一方的な婚約破棄
作中に登場する医学知識的な何かは信じないでください。
この世界なりの仕組みがあるので我々の世界には適応しないこともあります。
「カレン。おまえとの婚約は破棄させてもらう。俺はマリアンと結婚するからな」
「ど……どうして?」
色んな意味で頭の中がハテナで一杯になる。
カレンはライオスが体が弱かった頃から八年も婚約していた唯一の幼馴染みだし、マリアンは昔ライオスを見捨てた女だ。
今日はライオスが幼い頃からの夢だった騎士となったお祝いのパーティーだ。
場所はライオスの家だ。主催はライオス。
いつもなら、家事などろくにやらないライオスや体の弱いライオスの母であるフリーダの代わりに、カレンが準備する。
でも、フリーダが「今日は手伝ってもらわなくて大丈夫よ」と頑なに言い張っていたときから何かあるとは思っていた。
てっきりカレンは、自分への求婚の準備をしているものだと勘違いしていた。
「騎士となった俺と、万年Fランク錬金術師のおまえとでは釣り合わないだろう」
あたりまえのことを言うな、とばかりにライオスが溜息を吐く。
万年Fランクというのは本当だ。本当だけど、事情があってのことである。
言い返したいが、それよりも気になることがあった。
「マリアンはライオスを見捨てた女だよ?」
「見捨てたのではない。俺のことなど相手にもしなかっただけだ。だが、当然だろう? 体が弱くベッドから動けもしない俺などを、どうして町一番の商会の女が相手にする?」
「え、ええ……?」
意外すぎる言葉に、カレンは混乱した。
ライオスは昔、体が弱かった。
出会った八歳の頃なんて、毎日熱を出していてベッドから起き上がることもできなかった。
そんなライオスのために、母親のフリーダは近所の子を家に招いてもてなした。
だが、一緒に遊べもしない病弱な子といたがる子なんていない。
マリアンも一度はライオスの家に行ったものの『あんな役立たずを生かしておく意味なんてある?』と酷い言葉を吐き捨てて以来、一度もライオスを訪ねなかった。
だが、カレンには前世の記憶があった。
さすがに八歳の子どもが可哀想で、ライオスを度々訪れた。
母親のフリーダは、ライオスの側にいる唯一の女の子のカレンを逃がさないとばかりに強引に婚約を取りつけた。
つまり、カレンはライオスが病弱だった頃からたったひとり側にいた人間であり、なおかつずっと側でライオスを助け続けてきた人物である。
当然のように、感謝されていると思っていた。
ぶっきらぼうな態度は照れているだけで、実は惚れられているとすら思っていた。
それが、何? 婚約破棄? 釣り合わない?
「国のために戦うこともできない役立たずだった頃の俺の側に寄ってくるのは、同じく役立たずなおまえみたいな女だけ。それは仕方のないことだ。だが、俺は騎士になった! もう役立たずなどではない……おまえみたいな何の取り柄もない女ごときの夫でなど、終わってたまるか!」
幼い頃から、ライオスはいつも言っていた。
ベッドの上なんかで人生を終わらせてたまるか、と。
必ずベッドから出てみせる。夢の騎士になってみせる。もっともっと上に行ってみせる。
こんなところで終わってたまるかと、いつも、いつも言っていた。
それがまさか、カレンごときの夫で終わってたまるかと言われるとは、夢にも思っていなかった。
「わ、わたしがFランクから上がればいいってこと? Eランクになれば――」
「なれるならとっくになっているだろう。登録してから七年か? もうおまえのことは見限った」
「時間さえもらえれば……!」
ライオスは思いきり眉間にしわを刻んでカレンを睨みつけた。
「時間がなかったのは、まさかうちの雑事をしてやっていたから、とは言わないだろうな? やってくれと頼んだ覚えはないぞ」
「た、確かに頼まれたことはないけど。わたしが看病してあげたから治ったんだよ? 家事をやってあげたからあなたは騎士団の入団試験に集中できたでしょ!?」
