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レベル0の使命-9

「あとになって気付いたんだけどさ」

「はい」

「ターゴンも連れてくればよかったね、かっこつけたせいでもう呼びに行けないんだけど」

「ですねぇ~、糞バカですよね、ユンケルさん」

「毒舌すぎません?」


 中央の噴水広場から離れて十五分が経過した。

 現在俺たちは、リューネの家に向かう道中の露店に置いてあったタルの中に入り込み、ジッと息を潜めている。そう、俺とメイプルは未だに覚醒体のいる場所へと辿り着けていなかった。

 というのも、ターゴンがいた時とは違い、俺たちだけでは簡単にモンスターを倒せないからだ。

 極力戦闘を避け、モンスターに見つからないようにコソコソと移動を行っている。

 何故ならレベル0の俺たちは、大抵のモンスターに殺される可能性があるからだ。

 覚醒体に挑むとか、今考えてもマジで頭おかしいとしか思えない。

 あれだけかっこつけて飛び出したのに、安全圏から出た瞬間にダサくなるこの俺のクオリティ。


「このままだと、覚醒体……逃げちゃうんじゃないですか?」

「それはそれで生き残れるからまあ……ありっちゃありだけど」

「あれだけカッコつけて飛び出したのに、ビビリにビビリまくって移動し、挙げ句の果てに辿り着いた時にはもういなくてピンピンとしながらユンケルさんは帰還、別に戦ってもいないのにバーニャちゃんの前に立ったユンケルさんは『さあ、一緒に強くなろう!』っていうわけですか、滑稽すぎて死にたくなりません?」

「死にたくなる」

「ならそろそろ行きませんか?」

「メイプルさんからどうぞ」

「嫌です」


 俺を散々煽るだけ煽って、結局この子もビビリまくっているというオチ。


「アシストは得意ですけど、ユンケルさんみたいにこすい戦い方は訓練してこなかったのでわからないんです! ユンケルさんから動いてもらわないと困りますぅ!」

「こすいって言うの、やめてもらえます?」


 せめて臆病者の戦い方って言ってほしい。あまり差はないかもしれないけど。


「でもこの状況はどうしようもないぞ……?」

 現在俺たちは、ライガーウルフの群れに囲まれていた。

 気付かれる前にタルの中に隠れたため、まだ見つかっていないが、さっきからずっと俺たちが隠れるタルの付近をウロウロと歩き回っている。


「やっぱり……ユンケルさんが臭いから、いるんじゃないかって怪しまれているんですかね?」

「それ、質問形式で聞かれても困るんだけど。そうだね、なんて俺が言うとでも?」


 とはいえ、ジッとここに隠れているわけにもいかなかった。

 この様子だと、遅かれ早かれ見つかるからだ。煙玉は持っているが、最初は上手く撒けてもライガーウルフなら臭いを辿って追いついてくる。その時に挟み撃ちの状況になるのもまずい。


「……覚醒体に使いたかったけど、仕方ないな」

「どうするんですか?」

「いいか、俺が良いって言うまでタルの中に隠れてろよ?」


 俺はタルの中で腰元のポーチを漁り、まず油壺を取り出す。油壺の蓋を開けて、口の中へと含むと、次に俺は火炎瓶を取り出した。

 着火石を使って火炎瓶の先端に火をつけ、俺は火炎瓶を片手に持つ。


「ンンンンンンン! ウヌンンンンンンン!」


 直後、俺はタルから飛び出し、注意を惹くために口を閉じたまま声を発する。

 当然、ライガーウルフたちは一斉に俺へと勘付き、走って飛び掛かってきた。

 俺はライガーウルフが跳躍した瞬間を狙い、前方に向かって全力で駆ける。


「ンンンンンン!」


 タイミングを合わせた甲斐あって、ライガーウルフが飛び掛かった先に既に俺はおらず、初撃を回避する。回避したあとも俺は全力で走り続け、ライガーウルフたちの注意を惹きつけた。

