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サシェ作り


「あーっ、またカレンに負けたっ!」

「はっはっは。わたしに勝とうなど百年早いですよ、ジーク様」


ジークのあらゆる不調のうち、カレンのポーションで押さえ込めるものをすべて押さえ込むと、ジークがベッドの上で起き上がれるようになるまで二週間もかからなかった。

正直言って、回復が早すぎる。

ライオスが六年かかったのは何だったのか……? とカレンは日々遠い眼になっているところである。

とはいえ、さすがに六年かかるとは思ってはいなかった。

ライオスと出会ってからの数年はそこまで親しくもなかったし、手料理を作ってあげる関係でもなかった。


でも、年単位はかかるだろうと思っていたのだ。

ライオスがそうだったから。


これは、ライオスの血筋の祝福の方が重かったのか。

それともライオスが治りもしていないのに少し良くなる度に無茶をしては死にかけていたからか。

恐らくは後者なんだろうな、とカレンは予想している。


あるいは、魔力が強い方が治り始めれば早いという可能性もある。

高魔力を持つ人は本来、頑健な体を持つものなのだ。

負のサイクルから抜け出せさえすれば、その体はみるみるうちに常人とは違う、桁外れの屈強な肉体に生まれ変わるのかもしれない。


体重や身長も測らせてもらっているが、この一週間で体重は三増え、身長は一伸びていた。


元気になってくるとカレンの当初の想定通り、ジークが暇を持て余しはじめたので持ち込んだ遊戯道具を使い始めた。

リバーシ戦において、カレンは大人げなくも連戦連勝中である。


「そういえば、さ。カレンは母様に会ったんだって?」

「はい。お会いいたしましたよ」

「どう……だったかな?」


カレンはジークが躊躇いながら何を聞きたいのかすぐに察した。

元気かどうか、それを聞きたいのだろう。

しかし元気かと言われれば、とても元気そうには見えない姿だった。


あれから、定期的にゾフィーにポーションを持っていってもらっている。

アリーセの気持ちが安定している時には飲んでくれることもあるらしいが、取り乱している時には無理だそうだ。


「あまり眠れていないようでした」

「そう、なんだ」


ジークがしょんぼりと肩を落とす。自分のせいだと思っているのだろう。

ジークは外見は父親似だが、性格は母親に似たらしい。


「そこで提案なのですが、一緒にサシェを作りませんか?」

「サシェ?」

「ドライハーブを入れた香り袋のことです。安眠効果の香りを出す薬香となるドライハーブが作れましたので、これを入れる袋をジーク様に作っていただきたいんです」


前にも作ったことはあるものだ。

これもポーションになってるのかな? と思いながら作ってみたらできた薬香である。

ジークは戸惑った顔をして言った。


「縫い物なら、メイドの方が得意じゃないかな? ぼくやったことないよ」

「メイドとわたしの用意したサシェでは、伯爵夫人にお使いいただけないかもしれません。ですがジーク様が作ったサシェならお持ちいただけること請け合いです。くっくっく」

「カレン、すごく悪い顔になってるよ」


ジークの呆れた顔再びだ。

だが、カレンは首を横に振った。


「悪いことなんてとんでもない。ご自身の意志でお持ちいただくんですからね。最初は伯爵夫人がポーションを飲んでくださらないので、ご入浴されている湯に安眠浴のポーションを勝手に入れようと思ったんですよ」

