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父との面会


「ジーク様、ご当主様がいらっしゃいました」

「わかった。入っていただいて」


ジークが久しぶりに父親と会える日がきたのだ。

部屋にヘルフリートが入ってくる。カレンは条件反射で背筋が伸びた。

第一印象、ジークのためなら何でもする恐い人。

カレンは静かに下がろうとしたが、ヘルフリートが引き留めた。


「カレン、ここにいなさい」

「は、はい。かしこまりました」


カレンがどこで待機するべきかわからずにいるとヘルフリートに「ソファに座りなさい」と言われてしまった。

戻ってきて壁際に立っていたサラが手招きをやめて手を組んだ。

逃げ遅れたカレンはソファにちょこんと腰かけた。


ヘルフリートはカレンが膝の上に置いた手の契約印をしばらくじっと見ていたが、やがてジークに向き直った。


「ジーク……顔色がいいな」


お世辞にもジークの顔色はまだ良くない。全然よくない。

だが、カレンの目にはヘルフリートが本気でそう言っているように見えた。


「カレンのおかげで、朝も昼も食べられたからだと思います」


ジークは緊張した面持ちで答えている。

以前より良くなったのは事実なのかもしれない。


「今だって熱も下がっていますし、だからその――カレンの契約を解除してあげてはくれませんか?」


契約印の話が出てきて、カレンは目を丸くした。


「そもそも、どうしてカレンにこんな契約を課したんですか?」


ジークの青い瞳が暗く翳った。深い海の水底の色だ。

近頃カレンも見抜けるようになってきた、思い詰めたときのジークの顔だ。

また今度は何を悩んでいるのだろうと、カレンはハラハラしながら見守った。


「父様は、これまでぼくを診に来た先生たちとはこんな契約を結んだことなんてないはずです。なのに、カレンとは結んだ。まるで、罰みたいに――カレンが死にゆくぼくを使って研究の実験をしようとしたことをお怒りになって、ぼくと命を繋げたのではありませんか?」

