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生涯の宝物

「このような場所にお隠れいただきありがとうございました、伯爵夫人」


カレンは伯爵夫人の前に膝をついてその顔をうかがった。

当初の約束通り、ジークにここにいるとバレないよう、声を出さないようハンカチで口許を押さえてこらえている。


「聞いていらっしゃいましたね? ジーク様が、お母上であるあなたのためにサシェという、香り袋を作りました。それだけ回復されたこと、ご理解いただけましたか?」

「ええ……ええ……」


アリーセは泣きながら何度もうなずいた。

結局のところ、アリーセはジークが快方に向かっているという話自体を信じておらず、絶望していたのだ。

だから、体を起こしてゲームに一喜一憂し、母のために手すさびに香り袋を作る姿を見てもらうことにした。見るというよりは、聞くだけれど。

メイド頭でアリーセの側付きをしているゾフィーの完全協力あってのことである。

嬉し涙を流す主人の姿に、ゾフィーもまた涙を流していた。


「伯爵夫人には、ジーク様から直接あのサシェを受け取っていただきたいと思います。ですが、今のお姿ではジーク様が心を痛めます」


ジークが自分の不調を隠す最たる理由がこの心優しい母であることは、容易に想像がつく。

せっかく隠さずに細かく体調不良を自己申告してくれるようになったのに、アリーセの姿を見たら逆戻りしかねない。


「面会依頼は三日後に受けてください。そして、三日間で体調を立て直しましょう。わたしも全力で協力いたします」

「カレンさん……ありがとうございます……」


こうして、アリーセ復活計画が始動した。






アリーセは驚異の回復力でみるみるうちに元気を取り戻していった。

カレンのポーションの力か、はたまたアリーセ本人の高魔力の賜物か。

恐らくどちらもだ、とカレンは推測している。


だから高魔力の人間は重宝されるのだ。

魔物を倒し続けないと存続できない、この世界で。

たとえジークのような犠牲を生むことになろうとも――


「今日はお招きいただきありがとう、ジーク。忙しくて長らく会いに来られず、ごめんなさいね」

「いえ、ぼくのことはお気になさらず。母様にこうしてお会いできただけで嬉しいです」

「ああ……本当に顔色がよくなったわね。背も伸びたのではなくて?」

「はい。毎日計測しているのですが、いつも一は伸びているんですよ。なので、毎晩体がミシミシするんです」

「まあ、ミシミシ?」

「骨や筋肉が、ぐぐぐーっと伸びていく感覚がするのです」


実演するように伸びをするジークに、アリーセは朗らかに笑った。

頰はまだ痩けているが、げっそりとしてはおらず、目元は腫れていない。

赤い髪の艶も良く、肌には赤みがさしていて、目には光が宿っている。


「元気になってくると、あまりに暇で、先日カレンと共にサシェという香り袋を作ったのです」

「それは楽しそうね」


ジークは何でもないことのように切り出した。

そんなジークを優しい青い目で見つめながら、アリーセは合いの手を入れる。


「不格好なので申し訳ないのですが、母様に差し上げます。いらなかったらどうぞ捨て置いてください」


ジークは大した贈り物でもないからと、包装もしなかった。

裸のまま差し出された香り袋。

自身の髪色の赤い布に、瞳の色の青のリボンを巻いたサシェ。

アリーセはガラス細工に触れるかのようにそっと受け取った。


「捨て置くなんてとんでもないわ。なんて素敵な贈り物でしょう」


アリーセはサシェを胸に抱きしめ、ポロポロと涙を流した。

ジークは初めこそオロオロしていたが、微笑みを浮かべるアリーセに、やがて目を潤ませた。


「……そんなにお喜びいただけるなんて、思いませんでした。ぼくの作ったものなんて、サラやカレンの作ったものに比べたら、くしゃくしゃで――」


言いながらポロポロと大粒の涙をこぼしはじめたジークを、アリーセは抱きしめた。


「あなたが作ってくれたからこんなに嬉しいのよ、ジーク。生涯の宝物だわ」

「母様……ずっと、ごめんなさい……っ! ぼく、何もできなくて……勉強も、できず……後継者、なの、にっ、みんなに迷惑、がげ、で……!」

「あなたは懸命に生きてくれたわ、ジーク。何もできないなんてとんでもないのよ。苦難の時を耐え忍ぶ、諦めない心の強さ、忍耐強さを示したのよ。後継者に必要なものよ……みんなそんなあなたを支えたくてたまらないの。迷惑だなんて、誰も思っていないのよ……」


カレンとサラ、ゾフィーはその場から静かに立ち去った。

声の届かない廊下の端までやってくるとサラとゾフィーは号泣しはじめる。

カレンでさえもらい泣きしてしまったから無理もない。


「カレン様、ありがとう、ございます。依頼を受けてくださり、ありがとうございます……!」

「すべてあなた様のおかげです……本当に……本当に……!」


サラとゾフィーが泣きながら感謝の言葉を述べはじめると、近くの使用人たちもカレンを取り囲んだ。


「ありがとうございます、カレン様……!」

「来てくださってありがとうございます、本当に、ありがとう!」

「錬金術師様、ありがとうございます……!」


カレンは涙ながらに口々にかけられる感謝の言葉にはにかんだ。

はにかみ、照れて、得意になって次々と求められる握手に応じているうちに、何故か目頭が熱くなってきて、気づくとカレンもボロボロと涙を零していた。


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