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真夜中の決意

「カレン様、夜分遅くに申し訳ございません。ジーク様が再び熱を出されまして」

「ううん、大丈夫ですよ。起こしてって言ったのはわたしだし……」


カレンは眠い目を擦って起き上がると、用意していた枕許の水差しに入れておいたお茶を飲んだ。

ペパーミントティーだ。カッと目が覚める。

鑑定鏡で確認はしていないが、眠気覚ましのポーションになっているはずだ。


「サラさんも眠気覚ましのポーションを飲みますか?」

「私は大丈夫です。どうかお早く」

「わかりました」


焦るサラに促され、カレンはガウンを着てついていく。

部外者の自分だからこそ、できるだけ冷静さを保とうと努めた。

ライオスのときもフリーダと一緒になってパニックになるほど、ライオスは危険な状況に追い込まれた。

サラが焦って視野が狭くなっているなら、カレンがしゃんとしていないといけない。


カレンはエーレルト伯爵邸の一室に滞在していた。

これから一ヶ月、住み込みでジークの治療にあたる予定だ。


サラの持つ燭台の明かりを頼りについていき、ジークの部屋に入ると、荒い息づかいが聞こえてきた。


「ジーク様、カレン様を連れて参りましたよ」

「ジーク様の熱が上がったのが何時ぐらいかわかりますか?」

「六の鐘が鳴ってから一刻ほどかと思います」


六の鐘が夜九時ぐらい。それから一刻なので、十一時ぐらいだろう。

ジークは荒い息をしながら、ベッドの上でぼうっと天井を見上げていた。

安眠ポーションの効果が切れたのか、魔力の熱には勝てなかったのか、起きてしまったらしい。


「ひとまず、前回と同じ解熱のポーションを入れてみます」


ポーションにはクールタイムが存在する。

たとえば指を切断してしまい、ポーションを飲んで生やすとする。

もう一度指を切断してポーションを飲んでも指は生えてこない。

時間を置いて飲めば効果が復活する。

ポーションの効果が高いほどクールタイムが伸びていく。


指が切断された状態を普通だと体が認識してしまうと、回復ポーションを飲んでも生えてこなくなる。そうなる前の時間との勝負だ。


もっと大怪我になると、中回復ポーションを飲んでも治らず、大回復ポーションを飲まなければならないとわかっても、中回復ポーションのクールタイムのせいで何を飲んでも治せず命を落とすこともある。


「ジーク様、熱を下げるポーションが入りました。冷ますので少し待っていてくださいね」


サラは手早く毒味をし、鑑定をして熱を下げる効果を確認すると、もどかしげに湯気のあがるポーションを水差しに入れていく。

ぬるくなったのを確認すると、ジークの口にそっと水差しの口を差し入れる。


「これ、ポーションだったんだ。ショウガの味がするのに……」

「中々美味しいでしょう」

「味、よくわからない……」


そう言って、ジークはぐったりと目を閉じた。


「カレン様! ポーションが効いておりません!」

「連続使用はダメみたいですね。じゃあ、次はこれを」

「それはメンエキ、の力があがるポーションではありませんか?」

「材料は同じだけど効果はまた別のものですよ」


カレンが鑑定をうながすと、サラが鑑定鏡を手にとった。



蜂蜜レモン

熱を下げる



「同じ名称なのに、効果が違います」


免疫力を高める方は許可を取らないと使えないらしいので、余っていた材料で改めて作ったのだ。


「色んな効果があるうちの一つをピックアップしているみたいですね。お湯に溶かして飲ませてあげてください。別のポーションなら連続使用できるはずなので、効果は同じでも、もしかしたらこちらは効くかもしれません」


回復ポーションの直後に回復ポーションを使っても効果がないが、魔力回復ポーションなら効果がある。


サラは瓶からコップに蜂蜜漬けのレモンを一枚移すと、お湯を注いでスプーンで混ぜて、すくってジークの口許に運んだ。

割れた唇の合間から蜂蜜レモン湯を流し込まれたジークは、すう、と息を吸って、安堵の息を吐く。

見るからに穏やかな顔つきになる。


「……こんな真夜中に、ごめんね」


ジークがまぶたを押し開けて、淡く微笑みながら言う。

その透きとおる青い目に一瞬過った影に「ん?」と引っかかるカレンの横で、サラが泣きそうな顔をして言った。


「そのようなことをおっしゃらないでください、ジーク様。私どもはジーク様のためなら命も惜しみません。汗をたくさんかきましたよね。今、お体を拭く布をお持ちしますね」

「ありがとう、サラ、カレンも……どうしたの?」


一人その場に残ったカレンがじっとジークを見ているので、ジークはきょとんと小首を傾げた。


「……どうして謝ったんですか? 熱が出てしまっただけなのに」

「こんな真夜中に起こしてしまって申し訳ないなと思ったからだよ? それにしても、カレンのポーションはよく効くね。本当に治っちゃいそう」

本当に治っちゃいそう(・・・・・・・・・・)?」

「あっ」


ジークはしまったとばかりに口を噤んだ。

愕然とするカレンを見上げて、にっこりと微笑んでみせる。

その天使のように完璧な微笑みを見て、カレンは確信した。


ジークは最初から、カレンのポーションで血筋の祝福が完治するだなんて毛筋ほども信じていない。

信じているように見せる、演技をしていただけなのだ。

恐らくは周囲の人々のために。


「……ポーションが効いているというのも、嘘ですか?」

「えっと、カレンのポーションは効いているよ。熱は引くし、食欲も感じた」

「それでもわたしのポーションで治る展望は見えませんでしたか?」

「これ、ポーションっていう呼び名の麻薬じゃないの? 前に同じようなものを薬だって言って処方した医師がいたよ」


カレンはジークの言葉に絶句した。

そんなものだと思って、大人しく唯々諾々と飲んでいたのか。

もう自分は助からないと思っているからこその暴挙だった。


「体が楽になってみんなに心配がかからないように振る舞えるから、こういう薬はありがたいよ。でも、前の人はバレた時に父様が激怒して始末したって言っていたから、カレンも気をつけてね。あと、体に悪いものはあまりサラの口に入らないようにしてくれるかな?」

「麻薬じゃ、ありません」

「ふうん、そうなの?」


カレンがわなわなと震える声で言うと、ジークはどうでもよさそうに相槌を打つ。


思った通りにお茶や料理がポーションとなって、それを鑑定鏡で確かめられて、実際にジークに使ったら効いて――サラや他のメイドたちに感謝されながら、ユリウスの件がバレたらどうしようと怯えつつも、これならライオスの時のようにジークを治してあげられるじゃん! と調子に乗っていたらこれである。


本人が、完全に諦めきっている。


少しは未来を信じさせてあげられたと思ったのに。

信じてもらえたと、思っていたのに。

すべてはカレンの独りよがりだったのだ。


喉の奥が熱かった。

錬金術師としてのカレンのなけなしのプライドが、ぐつぐつと煮えて今にも火を噴きそうだった。


「ふふふ……ふっふっふっふっふっ」

「カレン、どうしたの? そろそろサラが戻ってくるからこの話を終わらせたいんだけど」


再び目を開けた時、カレンはその目に決意の光を宿していた。


「ジーク様、あなたを助けるためにもわたし、妥協をやめようと思います」


聡明なる若きエーレルトの次期後継者は不思議そうに目を丸くした。


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