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餞別のカレー

ほぼ一ヶ月、ジークが熱を出さない日が続いたため、カレンはお役御免となった。

試用期間が終わったのではなく、依頼の達成とみなされたのだ。


この世界は新年を迎えるごとに一つ年を重ねる。

十歳になるまでまだあと何ヶ月もあるものの、もう命が危ぶまれることはないと、ヘルフリートが判断したためである。


「カレン様、すごい香りと色ですが、これで本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫、大丈夫」


お役御免となるにあたって夕食に誘われたカレンは、最後にひとつポーションを作らせてもらいたいとお願いして、現在厨房にいる。

サラに手伝ってもらっているのだが、普段無表情のサラがわざわざ鼻の頭にしわを寄せて怪訝の意をあらわにしている。


「カレン、ぼくの部屋まで匂いが届いたんだけど、何を作ってるの?」


ヒョコっと厨房を覗きにきたのはジークだった。

まだ家の中だけだが、歩き回れるくらいに回復している。

身長も伸び、見違えたように頰も丸くなっている。


「とっても美味しい料理です」

「ポーションを作るって言っていたよね?」

「多分ポーションにもなります」

「味優先だ……」


ジークは呆れた顔をすると、椅子を引いてきてちょこんと座る。

厨房に居座るつもりらしい。


「独特な香りだけど、確かに美味しそうだね」

「これ、ずっと作りたかったんですよね~! 香辛料が高すぎて手が届かなくて作れなかったんですけど!」

「うちの財力で作ろうとしているんだね。まあ、いいよ。思った通りにポーションの効果が出なくても、誰も怒らないよ」


カレンが作るものすべてがポーションになるわけではない。

これもポーションにはならない可能性はある。

とても高価な香辛料を山のように使っているのに。

だが、怒らないでもらえるらしい。

ジークのお墨付きを得て、カレンは意気揚々と魔力をこめつつ食材を炒めていく。


「ジーク様はちょうどよいところに来てくれました。今、味の調整をするために味見をするところだったんです」

「ぼくに味見をさせてくれるの?」

「まずは私が毒味をさせていただきます」


嬉しそうに目を輝かせるジークを遮り、サラが言う。


「カレンの料理にもうそんな心配してないんだけどな」

「信用していただけて光栄ですが、誰かがヒョイと入れてもわたしじゃ気づけませんからね。サラさん、お願いします」

「では、失礼いたします」


サラは一口食べて、目を白黒させた。


「これは……なんというか……たとえ毒が入っていても味ではわかりません。何やら汗が出てきました」

「唐辛子が入っていますからね」

「……鑑定いたしましたところ、名称はカレー。効果は健康増進だそうです」

「あれ? まだ完成していないのに、もうポーションになっているんですね」


まだ入れていない具材もあるのに。

カレンの言葉にサラがぎょっとした顔をする。


「せっかくポーションとして完成しているのに、これ以上何かを入れるおつもりですか? ポーションではなくなってしまいますよ? それに、この状態ですでに十分に美味しいです」


サラは辛口カレーがお好みらしい。


「サラ、カレンの好きにさせてあげていいよ。とりあえず、ポーションになっているということはぼくが食べても問題ないね」


ジークの助け船にありがたく乗り、カレンは雛鳥のように口を開けて待つジークの口にスプーンを差し入れてあげた。

ぱくりと食べたジークは、目を丸くしたあと咳き込んだ。


「ちょっと、からいかも」

「でしたら蜂蜜を入れましょうか。すりおろしたリンゴを入れてマイルドにするのもいいですね」

「どんなポーションも、ジーク様が食べられないようであれば無意味ですね」


サラはすぐに切り替え、リンゴをすりおろしはじめた。

カレンは辛口も甘口もどちらもカレーならどちらも大好きである。

前世からの好物で、ずっと食べたかったけれどこの世界にあるはずもない。

スパイスからカレーを作ったこともあるので、コツコツとこの世界での香辛料の在処を突き止め、いつかスパイスを買いそろえて作ろうと、虎視眈々と狙い続けてきた。


「ごめんね、ぼくのためにポーションを壊すようなことをさせて」

「いえいえ。どうせこれからこちらの食材を入れて煮こむ予定だったので、気にしないでくださいね」


そう言ってカレンは切ったニンジンやナスのゴロゴロと入ったボウルを見せた。

コッコのぶつ切りを見て、ジークは苦笑した。


「コッコだけならぼくのためかなと思うところだけど、他にも色々入れる予定だったならカレンの好みなんだろうね」

「その通りです。わたしにとって一番美味しい状態でカレーを食べるためなので、何もお気になさらず。ただ、エーレルト伯爵家の素材を使ってポーションを作るという名目で作っているので、お叱りなら承ります」