「ジーク、それは――」

「父様は、もしかして、ぼくの命を諦めていらっしゃったのでしょうか? それも、仕方ないですよね。ぼく自身が、ほとんど諦めていたんだから」

「ジーク」

「お気になさらず、父様。それは仕方のないことですから。でもカレンは本気でぼくを治そうとしてくれているのです。ですから――」

「あの、お話中に失礼いたします」


貴族の親子の会話を遮るのは勇気がいったが、このままジークに話を続けさせるのは、ジークの健康のためにまずいと思ったのだ。

これはジークを治すための錬金術師としての判断だと思ってもらいたい。

ジークがガラス玉のような目をしてカレンを見やった。


「カレン、何かな? ぼく、父様と話をしているところなんだけど」

「伯爵様がジーク様の命を諦めるわけないじゃないですか。どうしてそんなお考えになっちゃったんですか?」

「でも、カレン。何度考えてもその契約印の意味が、それ以外わからなくて――」

「これは絶対にジーク様を治せよ、という、伯爵様のわたしへの喝ですよ」

「……かつ?」


きょとん、とジークが目を丸くする。


「そうに決まってるじゃないですか。わたしが無魔力素材のポーションを作ることもあって、ジーク様のために使う時には気をつけるように念を押されもしましたしね」

「そう、なの?」

「それもあって、今日は新しい解熱のポーションを開発してきたんですよ。伯爵様、よろしかったらご覧になっていただけますか?」

「ああ――」


ヘルフリートがうなずいたので、カレンは場の空気を変えるためにもサラに合図した。

サラはこくこくとうなずくと、ジークのために用意しておいた解熱のポーションをワゴンに乗せて持ってきた。


ジークもヘルフリートも怪訝な顔をした。


「なんだ、この香りは?」

「美味しそう……ですね?」


ジークとヘルフリートは不思議そうにそっくりの顔を見合わせていた。


「……料理? お茶じゃないんだね」

「こちらの厨房で朝から色々と食材を使わせていただき、発見した解熱のポーションです」

「長ネギとナスが入っているな……」


鍋をお玉でかき回したヘルフリートが微妙な顔つきになる。

ジークが食べやすいよう、細かくみじん切りにしているがわかるらしい。


「これが本当にポーションなのか?」

「どうぞ、鑑定してお確かめください」


サラが差し出した鑑定鏡で鍋を覗き込み、ヘルフリートは怪訝な顔のままうなずいた。


「長ネギとナスのミソ汁。熱を下げる効果があると出ている。ミソ汁とは?」

「ミソという大豆を発酵させた食材がありまして、それを使っています。茶色はその色です」


カレンが試行錯誤を繰り返し、なんとか作り出した自家製のミソである。


「無魔力素材ポーションの副作用についての伯爵様のご懸念を受けて作り出した、料理で食べる食材だけで作った解熱のポーションです」


カレンは知っているがジークたちが知らないハーブなどだと、どうしても副作用の懸念を持たれる。

そこで、試行錯誤してできたのがこれである。


「こういうポーションならご安心いただけますでしょうか?」

「ミソ……はわからないが、確かに安心感はある、な」


歯切れの悪いヘルフリート。

やはりミソがネックなのかもしれない。

ミソなんてこの世界でカレンしか作っているところを見たことがないので、さもあらん。

だが、ミソを入れないとポーションになってくれなかったのだ。


「わたしも朝食に食べましたし、ご子息の身の安全は保証されています」

「特に熱があるわけでもない君が、解熱のポーションを食べて問題はないのか?」

「ああ、はい。それは全然大丈夫です。鑑定すると熱を下げるとありますが、そもそもの効能が、体を健康な熱に下げるというものですので」

「……何故そんなことがわかるのかというのが問題なのだが」


ヘルフリートが呟いた言葉は、続くジークの言葉に気を取られてすぐに忘れてしまった。


「カレンに安全なポーションを作るように命じられたということは、父様はぼくを諦めてしまったわけじゃなかったんですね」

「あったりまえじゃないですか。いやまあ、わたしに契約を迫ってきたときの伯爵様はとっても恐かったですけどね!」

「それはすまないことをしたな。カレン」


思い詰めてまた自分の命を投げ出しかねないジークを和ませるために言ったカレンの言葉に思わぬ返事が返ってきて、カレンは慌てた。


「あっ、すみません。いやでも、愛するご子息のために懸命でいらっしゃるのだな、と思いましたよ。ホントですからね?」


言い訳するように言うカレンに、ヘルフリートは目を細めた。


理解(・・)してくれて感謝する、カレン。すでに十分喝は入ったようなので、この機会に契約印を外してやろう」

「いえ、ジーク様がまたおかしな悩みを持たれたら困りますので、もう少しくっつけて様子を見ておきたいと思います」

「ははは、くっつけて様子を見ておきたい、か」


ヘルフリートが声をあげて笑うのを不思議そうに見つめるジークに、カレンは苦笑して忠告した。


「ジーク様は頭が良すぎて色々と考えてしまうんでしょうけれど、今は体調が悪いせいで悪い方にばっかり思考がいってしまうんですよ。そのことを、ちょっとだけ自覚しておきましょうね」

「……ぼくが悪い方に考えてしまっただけ、なんだ」


ジークが息継ぎを思い出したかのように呼吸する。

その顔が赤くなってきていた。

カレンが気づいたのと同じように、ヘルフリートもジークの顔色に気づいたようだった。


「ジーク、顔が赤くなってきているからそろそろ解熱のポーションを食べなさい」

「えっ!? 父様が食べさせてくださらなくても! サラがいますので! カレンでもいいですし!」


ヘルフリートが匙でミソ汁をジークの口許に運ぶ。

ジークはますます真っ赤になってオロオロする。

けれど、無表情ながらに幸せオーラを放つサラもニヤニヤ笑うカレンもまったく助け出す気がないのを悟ると、ふるふる震えながら幸せそうにヘルフリートに食べさせてもらっていた。


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