壊れたポーション
「わたしが作ったときにはポーションになっていたはずなんですけど、何か入れましたか?」
「――サラ、今すぐ吐き出して!」
ジークがガタンと席を立ちあがって叫んだ。サラが自分の口を押さえる。
ヘルフリートも立ち上がると声を張り上げた。
「今すぐ厨房の者、配膳に関わった者たちを全員捕らえよ!」
「サラ、こちらへいらっしゃい」
気づけばゾフィーが青ざめたサラの肩を抱いて隣の部屋に連れていく。
その様子を、カレンは椅子に座ったまま茫然と眺めていた。
「ポーションが壊れたということは、何者かが余計なものを入れたということなんだよ、カレン」
何が起きたのかわからずにいたカレンに、隣に座っていたユリウスが言う。
はっとしてユリウスの方を見上げれば、眉間にしわを刻んだ険しい表情でカレーの鍋を睨みつけている。
「無魔力の毒か」
扉を開け放ったままの隣の部屋から聞こえてくるサラの苦しげな声に、カレンは立ち上がって駆け出した。
「サラさん!」
「カレンさん、サラを見ていてあげてくれますか? 私は屋敷の統制に回らねばなりません」
「はい、アリーセ様」
サラの様子を見ていたアリーセと入れ替わりで控えの間に入った。
アリーセは、凜とした声で言った。
「解毒のポーションはありますか?」
「在庫があったはずです」
「サラさん、解毒のポーションがあるみたいだから、安心してね」
ユリウスが言う声を聞きつけ、サラを励ますために復唱する。
指示のために食堂を出ていたヘルフリートが戻ってきたのか声がした。
「怪しげな者を捕らえた。だが――」
そこから家名や人名が続いて、カレンはほとんど聞いていなかった。
洗面器にサラが吐きやすいよう、自分の頭に刺されたピンを引き抜き、サラの髪が垂れかからないようにまとめてあげる。
「カレン様、ありがとう、ございます……」
「いいから、吐くことに専念して。何か気づいたことがあれば、教えて!」
「症状は、正確に、ですね……」
これまでジークに口を酸っぱくして言い続けてきたことだ。
サラは吐き続けているせいなのか、肩で息をしながら言う。
「最初は、喉奥に指を入れて、無理やり吐いていたのですが……どうも、吐き気がしてきまして……自然と、吐けるように、なって、参りました……」
「そんな」
何か大したことのない、別のものが混入してカレーがポーションではなくなってしまったのだと思いたかった。
だけど吐き気がしてきたということは、本当に毒が盛られていたということではないか。
「サラ、騎士が解毒のポーションを持ってきくれたわ。お飲みなさい」
サラは解毒のポーションをゾフィーに飲まされる。
ほんの少し呼吸が楽になったようには見えたものの、苦しげな様子は変わらなかった。
ゾフィーはぐっと眉間に深いしわを刻んだ。
「無魔力素材の毒は本当に厄介ね」
「無魔力の毒だと、ポーションが効かないんですか?」
「効くときもあります。効かないときもあるのです。解毒のポーションが毒だと判別しないものが、サラの体を蝕んでいるのでしょう」
「そんな……」
「命を決定的に奪う毒は、無魔力素材であれ毒ですから、解毒できているはずです」
ゾフィーはそう言って、ポーションを飲ませるために抱き起こしていたサラをゆっくりと寝台に寝かせた。
この手の毒に慣れた様子だった。
解毒のポーションなんてものがある世界だからこそ、そのポーションの効果を回避するような毒が出回っているのだろう。
ジークがカレンを信じがたかった理由がわかる。
いつかのヘルフリートがカレンのポーションを警戒していた理由が、よくわかる。
「すみません。無魔力素材の毒を解毒できるポーションを、わたしが作れればよかったんですが……」
「カレンにはカレンなりにできることがあるんだから、自分を責める必要はないからね」
「ジーク様」
サラの様子を見に来たのか、食堂からジークが控えの間に入ってくる。
扉が開いた拍子に、鼻先をカレーの香りがくすぐって、毒が入っているくせに美味しそうな匂いを漂わせるなんてと悔しく思ったとき――カレンは思い出して跳び上がった。
「万能薬! 万能薬がありました!」
「カレン? 何を言って――?」
「ジーク様、実はカレー、万能薬になってたんです! ほら、わたしが最後に隠し味を入れたとき!」
「えっと……?」
てっきり喜んでくれると思っていたジークが、困惑の表情でカレンを見つめている。
「何かの見間違いではないか、カレン?」
「落ち着いてね、カレンさん。気が動転するのも無理はないけれど」
ヘルフリートとアリーセが食堂から気遣わしげに言葉をかけてくる。
カレンが作ったカレーが万能薬になっていたことを、まったく信じていないようだった。
この様子だと、カレンが情報を制限されていて知らないだけで万能薬は作れるものである、という予想は外れていそうだった。
もしカレンが作れないはずのものを作ったと主張していたら、こんな顔をするのも無理はないだろうという顔をしている。
ジークもまた、困った顔をしつつ言った。
「たとえあれが万能薬になっていたとしても、もう壊されちゃったよ?」
「サラさんのために取り分けたお鍋があります! わたし、取ってきます!」
「私も共に行こう」
「ユリウス様!」
カレンが食堂を飛び出すと、ユリウスがついてきてくれた。
「信じていないのではありませんか?」
「いいや、私は君なら作れてもおかしくないなと思ってしまったよ」
冷静に考えればカレンの言っていることこそおかしく、信じる方がおかしいのだ。
だからユリウスはリップサービスの延長でそう言ってくれているのだろうとカレンは思った。
そうだとしても、こんなときには心強かった。ありがたくて目頭が熱くなる。
「ありがとうございます、ユリウス様」
「急ごう、カレン」
「はい!」
カレンはドレスをたくしあげて走った。
動きやすく作られたドレスの性能を遺憾なく発揮しつつ、鼓動が早いのは走っているせいだと思い込むことにした。