門出の乾杯
「この世界の倫理観、絶対におかしいよ!」
カレンはそう吐き捨ててエールを一気飲みした。
まずいビールだ。
この世界では飲酒に年齢制限などないが、カレンは律儀にこれまで飲んでいなかった。
だが、今日という今日は飲まずにはいられない。
十八歳。カレンは初めて飲んだエールの味に顔をしかめた。ものすごくまずい。
まずくても、飲まないとやっていられない。
「自分がおかしいとは思わないわけね、カレン」
「ナタリアもあの人たちの味方なの?」
「私はカレンの味方よ。だけど、ライオスさんとマリアンさんの言い分もわかるという話よ」
カレンの向かい側で豆のスープをかき混ぜていた友人のナタリアが言う。
平民学校で出会って以来の友人だ。
錬金術ギルドの受付嬢として働いているエリートで、ナタリアの仕事が終わるのを待ち構えていたカレンに捕まり、愚痴を聞いてくれている。
そんなナタリアでさえ、このありさまだ。
この世界の常識が狂っているのでなくて、なんなのか。
「ライオスさんは騎士になったんでしょう? そんな人が、Fランクの錬金術師と結婚だなんて釣り合わないわよ。みんな、あなたが自分から婚約解消を言い出すんじゃないかって思っていたわよ」
「わたしが助けてあげたのに、釣り合いを気にするなんて」
「それ、本気で言ってるの?」
ナタリアが怪しむように言うので「まだ研究はできてないけどね」とカレンは白状した。
「でも、たぶん、ライオスの病気はわたしが治した、と思うの。研究できてないからここだけの話ね」
「もしあなたが血筋の祝福の副作用を癒やす薬を見つけたんだとしたら、大発見よ。貴族は多かれ少なかれ祝福に悩まされているんだもの。貴族だけじゃないわ。高ランク冒険者たちだってそうよ」
血筋の祝福。
それはこの世界の、主に貴族の業病だ。
魔物を倒すとその力を取り込むことができる。
カレンは経験値的なものだと解釈している。
そして、一定以上経験値を取り込むとレベルアップする。
肉体が強化され、魔力が増えるのだ。
このレベルアップによってもたらされた力は、子孫にも受け継がれる。
だが、未熟な器に収まりきらない力を継承してしまった場合、器は壊れる。
ライオスもこれだったのだろうと言われている。
母親がフィルク子爵家の出身で、その性質がライオスに受け継がれて、身に余る魔力で体が壊れかかっていたのだ。
体の成長が受け継いだ魔力に追いつけば、命が助かる。
何度も命を失いかけながら、ライオスもついに成長が追いついて、助かったのだ。
「全然研究できていないから、確証はないんだけどね」
カレンは重ねて言った。
錬金術師的に、現物も研究論文もないのにポーションを作れると言い張るのはだいぶ痛い行動である。
今日のパーティーではついライオスを治したのは自分だと言ってしまった。
まだ裏も取れていないのだから、本当は言うべきじゃなかったのに。
「私は信じるわよ、カレン。あなたの錬金術を初めて見た時から、あなたはいずれすごい錬金術師になるって思っていたのよ」
カレンは苦笑した。
平民学校では平民の様々な才能を見出すために色んなことに挑戦させてくれる。
そのうちの一つが錬金術で、授業を受けた日、同学年でカレンともう一人だけがポーション作成を成功させた。
もう一人は元々錬金術師を親に持つ子で、錬金術の知識があった。
錬金術だけでなく、魔法とは『魔力』と『理解』によって発動すると言われている。
だが、カレンは完全初見だったので『理解』はゼロ。
それなのにもう一人の子よりも消費魔力量が少ないとかで、学校始まって以来の天才錬金術師かもしれないと一時期騒がれたのである。
それから七年。万年Fランクのままランクが微動だにしないので、とっくに忘れ去られた過去の栄光である。
十で神童十五で才子、二十歳過ぎればただの人、というやつだ。
カレンはまだ十八歳だけれども、ナタリアだってとっくに忘れていたはずだ。
「調子がいいんだから」
「あら、私はあなたが錬金術師になるって言うから錬金術ギルドのギルド員になったのよ?」
「えっ、何それ、初耳だよ?」
「初めて言ったものね」
乾杯、と言われてカレンは酒を飲まされ追及の機会を逸してしまった。
「そんな研究題材があるのなら、なんでライオスの世話なんかやっていたのよ。雑用なら人を雇えばよかったのに」
「ライオスの婚約者として、わたしにできることは全部やってあげたくなって当然じゃない?」
「カレンって優しいというか、献身的というか……甘いわよね。そんなんだから男に妙な自信だけ付けさせて逃げられるのよ」
「ぐっ」
前世も同じような経緯で振られているので、言い返しようもない。
「今考えれば、わたしにもダメなところはあったかな、って思うよ。妥協して選んだ相手だから、そこそこ頑張ればいいやって、心のどこかで甘えがあったの」
前世はこの顔の男なら浮気はしないだろうと油断していたし、今世はこれだけ尽くしてきたのだから好かれているに違いないと勘違いしていた。
「今度は、妥協しない! 次はわたし自身が成長し続けなくちゃいけないって思えるくらい、最高の男を選んでみせる!」
「その意気よ、カレン」
カレンとナタリアは何度も乾杯した。
お互いの夢に、将来に、いずれするだろう結婚に。
ベロベロに酔っ払いながらカレンは訊ねた。
「ナタリアはどんな人と結婚したいのぉ?」
「私を支える立場に甘んじてくれる人ぉ。私、ずっと仕事したいからぁ」
「そうだねえ。ナタリアにはそんな人が、お似合いだねえ」
「カレンはどんな人と結婚するつもりなのよぉ? 妥協しないんでしょぉ?」
「そりゃあもちろん、目指すならぁてっぺんよぉ!」
カレンとナタリアは飲み屋をはしごした。
これまでのカレンは時間がなくて、こんなふうに飲み歩くのは初めてだった。
楽しく気持ちよく飲み歩いた次の日の朝。
いつの間にか家に帰ってきていたカレンの枕許には依頼の受理証が置かれていた。
依頼主はユリウス・エーレルト。
エーレルト伯爵家の、美貌で有名な伯爵の弟で、昨年の剣術大会で優勝している。
国王の覚えもめでたく、今年の春にはエーレルト領都のダンジョンを攻略した、今一番華々しい英雄的存在である。
王都で一番の花婿候補。結婚したい相手番付堂々の第一位。
昨年の剣術大会はカレンも観に行って、ユリウスの活躍にキャーキャー言ったものである。
ちなみに、ライオスは二回戦で敗退して超絶不機嫌だった。
彼からの依頼内容は、甥のジークの血筋の祝福を和らげ十歳を越えさせること。
その手段は問わず、報酬は思いのままとある。
この依頼は三年以上前から錬金術ギルドだけでなく、冒険者ギルドや、商業ギルドなど、ありとあらゆる場所に貼り出されていた。当時の依頼主はユリウスではなく、ユリウスの兄で現エーレルト伯爵である、子どもの親だった。
だが、ユリウスが剣術大会で優勝したことをきっかけに、おそらくは注目を集めるために依頼主を差し替えた。
ダンジョン攻略の報以降、ますます注目され直している依頼である。
だが、未だに依頼の達成の報せは聞こえてこない。
カレンは酔っ払ってその依頼を受けたらしい。
しかも備考欄の複写部分に、達成報酬として「ユリウス様との結婚を望みます!」と馬鹿げた勢いのついたデカ字で書かれていて、カレンは悲鳴をあげた。
やらかす酔っ払いにエールを。
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