死を覚悟しないとやってられない男-5
「噂は聞いたことがあります。稀に、ソウルジュエルの力を失った者が生まれるとか」
「……俺以外にもレベル0っているんですか?」
「ほぼいないに等しいですが、前例はあります。私も実際、あなたにこうして会うまでは見たことがなかったですが」
「……そうなんだ」
しがみついていたものを剥がされたような、そんな少し悲しい感覚に陥った。
俺以外にもレベル0が居たというのには少し安心したが、ソウルジュエルの力を失ったと聞いて、もしかしたらと信じて離さずにおいた可能性が消えてしまったからだ。
気付いてはいたが、どんなモンスターを倒そうが、レベルを上げる方法なんてなかったのだ。
「LV3以下の者と行動を共にするだけでも、私たちはガラス細工を扱うかのように動かなければなりません。それだけ高レベルの者にとって低レベルの者はもろく感じるんです」
その気持ちは痛いほど伝わった。今朝もリューネに脱がされたばかりだから。
「レベル0でミノタウロスを倒したのは確かに凄いことですが……すみません」
「いや、謝らなくていいですよ。それが当然ですし」
むしろ、今朝よりも諦めがついたので感謝しているくらいだ
リューネも今の話で、今後、俺をしつこくトレーニングに誘うこともなくなるだろう。
とはいえ、リューネはこの村から出て行くことになるので、どちらにしても同じだが。
「あの……やっぱり私、少し考えさせてください」
そう思った矢先、リューネは申し訳なさそうにそう言った。
「……ど、どうしてです? あなたにとって良いことしかないと思うのですが?」
誘いに乗ると確信していたのか、心外そうにルードはリューネに詰め寄った。
「元々……ギルドに入りたくて強くなったわけじゃないですし、他にやりたいことだって……」
「しかし、その若さでそれだけの強さ! 活かさなくてはもったいないかと!」
折角見つけた逸材を諦められないのか、ルードは興奮気味にリューネの肩を掴む。
「ストップストップ」
すかさず俺はルードの腕を掴み、落ち着くように促した。
「リューネの人生だ。リューネが決めることでしょう?」
「……ユンケル」
間に入ってくれたのが嬉しいのか、リューネは優しく笑みを浮かべる。
逆に、ルードは邪魔をされたと感じたのか、表情を険しくした。
邪魔をしたいわけではないので、そういう怖い顔は本当にやめてほしい。普段からリューネに殺されそうになっているのに、あんたの敵になりたいわけがないからね?
「今日いきなり言われてすぐに決断できる人なんて、前々からギルドに入りたいって思っている人くらいでしょ? 考えさせてって言っているだけですし、少し時間をあげてやってください」
「っ…………そ、そうですね……すみません、急ぎすぎたようです」
そこまで言うことで、ルードはようやく落ち着きを取り戻し、リューネから離れた。
「また折を見て誘いに来るとします。その時に良い返事を聞かせてください。あなたから、王都にいらっしゃっても構いません」
「あれ? この村で待たないんですか?」
「護衛中ですので、ギルドと関係のない司教様までお待たせするわけにはいきませんから」
そう言うと、ルードは司教へと視線を合わせて頷き合う。
既に本来の目的であるソウルジュエルの回収は済んでいて、ルードの願いで待っていただけなのか、司教は席を立ち上がると早々に客間の外へと向かう。
「もう少しごゆっくりされていかれては?」
「いえ、まだソウルジュエルの弔いを求める村がありますので……それに充分休めました。お茶、美味しかったです。ごちそうさまでした」
コビル神父がすかさず気にかけるが、ルードは丁重に頭を下げて司教のあとへと続く。
同じ教団の者として見送らないわけにもいかないのか、コビル神父も慌てて外へと出て行った。
「嵐のような勧誘だったな。いくらレベル15でも食い気味に誘いすぎだろ」
「気持ちはわからないでもないけどね、ルードさんも言っていただろ? リューネは美人だって、きっと一目惚れしちゃったんだよ……リューネはこの村で一番の美人さんだからね」
さすがディーチ、騎士を目指しているだけあって恥ずかしげもなくリューネを褒めやがる。
「ユンケルも本当は行ってほしくなかったんだろ?」
「そりゃそうだ。当たり前だろ?」
「「え!?」」
冗談を言ったつもりで予想外の言葉が返ってきたのか、ディーチもリューネも驚愕する。
「朝飯も昼飯も晩飯も、リューネが行っちまったら自分で作らなきゃならないだろ? シルの手料理が食べられなくなるし。何よりシルがいなくなるんだ……あ、想像したら泣けてきた」
いなくなってほしくない理由に、リューネが一切関わってないのが不服なのか、リューネは俺の顔面を鷲掴みにして持ち上げた。
それもう痛いという次元を超えて潰れる。トマトみたいになっちゃう。
「……お前、本当にミノタウロスを倒したのか?」
その時だった。いつの間に傍まで寄っていたのか、先程までお茶を飲んでいた、古ぼけたローブを身に纏った男性が俺に問いかけてきたのは。
あまりにも突然の接近と問いかけに、リューネも掴んだ手を離して後ずさりしてしまう。
「どうやって倒した? レベル0のお前が?」
正面に立たれて、少しだけ顔が見えた。
手入れの届いていない赤髪が少しだけローブから顔を出して垂れ下がっており、右側の目元に深い切り傷がある。
何より特徴的だったのは、狩人のような鋭い目つきなのに、そこに覇気がなく、全てに絶望してしまったかのように生気を感じられないところだ。
「あんた…………も護衛なんだろ? 行かなくていいのかよ?」
「行くさ、だがすぐに追いつく。それまでの護衛なぞ、あの男一人で充分だ」
男は表情一つ変えず、淡々と言葉を吐く。何を考えているのか、さっぱりわからない。
感情剥き出しで勧誘を行い、真面目に仕事をこなそうとさっさと客間から出ていったルードとは違い、なんていうか人間味を感じられない。
「いいのかよ? 勝手なことして、あんたもギルドの一員なんだろ?」
「俺はギルドの所属じゃない……フリーの傭兵だ。罰則はない」
異様な雰囲気に気圧されて、俺はたじろいでしまう。
明るい日常を過ごしている裏で、謎の組織が真っ暗な空間でやりとりをしている時に登場しそうなこの男はなんなのだろう? うさんくさくないところがなさすぎて、凄く喋りにくい。