 背後から猛速度でライガーウルフが追走する。だが、俺はそれが狙いだった。

 俺は、正面にあった通路の階段の壁を利用して駆け上がり、空中で反転して、追いかけてきたライガーウルフたちに火炎瓶と顔を向けた。

 次の瞬間、ライガーウルフたちの苦しみもがく叫び声が上げる。


「どうだ? 火の味は?」


 追いかけてきたライガーウルフたちは、俺の口から勢いよく噴き出された油に火炎瓶の先端に触れることで放たれた火炎放射によって全身を燃やされる。

 マンティコアのように全身毛むくじゃらのライガーウルフたちには、勢いのある火は効果絶大だったようで、俺のことなんて忘れたかのように暴れ苦しんでいる。


「メイプル! 行くぞ!」


 合図を出し、タルから出てきたメイプルと合流して俺たちは先を急ぐ。


「おまけだ」


 ライガーウルフたちが追って来ないよう、最後に通路を防ぐように地面に火炎瓶を叩きつけて。


「実はコッソリと見てましたが凄いですね! 大道芸みたいでした!」

「大道芸で合ってるよ、ただの火吹きだからな……でも、油が一瞬で燃焼するだけあって火の威力はただ火炎瓶を投げた時より強い」


 とはいえ、この手段は油を切らした今はもう使えない。

 モンスターと戦えば戦う程、俺が覚醒体との戦いで使える切り札がなくなっていく。

 できれば、この先モンスターと遭遇せずに覚醒体の下まで辿り着きたいが……。


「無理っぽいな」


 ライガーウルフから逃げた先には、ミノタウロスが待ち構えていた。

 お前は最近、本当に俺と遭遇しすぎだろ。


「どうしますユンケルさん!?」

「逃げるにしても退路にはライガーウルフたちがいるし……代わりに戦ってくれそうな冒険者もいないし…………やるしかないだろ!」


 俺は足を止めることなく、一気にミノタウロスへと接近する。

 すると、ミノタウロスは当たり前のように斧を振り下ろしてきた。


「ユンケルさん!」


 すかさず斧が振り下ろされる軌道を読み、胴体を逸らして避けようとしたが、それよりも早く俺を覆うようにして、薄く光を放つバリアのようなものが出現する。

 斧がそのバリアに触れると鈍い音を鳴り響かせ、ミノタウロスの手と腕を弾き飛ばしてしまう。


「すげぇ……!」

「私が援護します! なんとかして仕留めてください!」

「……っ! 了解!」


 一瞬ボーっと見入ってしまったが、すぐにそんな余裕はないと我に返り、俺はミノタウロスの背中をナイフで突き刺して、背中へと一気に駆け上がる。


「…………っ!?」


 だが上ってからすぐ、俺は飛び降りてメイプルの下へと駆け寄った。


「さっきのバリアみたいなの出せ!」

「え? え?」

「早く!」

「は、はい!」


 メイプルは一瞬迷う素振りを見せたが、俺の指示に従うとすぐにバリアを出現させる。

 直後、ミノタウロスの身体は四散し、一瞬にして魔素化して消滅した。


「くぅううう!」


 ミノタウロスを倒した攻撃の余波が俺たちを襲う。

 精霊の力をかなり集中させているのか、メイプルは苦しそうな声を上げた。

 暫くして、ミノタウロスを倒した攻撃の余波は通り過ぎ、俺たちはホッと安堵の溜め息をついた。


「……お出ましだぜ」


 魔素化した身体はそのまま、倒した少女へと吸収されていく。

 その少女の目の前に、俺たちが倒さなければならない相手が堂々とした態度で立っていた。

 恐らく、進路の先に見えたミノタウロスに攻撃を受けないように先に処理したのだろう。危うく巻き添えを受けて死ぬところだった。


「危ないだろリューネ! もうちょっと確認してから攻撃しろ!」


 幼馴染に殺されるなんて冗談じゃない。尤も、そんなことを気にかけている余裕すらなかったのだろう。覚醒体は当然ながら無傷だが、リューネは肩で呼吸するほどに疲弊し、全身生傷だらけだったからだ。 俺の服と一緒に特注で作ったリューネの装備も、既にボロボロになっている。

 むしろ、よくぞここまで持ちこたえたと褒め称えるべきだろう。


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