「ぼくにやったやつだ!」

「ですが、さすがに命に関わる状態でもない伯爵夫人にそれをすると、咎められた時にわたしの立場が危なくなりそうなので断念しました」


伯爵夫人に平民の女が眠り薬を盛るようなものである。

しかるべき許可がなくやれば物理的に首が飛ぶ。


「うん……ぼくもあのときはすごく怒ったよ。起きた時、いつもより体が楽だったから、仕方ないなあと思ったけど」


ジークについてはヘルフリートから許可をもらっているし、恐らくジークは説き伏せれば簡単に納得したはずだ。

自分の存在が迷惑をかけている、と思い詰めていた子どもだ。

治すために必要だと言われれば、どんな苦痛でも引き受けただろう。

そんな子が、今ではこうしてプンプンしてくれるのは、一種気を許してくれているということだろう。


「ぼくが作ったサシェなら、母様はお持ちくださるのかな」

「肌身離さずお持ちくださるでしょう」


あちこちに隠れるメイドたちもうんうんとうなずいている。


「……わかった。どうすればいいのか教えてくれる?」

「縫い物はサラさんに教わってください。わたしは薬香のポーションと端切れをお持ちいたします」


仕立て直すときに出る端切れとリボンを、ゾフィーから山と預かっている。


瓶詰めにした安眠の薬香のドライハーブと端切れの山の乗ったワゴンを押して部屋に戻ると、ジークはベッドの上でサラから並縫いを教わっていた。

玉留めと玉結びはサラがやるらしい。


「ジーク様、これがお手本です」


予めサラに作っておいてもらった袋を見せる。

布を折りたたんで、二辺を縫って、ひっくり返す。


「なるほど。裏返すと縫い目が見えなくなるんだね」

「おっしゃるとおり、縫い目が見えなくなるので、多少失敗しても大丈夫ですよ」


ジークがほっとした顔をした。


「では、端切れとリボンを選びましょう。ジーク様は伯爵夫人のために、サラさんはジーク様のために選んであげてください。わたしは自分のために選ぶことにします」

「どれがいいかわからないよ」

「伯爵夫人にお似合いになる色の端切れとリボンをお選びになればよいと思いますよ」

「似合う色……」

「たとえば髪色とか、瞳の色。いつも身につけていらっしゃるドレスの色を参考にされてもよいですね」


ジークが手に取ったのは、紅蓮の赤。

そういえば、アリーセの髪色は赤だったと、カレンはふと思い出した。

儚げな人だったので、その色を選ぶということがカレンは思い浮かばなかった。


「サラはどんな色の布を選んだの?」

「青色の布でございます。ジーク様の美しい瞳の色の布に、ジーク様の気高さを表すために白のレースのリボンを選ばせていただきました」

「うーんと、可愛いリボンだね」


ジークは可愛さに不服がありそうだが、サラが気づかず熱心に縫い始めているのを見て言及を諦めた顔をした。

可愛いやりとりだなと思いつつ、カレンも適当に選んだ布を縫いはじめる。


「カレンはユリウス叔父様にあげるつもり?」

「ヒッ!?」

「わっ、大丈夫!?」


針を指に突き刺したカレンをジークはすかさず心配してくれる。

心臓の音がバクバクと音を立てはじめるカレンは、針を抜きながらおそるおそる訊ねた。


「何故……そこでユリウス様が出てくるのでしょうか?」

「カレンって、叔父様のことが好きなんでしょう?」


ジークは一体どこまで知っているのだろうか。

助けを求めてサラを見るが、サラは熱心に縫い続けている。

ジークのために作るように言ったからか、真剣そのものの顔つきである。


カレンは諦めてジークに向き直った。


「憧れの気持ちは持っていますね。この国の大勢の女性と同じように」

「叔父様、カレンからサシェをもらったら喜ぶと思うよ」

「あはは。そうでしょうかね」


カレンが何の故あってユリウスにサシェを贈るのか。

そして何の理由があって喜ぶのか。

空笑いしながら適当に縫っていき、縫い終わるとさっさと裏返して中にドライハーブを詰めていく。


「最後にリボンで口を結んだら完成ですよ」


黄色の布で作った袋の口を金のリボンで結んだのは、たまたまである。

金髪金目の人物にあげるつもりなんてまったくない。


「……ぼくの、二人のより不格好な気がする。母様に受け取ってもらえるかな?」

「我が子の手作りですから喜ばないはずがありません。とりあえず、お渡ししてみればいいんですよ。そう難しく考える必要はありません」

「むぅ。じゃあカレンは叔父様に渡すんだよね? 難しく考える必要ないもんね?」

「渡します渡します」


会わないから渡しようもないけどね。

カレンは安請け合いすると、控えの間に入った。


そこで、声もなく泣いているアリーセに近づいた。



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