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夕食会

「思ったほど動きづらくないんですね」


ドレスを着せられたカレンの感想だ。

いつから用意していたのか、明るいレモンイエローのドレスだった。

コルセットで締めつけてくびれを演出するイメージだったのだがそれもない。

補正下着は着けさせられたが、食べられないほどきつくはない。


「動きづらくては有事のときに困ります。さすがに、この格好では戦いづらいけれどね」

「アリーセ様も何かあったら戦うということですか?」

「当然です。貴族ですからね」


平民と貴族が関わる機会はほぼないので、ぼんやりと貴族というものは平民から搾取して遊び暮らしているイメージだったのだが、エーレルト伯爵家に来てから目から鱗の連続である。


出会ったころのジークも自責が行きすぎていて、当初は陰で誰かに悪口を言われて萎縮しているのかと邪推したものの、実際は貴族として覚悟が決まりすぎているだけだった。


「素敵なドレスをご用意いただきありがとうございます。ただ、こんなドレスを着せていただけると知っていたら、カレーは避けましたよ……!」

「普通の晩餐用のドレスですし、汚すかもしれないと気にしているのなら、気にしなくていいのですよ。服とは生活していれば汚れるものです」

「慎重に食べますね……」


優しく微笑むアリーセに、カレンは決して汚すまいと決意しつつそう返した。

そのとき、扉をノックする音がした。


「どうぞ、入ってちょうだい」


アリーセが楽しげに目を細める。

中に入ってきたのはユリウスだった。

カレンの心臓がけたたましく鳴り始める。

恐らくは貴族のごく普通の晩餐用の服を着ているだけなのに。


でも、出会ったときは普通のシャツとズボンで、再会したときはダンジョン帰りのやつれた姿だった。

ギャップ、というやつだろう。

普通に貴族らしい服を身につけただけのユリウスがきらきらしく見えてしまうのは。


ぽかんと立ち尽くすカレンの前までやってくると、ユリウスはにっこりと微笑んだ。


「いつも美しいけれど、今日は一際美しいね、カレン」

「はは、ありがとうございます」


単なるお世辞だとわかりきっているので乾いた笑いしか出てこない。


「先日君にもらったサシェには随分と助けてもらっているよ。深い眠りに付きたいときにはぴったりだね」

「そうですね。安眠の薬香ですから」


そういう話ならいくらでも聞きたい。

どんなふうに効いたのか、寝苦しい夜にどれほど助けになれるのか。

顔を上げたカレンにユリウスは笑みを深めた。


「まだ礼もできていないのに恐縮だが、私に君をエスコートする栄誉をいただけないだろうか、カレン?」


甘やかな微笑みを向けられ、カレンはとっさに助けを求めて周りを見渡したがアリーセはニコニコと笑みを浮かべるばかりである。

カレンはいたしかたなく自助努力をすることとした。


「お礼はいりませんし、わたしなんかにはもったいないことです。一人でてくてく歩いていけますので、お気づかいなく」

「ジークを助けてくれた貴賓であるカレンをエスコートするのに、爵位を継承する予定もない私では役者不足だろうか? やはり、エーレルト伯爵である兄がエスコートをするべきかな」


ユリウスが悲しげに目を伏せる。

カレンは慌てて否定した。


「そんなつもりで言ったわけではなくてですね!?」

「では、君のエスコートという光栄な役目を私に務めさせてもらえるだろうか?」


腕を差し出される。これ以上拒否したら、ユリウスには任せられないと言うようなものではないか。

カレンはカクカクした動きでその腕に手を乗せた。

先日はジークにそそのかされてサシェを渡したら手に口づけられ、今はエスコートを受けている。

三国一の男に、カレンのようなFランク錬金術師がこんなことをさせていいのだろうか。


もしかしなくともこれは、カレンが当初望んだ達成報酬の件が尾を引いているのではないだろうか。

ユリウスにとんでもない迷惑をかけているのではないか。

ぐるぐる考え、カレンは食堂にエスコートされながら言った。


「ユリウス様、あの、過日の達成報酬の件では本当に思い上がった望みを申し上げたと強く反省していますので、どうか気にしないでくださいね」

「気にしていないから安心するといい」

「そ、そうですか」


ユリウスが笑顔で応えるので、カレンはそれ以上何も言えなくなった。


カレンはあの達成報酬を望んだ時点で、ユリウスに対して下心を持っていることがバレている。

この家の人々はジークのことで恩を感じているようなので、カレンにリップサービスをしてくれているのだろう。

恥ずかしさと申し訳なさで冷や汗を流していたカレンは、食堂に到着してユリウスから解放されるとむしろほっとした。


隣の席なので、完全なる解放ではなかったけれども。


「カレンをきちんとエスコートしたのか? ユリウス」

「もちろんですよ、兄上」

「カレンがうつろな顔をしているが……」

「あまりにもったいないことに放心しているだけですので、お気になさらず」


怪訝な顔でユリウスを責める口調で言うヘルフリートに、カレンはフォローを入れた。

ユリウスが悪いわけではないのだ。全面的に自己責任である。


「カレン、今日はとっても綺麗だよ」

「ありがとうございます、ジーク様。ジーク様も素敵ですよ」


斜め向かいの席に座るジークにカレンは緊張に強ばる顔を緩ませた。癒やしである。


「全員揃ったんですから、そろそろ料理を運ばせませんか、あなた」

「そうだな、アリーセ。カレンの料理も気になるところだ」


アリーセの鶴の一声で、夕食会がはじまった。

貴族との夕飯だ。緊張はするものの、ユリウス以外のことなら何となく人柄を知っている。

ヘルフリートはジークのこととなると恐い人だが、ジークに対して粗相をしなければ問題ないだろう。アリーセは愛に満ちあふれた人で、カレンに深く感謝してくれているから、多少の粗相は見逃してくれるだろう。

ジークには当初から食欲を刺激するためと毒味のために食事を見せつけていたし、最近は一緒に食事していたので気にならない。


一番気になるのはユリウスだ。

この男に食べ物をボロボロ零してドレスを汚している姿を見られるなんて、カレンには耐えられない。


なのに、隣に座っている上にものすごく見てくる。


「サラさん! 助けて!」

「お腹が空いたのですか? 毒味が終わるまでお待ちくださいね」


配膳するサラにカレンが小声で助けを求めると、サラが淡々と言う。

サラに助けを求めてもあらゆる意味で無駄なことはわかっていたものの、助けを求められそうな相手がサラしかいなかったのだ。


エーレルト伯爵家にきて、一番心を通わせたのが彼女だから。

サラはワゴンに乗せた給仕の鍋からスプーンひと匙分のカレーをすくった。


「味に変化はございません」


カレーなので、あってもわからないだろう。

毒味のことを完全に失念したメニューだったとカレンは反省した。

サラが鑑定鏡を取り出す。

そこでカレンはカレーが万能薬になっていたことを思い出した。


万能薬とは普通に作れるものなのだろうか? 

カレンがFランクだから知らないだけなのか?

何にせよ、体に悪いわけではないからまあいいか、とカレンがソワソワしつつも納得したときだった。


「鑑定しましたが、何もでません。ポーションにはなっていないようです」


サラの言葉に、カレンはきょとんと目を丸くした。


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