伯爵夫人
「ジークの母のアリーセと申します」
「錬金術師のカレンと申します。お初にお目に掛かります」
「あなたが来てからジークの体調が随分よくなったと夫から聞いております。依頼を受けてくださってありがとうございます」
そう言って、ジークの母であるアリーセ・エーレルト伯爵夫人は儚く微笑んだ。
ジークほどではないが痩せていて、青の目が落ちくぼんでいる。
目の周りが白く粉を吹いているのは分厚く化粧をしているためだろう。
毎晩泣いて暮らしているらしく、目の赤みを白粉で隠しているらしい。
ポーションを使えばそれぐらいすぐ治るのに、頑なにポーションを使うことを拒んでいるという。
ちらりとアリーセの傍らに控えるメイド頭のゾフィーを見やると、縋る目をしてカレンを見ていた。
カレンはゾフィーの話を思い出した。
アリーセは、愛息子のジークが血筋の祝福に病んでいるのを自分のせいだと思っているらしい。
ヘルフリートよりもアリーセの方が高い魔力を持っているのだそうだ。
そのために自責の念に駆られ、毎日自分を責め続けているという。
今にも倒れてしまいそうな伯爵夫人のためにポーションを分けてくれないか。
そう言われ、カレンは快くいくつかのポーションをゾフィーにわけた。
だが、自分を責める伯爵夫人はそもそも口を付けてくれないらしい。
ゾフィーが肩を落としていたので、カレンは直接アリーセに会うことにした。
「伯爵様にはご説明しましたが、ジーク様の治療方針について伯爵夫人にもご理解いただくために、本日はご説明に参りました」
「まあ、そうでしたの」
アリーセは戸惑った顔をした。
カレンがポーションを飲ませに来たと思ったのだろう。
ゾフィーも話が違うという顔をしている。
だけど、自責の念に押しつぶされてポーションを拒んでいるこの女性が、カレンが何か言ったところでポーションを飲んでくれるはずがない。
「そちらの机に資料を広げてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。今お茶の用意をさせますわね」
「いえ、それはこちらにお任せください」
「まあ……ポーションをご披露いただけるのかしら」
警戒するような目つきで言うアリーセに、カレンは笑顔でうなずいた。
「おっしゃるとおりです。ジーク様にお飲みいただいているポーションのいくつかがお茶の形をしているのです。きっとご子息が口にするものについて御興味がおありかと思い、お持ちいたしました。飲んでいただくこともできますよ」
「……ジークが飲んでいるポーション?」
「どのような味で、どのような効果があるか。ご自身の目でお確かめくださいませ」
興味を引けたらしかった。
すかさずティーセットの乗ったワゴンをゾフィーが押してきた。
椅子をすすめられて腰をかけ、アリーセと向かい合うとカレンはまず紙をアリーセの前に置いた。
「ジーク様の今後のご予定ですが、魔力からくる熱をポーションで下げ、体調の悪化を一時的に抑えている間に、健康に必要な食事をしていただくことが基本路線です」
「あなたのポーションがあると、ジークは体が楽になり、食事をすることができ、眠ることができると夫が言っていましたが、事実なのでしょうか?」
「今のところ上手くいっています」
ライオスという、上手くいった前例もある。
医者でもないのに偉そうに治療方針を語るのは気が引けるが、実際に効果があるので進めていくつもりだ。
「私を慰めるために、夫にそう言うように指示されているのではありませんか?」
カレンはアリーセの疑い深さに面食らったあと、もしやと思った。
「指示は受けておりません。以前にそういうことがあったのですか?」
「ええ……」
「もしそうお考えなのでしたら、わたしが違うと言ったところで信じられないのではありませんか?」
「そうね……無意味なことを聞きました」
そう言いながら、アリーセはカレンの契約印をねめつけた。
どんな契約を結んでいるかはわからないらしいが、ヘルフリートと結んだ契約だというのはわかるらしい。
アリーセを騙すという契約を結んだわけではないと抗弁しても無駄なのだろう。そういう目つきをしている。
ジークの頑固さはこの人譲りだな、と確信しつつ、カレンはお茶の用意をした。
「こちらが一番はじめにジーク様に飲んでいただいたポーションです」
「お茶のようにしか見えませんね。鑑定させていただいてもいいかしら?」
「ぜひご確認ください」
鑑定鏡もゾフィーの手引きで借りてきた。
アリーセは鑑定すると、鑑定内容をつぶやいた。
「熱を下げる……ブレンドティー?」
「お飲みになってみますか? ジーク様がほとんど毎日飲んでいるものです。平熱の人間が飲んだとき、更に熱が下がってしまうという効果は今のところ観測していません」
「まあ……」
「味が気になるのではないかと思いましてお持ちしたんですよ。ジーク様は、嫌いじゃない、そうです」
ゾフィーが視界の端で、それじゃない、というジェスチャーをしている。
そんなことカレンだってわかっている。
アリーセは熱を出しているわけじゃないのだ。熱を下げるポーションに意味はない。
だからこそ、アリーセは純粋に息子が飲むポーションが気になるだろう。
「何の副作用があってもわかりにくい無魔力素材のポーションです。ですから、もし恐いようでしたら――」
「ジークも口にしているのですから、恐いなどということはありません」
そう言うと、アリーセはそっとカップを手に取り口をつけてくれた。
「……ショウガの味がしますわ」
「入っています」
「錬金術においてレシピは門外不出の秘ではありませんの? そのように教えてよいのですか?」
「味がして、バレバレですから構いません」
今後販売するなら気をつけたいところだ。
研究論文を書くと言ってもすべてをオープンにするわけではない。
特にレシピは錬金術師にとっては生命線だ。
回復ポーションも、薬草と水だけで作れると言われているけれど、他のものを混ぜて効果を上げている人もいるという。
有名な追加素材は魔石だけれど、他にも世間に知られていないレシピはあるだろう。
主要な素材が三種から四種を超えると、名称が曖昧になることが多いので、販売する時は色々混ぜて誤魔化す予定だ。
ただ、状況によっては素材名ダダ漏れのポーションの方が安心してもらえる場面もあるだろう。
ちょうど、今のように。
「他のポーションも鑑定してみても失礼ではないかしら?」
「ぜひ鑑定してご確認ください。そのためにお持ちしたんです」
食欲を増進するカモミールティーに、安眠を誘うラベンダーティー。
疲労を回復させる蜂蜜レモン湯。
それぞれ鑑定して、アリーセは苦笑した。
ここからはアリーセにも必要な効能を持つポーションのオンパレードだ。
「どれもジーク様が日常的に口にされているものです。どうぞご確認くださいませ」
飲まないかと思ったものの、アリーセはやがて蜂蜜レモン湯を手にとって口を付けた。
「甘酸っぱいですね。ジークが好きそうな味ですわ」
母親の顔をして、アリーセはポーションを一通り試飲していった。