「あははは!」


好き勝手するカレンに気を使う必要はないが、お叱りなら受けざるを得ない。

カレンの言葉にジークが声をあげて笑ってくれる。

最近のカレンはお腹を抱えて笑うジークの姿が見たくて好き勝手しているところがある。


カレンはカレーベースに蜂蜜を投入すると、混ぜてスプーンですくった。


「ジーク様、これでいかがでしょう」

「ふふ……さっきより食べやすくなったね。でも、まだからいかな」

「サラさんがすりおろしてくれたリンゴも入れましょう」


繰り返して味を調えたら、具材を投入していく。

ただ単にカレンが食べたいナス、彩りのきれいなニンジン、ジークが好きなコッコ。

鶏の三倍の大きさの、鶏型の家畜化された魔物である。


蓋をして弱火で煮こんでいく。

鶏肉から出る肉汁でカレーがますます美味しくなっていく気配がする。


「あ~、美味しそうな匂い~」

「ぼくもお腹が空いてきちゃったよ」

「カレン様、少し多めに毒味をさせてもらえませんか?」


サラもカレーの虜となったようだ。

この一ヶ月でかなり打ち解けたサラからの要望に親指を立ててオーケーサインを出しておく。

そして最後に隠し味を投入する。


「カレン、何を入れてるの?」

「ふっふっふ。薬草です」

「薬草を料理に使うの??」


前から薬草を扱うときに思っていた。独特の香りと風味がある葉っぱだと。

ポーションにすると苦い。

でもこれ、カレーに合うんじゃない? と。

これは薬草を乾燥させた粉末である。


カレンは薬草への理解はほとんどない。

Fランクの錬金術師では、他の錬金術師たちの論文を読ませてもらえないのだ。

平民学校で習った知識以上の知識はなく、回復ポーションの素材になることくらいしかわからない。


体を治す効果を持っているようで、血筋の祝福持ちを癒やしてはくれない魔法の薬の素材。

煎じて飲めば体を何らかの状態まで回復する。


それしか知らない。けれどカレンは入れてしまうのだ。味が一番なので。


味見をするとやっぱり合っている。薬草とはカレーのための調味料だったのではないかというほど、味に深みが出ている。

これは調味料というより調和料。あたかもカレーのために薬草が適合したかのような完璧な味わい。


これは確実にポーションとしては壊れたな、と半ば確信しつつ、サラのために小さい鍋一杯分のカレーを取り分けて戸棚の中に隠した。

サラに目で合図すると、無表情ながらに何度もコクコク頷いて嬉しげである。

カレンはできあがったカレーを鑑定した。


「……あれ?」

「ついに壊れちゃったの? まあいいけどね。気にしないで」


ジークは半笑いだ。

そんなジークに曖昧に微笑みを返し、カレンは再び鑑定鏡を覗き込んだ。



コッコカレー

万能薬(小)



万能薬とは、ダンジョンでドロップするあらゆる状態異常を治すポーションの一種である。

回復ポーションでは治せない病気も治るらしい。


当然、それはダンジョンの深層でしかドロップせず貴重な品だ。

カレンもこれまで本でしか見たことがなかった。


寡聞にして、錬金術師が自作した例をカレンは知らない。

心臓がドクドクと音を立てる。音が大きすぎて、耳の奥で鼓動しているような気さえしてくる。


「そろそろ着替えなきゃ。晩餐を楽しみにしているよ」

「あ、はい」


カレンがぼうっとしている間に、ジークは行ってしまった。


「完成したのでしたら、カレン様もドレスに着替えましょう」

「わたしも着替えるんですか? ドレスなんて持ってないですよ?」

「アリーセ様がご用意されました」

「いつの間に!?」


サラに連れて行かれ、カレンはカレーの効果について言い出す機会をなくしてしまった。


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