「おまえなんぞに看病してもらわずとも自力で治した。家事などやってもらわなくとも、母がいる。ゆくゆくは護国の騎士となる俺の助けになりたいと思う者は大勢いる! その程度のことで恩に着せようとするな!!」
「そ、その程度……?」
カレンは目眩がしてたたらを踏んだ。
脳裏に、これまでの出来事が走馬灯のように駆けて行った。
前世は日本の平凡な一般家庭に生まれた。
兄と姉を大学に入れてうちの蓄えは尽きたそうで、大学には行けず高卒で就職し、細々と堅実に生きてきた。
その後合コンで出会った人とお付き合いをはじめ――二十八歳で振られた。
『君で妥協するのはもったいない気がするんだよね』
こっちだって、全然タイプじゃなかった。特に顔が。
それでも年齢も年齢だし、妥協して選んだ恋人だった。
彼は仕事はできたし、服装や身だしなみのアドバイスを聞き入れてくれる素直なところは魅力的だった。
同棲すること、丸四年。そろそろプロポーズをされる頃合いだと思って、気合いを入れてドレスアップして行ったデートでの出来事だった。
その後どんな会話をしたのかも覚えていない。
しこたま酒を飲んだ帰り道、青信号の横断歩道を渡る子どもに向かって突っ込む車を見て、自然と体が動いて子どもを庇っていた。
気づくとカレンとして生まれ変わっていた。
茶髪に水色の瞳の平凡な顔立ち。父は冒険者で、弟がひとり。
カレンが十二歳、弟が十歳のときに、父はダンジョンで帰らぬ人となってしまった。
平民学校をやめるか悩みながらも運良く錬金術師となり、カレンは学校に通いながら二歳年下の弟を育てあげた。
今世こそ幸せになりたい。
だから高望みはするまいとカレンは赤ん坊の時から決意していた。
前世の彼氏は、なんだかんだ言って顔と身長以外は高スペックだった。
妥協しているようで、妥協しきれていなかったのかもしれない。
だからこそ、当時病弱で、誰にも気にかけられていなかったライオスとの縁談を受け入れた。
是非にと望まれての婚約は悪くない。
ライオスがずっと寝たきりでも、カレンが働けばいい。
少なくともライオスは尊敬に値する努力家だった。
それに、赤い髪に焦げ茶色の意志の強い目をしたライオスは顔立ちが整った子どもだった。
正直に言ってこれが面食いのカレンにとって一番大きかったが、本人には秘密である。
そうしたら、ライオスはどんどん元気になるし、夢だった騎士となった。
幼い頃のライオスからは想像もできない大出世だ。
妥協して婚約したはずなのに、気づいたら自慢の婚約者に進化していた。
八歳で出会い、十歳で婚約してから八年。
これまで尽くしてきた時間を思うと目眩がおさまらない。
「わ、わたしはあなたが一番苦しい時から、ずっと側で支えてあげていたのに……!」
「それ以外にできることが何もなかっただけでしょう? カレン」
「マリアン……!」
カレンはマリアンを睨みつけた。
マリアンには、個人的な恨みもあった。
「あらやだ、恐い」と口先だけで恐がってみせ、マリアンは赤い唇で弧を描いた。
「私は子どもの時から家の商会を手伝っていたわ。魔物と戦う騎士や冒険者には及ばずとも、それが引いてはアースフィル王国の安寧につながると、信じてね。だから立ち上がることもできなかったあの頃のライオスに用はなかった。でも、騎士となったあなたには私が支えるだけの価値があるわ、ライオス」
「おまえのような女に支える価値があると思われるだけの男になれたこと、誇りに思うぞ、マリアン」
そう言い合って、二人は口づけを交わした。
途端にそこかしこから拍手と歓声があがる。
「わたしのおかげで元気になったくせに……!」
「それ以上戯言を抜かすなら、騎士侮辱罪で訴えるぞ、カレン」
ライオスに凄まれたカレンは青ざめて口をつぐむと、その場から逃げ出した。
一旦の完結まで書き終わっています。
そこまで毎日投稿します!
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