死を覚悟しないとやってられない男-6
「聞かせろ。どうやってミノタウロスを倒した?」
「事前に落とし穴を掘っておいて、ミノタウロスをそこに誘き出したんだ。落とし穴にはめればミノタウロスは何もできないからな。そこから……火炎瓶投げたり、毒ナイフを試したり、どんな攻撃手段が有効かを確かめながら倒した」
どうやら話さないことには帰らないようで、俺は二日前のことを話し始める。
結果、鈍器で頭部を殴るのが一番有効だった。ちなみにやっておいてなんだが、中々にグロテスクな惨状になってしまったため、あまり思い出したくはない。
「落とし穴か……確かに有効的な手段だ。だが、どうやって誘き出した? ミノタウロスは何かに釣られて暴れるようなモンスターじゃないはずだ……人を除けばだが」
「ああ、だから俺自身が囮になって必死で逃げて誘き出した。何もない平原で戦うならどうしようもないけど、森の中でならいくらでも攻撃を避ける手段はあるだろ?」
閉鎖的な森の中ではミノタウロスも動きが限定されるため、よく見れば斧の回避は簡単だ。そして一度回避すれば、空を切った斧は森の木々へと刺さる。そのうちに距離を取ればいい。
「なるほど……素晴らしいな。肉体の鍛錬具合も素晴らしい」
ローブの男は俺の話を聞くや否や、俺の身体を確かめるようにすりすりと触り始める。
なにこれ? そっち系の人なの?
ちょ? ディーチとリューネさん? 頬を赤くするの、やめてもらっていいですか?
「でも倒したって言っても結局、止めはリューネが刺しちゃったんだけどな」
「だ、だって! 魔素がまだ放出されてなかったし、生きてるって思ったんだもん!」
「……手を加えたのか?」
睨みつけるようにローブの男はリューネを見つめる。
「……ふむ、色々と納得がいった。お前が倒したというから変だとは思ったが……そういうことなら昨日、ミノタウロスがこの村に来たというのも変な話ではない」
不可解な言葉に、リューネもディーチも怪訝な顔を見せる。
今の説明だと二日前にリューネが止めを刺したせいで、昨日ミノタウロスが村を襲ってきたようにしか聞こえなかったからだ。
「どういう意味だよ?」
すかさず俺は言葉の真意を確かめようとする。
「知らない方が幸せだ。少なくともそこにいる二人は、な」
「そんな気になる言い方されて、教えられないままの方が不幸せだろ?」
「…………どうしても知りたいなら王都にこい。お前は見込みがある」
ローブの男はそう言うと、楽しそうに鼻で軽く笑いとばした。
「なんで王都なんだよ?」
「そこが俺の拠点だからだ。色々と説明するのにも都合がいい。何より今は仕事中だ、いつまでもペラペラと話しているわけにもいかんのでな」
そう言うと、ローブの男は俺の肩をポンッと叩いて部屋から出て行こうとする。
どうして教えてもらうためにわざわざ王都にまで行かなければならんのか? 正直面倒だ。
ちょっと気になった程度だったし、もういいや。
「そうそう……そこまで鍛えたということは、強くなりたかったんだろう? ……ついでに今よりも強くなりたいのなら、俺の元に来るといい」
そう思っていた時期が、俺にもありました。
去り際に吐いた言葉を聞いて、部屋の外へと出て行ったローブの男を俺は慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと待って。レベル0はソウルジュエルの力が失われているんだろ? 強くなれる方法なんてあるのかよ⁉」
「王都に来れば、教えてやる」
教会の廊下で、ローブの男は振り返らずに素っ気なく答えた。
この男、どうしても俺を王都に来させたいらしい。
今全てを明かそうとしないのも、そういうことなのだろう。
「あんた……名前は?」
「……ターゴン。その気があるならばこの名を尋ねるといい」
