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エピローグ

「……終わった」


 覚醒体が完全に動かなくなり、全身から発していた紫色のオーラが消えたのを見届けて、俺はその場に倒れ込んだ。

 まだ大狩猟が終わったわけではないが、俺の仕事は充分全うしたと言えるだろう。

 正直もう、身体を動かす気になれなかった。

 モンスターが接近しても、リューネとターゴンがきっとなんとかしてくれると俺は信じている。


「ユンケルさぁぁぁぁぁん!」

「ぐはぁあ!?」


 覚醒体からも与えられなかったダメージを、駆け寄ってきたメイプルが俺の上へと飛び乗ることで与えてくる。一息ついてた最中だったのもあって、かなり辛い。


「すごいです! すごすぎです! ちゃんと見てましたよ私! ただ臭いだけの人じゃなかったんですね! 感動しました! アシストした甲斐があったってもんです!」

「そのイメージから早く離れよう?」


 こんな時にもしっかり俺の心を痛めつけてくるメイプルさん、さすがです。


「ユンケルゥゥゥゥゥゥゥゥウ!」

「ぐふぅ!?」


 直後、メイプルと同じように駆け寄ってきたバーニャが俺の上に飛び乗り、胸倉を掴んできた。

 重さが倍増し、俺は更なるダメージを受ける。何なの? 流行ってるの、それ?


「あんた、あんた倒したわよ! 倒したわよ私たち! すごい! すごーい!」


 バーニャにとって言葉にしようのない喜びだったのか、語彙力のない言葉を俺にかけながら、掴んだ胸倉をこれでもかってくらいバーニャは揺らしてくる。マジで勘弁してほしい。


「でも……倒したはいいけどさ、こいつの死体が残っているのを聖魔教団が見つけたらまずいんじゃねえのか? 俺たち狙われるのは勘弁願いたいんだけど」

「安心しろ……ちゃんと考えてある」


 不安に感じた直後、ターゴンが俺の傍へと近寄って手元を魔素による紫色の光で灯す。

 すると、倒した覚醒体は突如音もなく、目の前から跡形もなく消え去った。


「ゲートか?」

「ああ、倒せた場合の処理を任せてある……例の聖魔教団にいる内通者にな」


 用意周到なことで……まあ助かったけど。


「でも別に今回倒したからって、特に何かあるわけじゃないんだよなぁ……」

「いいじゃないですかぁ! 魔王を倒すのが最終目標ですし、過程なんてどうだって! とりあえず被害が出ないように危機を退けたとして、よしとしましょうよぉ!」


 よほど勝利したことが嬉しかったのか、メイプルは満面の笑顔を浮かべて前向きに言葉を吐く。


「ユンケル…………まさか本当に勝つなんて」


 暫くして、今度はリューネがそう言いながら俺の傍へと寄る。


「おいやめろ、まさかお前まで……!?」

「……何を慌ててるの?」


 てっきりリューネまで俺の上に飛び乗ってくるかと警戒したが、そんなことはなかった。

 というかお前ら早くどけよ。重いんだけど。


「まあとにかく……どうだリューネ? お前の幼馴染は凄いだろ?」


 俺は、二人に乗られたままの情けない姿で、これでもかってくらい得意げにリューネへと問いかける。正直、端から見たらかなりださいと思う。


「うん! すごいね、見直しちゃった」


 でもリューネは、俺が勝ったことを嬉しく思ってくれているのか、満面の笑顔を俺に向けて素直にそう言ってくれた。……可愛いじゃん。


「ところで誰ですかあなた? なんかどっかで見たことありますね」

「私からすれば、いきなりユンケルの上に飛び乗ったあなたが誰? って感じなんだけど? ……バーニャちゃんはともかく」


 そういえばまだ自己紹介を終えていないからか、メイプルはいつもの悪気のないアホそうな顔で、リューネは少し睨みを利かせて顔を見合わせる。

 喧嘩するなら俺の上からどいたあとでやってほしい。多分リューネじゃメイプルに口喧嘩で勝てないだろうけど。


「想像以上だった。バーニャの魔法が決め手とはなったが、お前がやった最初の一撃で勝負は決まっていた……見事としか言いようがない」

「お前ら、めちゃくちゃ俺のこと褒めてくれるじゃん」

「それだけ、お前はよくやったということだ」


 最後にターゴンが俺の傍へと寄り、これまで見せたことのない優しい笑みを俺に向ける。

 その後すぐ、バーニャとメイプルを小動物を扱うかのように服を掴んで俺からどかし、俺に手を差し伸べた。俺はすかさずその手を掴み、身体を起こす。


「これで……ようやく始められる。あの時に背負った無念を晴らすための戦いを」


 ずっとこの日を待ち続けていたのか、ターゴンは思いつめた表情で取り出したソウルジュエルを握る。


「とはいえ……先は長いだろ? 魔王討伐だぜ? 達成できるのはいつになるやら……達成できるかもわからねえし、というか俺は無理だと思ってる」

「今はそれでいい、……こうしてレベル0が戦い、覚醒体に勝利したというのが大事なんだ」


 そう言うと、ターゴンは再び俺へと手を差し伸べる。


「これは始まりにすぎない……まだ魔王討伐という果ての見えない道の一歩を踏み出しただけだが……最も意味のある重要な一歩だ」


 差し伸ばされた手を取ると、待ち続けたというのが痛いほどにわかる力強さでターゴンは俺の手を握りしめた。


「力を……貸してくれるな?」

「もう断れねえよ……知っちまったんだから」


 言いながら俺はリューネに顔を向ける。

 魔王討伐という言葉が気になったのか、不可解そうな顔でリューネは「ねえ? どういうこと」と聞いてくるが、説明がめんどくさいので、俺は無視する。

 きっと話せば、リューネは「そんなの駄目!」と言ってくるだろうが……関係はなかった。

 俺は、大切な幼馴染を守るために戦うのだ。そこに、リューネの意志は関係ない。

 俺が、俺の意志で、リューネとシルを守りたいから戦うのだ。

 そしてそれが、かつてリューネと交わした決して破られることのない約束だった。


「ならば今度こそお前を認め、歓迎しよう。ようこそ、レベル0だけが加入を許される、世界を人類の手に取り戻すために作られたギルド……【リベンジ】へ!」


 この先、戦い続けたとして、俺は最後まで生き残っているかどうかはわからない。

 もしかしたら俺じゃなく、俺よりも強いレベル0が現れて、そいつが魔王を倒すかもしれない。

 でも俺は、そうなるならそれでよかった。大事なのは、魔王を倒し、全ての者が魔王の腹に収まることのない世界を取り戻すことだからだ。

 俺が敗れたとしても、次に繋がるのであればそれでいい。

 いつか魔王を倒せる日が訪れるのであれば。 

 そう、これから始まるのは、レベル0による、この世界を支配する魔王……神と呼んでも差し支えのない存在を殺すための戦い。


 レベル0の神殺し。かつての人類が成し得なかった大願に俺は挑もうとしていた。

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