ奇跡だと思えるほど、よほど容態が悪いのだろう。


甥が死ねば次のエーレルト伯爵はユリウスだ。

それも含めてユリウスは結婚したい相手番付の一位に君臨していた。

だが、ユリウスにとっては爵位などより甥の命の方が大切なのだ。


家族の命を救おうと必死の人間に向かって、甥っ子の命を助けたければ自分と結婚しろと要求した極悪非道の人間こそカレンである。

カレンは頭を抱えたい気持ちで言った。


「幼い子どもの命で賭け事をするような前例を作りたくないのです」

「君が持ちかけたことだろうに」

「はい、あの時はどうかしていました。その……婚約者に振られたばかりだったので、勢いで憧れのお方との結婚を報酬として要求してしまったのです。バカなことをしました。大変申し訳ありませんでした」


ベロベロに酔っていたとは言えない。酔っていたカレンの依頼の受理を通したギルド員は誰だという話になってしまう。

依頼の受理を通したのは同じくベロベロに酔っていたナタリアである。

ナタリアの責任を問われるような事態だけは避けないといけない。


「報酬は変更の上、改めて依頼を受理させていただけないでしょうか?」


身勝手な願いであることは承知の上で、依頼を受理だけはさせてもらいたかった。

以前から、この依頼には気づいていたのだ。

ライオスが騎士になって一段落したら、依頼を受けたいとは思っていた。


「報酬の変更ということだが、君は他に何を望むんだい?」

「それは……達成するまでに考えておく、でもいいでしょうか?」


何も思いつかない。

以前からカレーが作りたかったけれど高価で手の届かなかった高級香辛料がいっぱい欲しい、くらいしか出てこない。さすがにもったいなさすぎる。


「達成前提、か」


ユリウスはふっと微笑んだ。華が飛び散るような甘い笑みだった。


「錬金術師カレン、君の希望通りに報酬は達成までに考えておいてもらうとして、君に仕事を任せよう」


甘い笑みに打ちのめされて茫然としているカレンに、ユリウスは笑みを深めた。


溺れるものは(カレン)をも掴む

藁への応援をお待ちしてます!

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