ターゴンはそれを伝えると振り返り、俺に視線を合わせる。
「そうだな……これだけは教えておいてやろう。お前なら……読み取れるだろう?」
そして、ターゴンは声を出さず、口元だけを動かした。
その行動に、俺は少しだけ狼狽えてしまう。読み取れると判断したことに対しても、ターゴンの口の動きから読み取った言葉に対しても。
「……それじゃあな」
言い終えると、そのままターゴンは教会から立ち去った。
「随分と変わった人だったね」
「ユンケル大丈夫? 呆けた顔してるけど……何か言われたの?」
ターゴンが教会から去ったあと、遅れてディーチとリューネが廊下へと顔を出す。
衝撃を受けて固まる俺を心配して、リューネが肩を掴んで揺さぶった。
「エッチなこといっぱい言われちゃった」
「息を吐くように嘘をつかないで」
慌てて俺は、適当なことをいつもの調子を演じながらでっちあげる。
……ターゴンは恐らく、二人に聞こえないように口パクで伝えたのだろう。だとしたらこの二人に、さっきの口パクの内容を教えるわけにはいかない。
「……あいつ」
それでも、いつもの表情は作れなかった。
確かに俺は口の動きを読み取ることができる。
レベル0の俺が正面からモンスターと戦うのは自殺行為に等しく、見つからないように隠れて奇襲をかけるのが常だ。その時、敵に気取られずリューネと連携を取るために口の動きを読む術を身につけた。
ターゴンは何故俺ができるとわかったのだろう?
もしくは、それくらいできなければ話にならないという遠回しのメッセージなのだろうか?
……なんにせよ、あの男が普通でないのは理解できた。
普通でなかったら、あんな意味不明なメッセージを残すわけがないからだ。
「……やっぱりなんか言われたんじゃないのかユンケル? 浮かない顔をしているぞ」
心配してか、ディーチが俺の肩に優しく手を乗せる。
……ターゴンはこう言っていた。
【レベル1以上の者を、簡単に信用するな】
まるで、何かを知っている風だった。
でも俺はすかさずこう思った。「ほぼ全員……やんけ」って。
さすがに誰も信用しちゃ駄目とか、理不尽すぎて笑ってしまう。
それだったらもう騙されてもいいから普通に暮らしたいのだが? 何が悲しくて毎日「く……こいつ、俺のこと騙してるな!?」とか気にしながら生きなきゃならんのか。
「気にするだけ無駄だな」
妙に緊張して疲れ、俺は溜め息を吐く。
そもそも、レベル1以上を疑うとなると、ここにいるディーチとリューネも信用してはならないことになる。なんで幼馴染みまで疑わなければならないのか。
むしろ護衛しているくらいだから、ターゴンもレベル1以上だろうし、お前が一番信用できねえよっていう。
何より、シルを疑いながら接するなんて俺にはできない。疑うくらいなら俺は死ぬ。
むしろ喜んで騙されたい。
「一応だけど、お前らって俺に何か隠し事とか……言いたいこととかない?」
「ん? …………別に何もないけど?」
「わ、私も、べ、別に何もないわよ?」
んん? おやおやぁ?
心底不思議そうな顔をしているディーチはともかく、ちょっと気まずそうに頬を赤くして視線を逸らすリューネの挙動が怪しい。
く、くせぇ! こいつは怪しい臭いがぷんっぷんするぜぇ!?
まさか……執拗に俺をトレーニングに誘っていたのは、俺を隠れて殺すため?
「あほらし、帰ろう。シルが俺を待ってる」
こんなどうでもいいことを考えるより、俺はシルの作った朝食が食いたい。
殺されそうになっているのは毎日のことだし、俺に何かするつもりならとっくの昔に俺は死んでいる。そもそも、レベル0の糞雑魚をわざわざ殺す価値なんてない。
「うっわ……眩しい。溶けそう」
教会を出たところで、眼が眩むほどの朝日が俺を襲う。
まだ一日が始まったばかりなんて思いたくないくらい、俺は既に疲れていた。