レベル0の使命-8
「なあ、聖魔教団はどうして魔王なんかに従ってんだ? あいつらも人間だろ?」
「聖魔教団も魔王に従いたくて従っているわけじゃない」
「はぁ? じゃあなんで挑まねえんだよ?」
「レベルを持つ者がほとんどになってしまった世界で……どうやってだ?」
なってしまった。その言葉で俺は再び気付く、レベルを上げることが、本来人間のできることではないかのように語っていたターゴンの言葉を。
「まさか……?」
「そうだ……既に挑んだあとなんだよ。かつて……人類はソウルジュエルの力に頼らず、果敢にも魔王へと挑んだ。ある者は精霊術式を極め、ある者は格闘の神髄を武器に、ある者は気と呼ばれる生命エネルギーを力に…………だが、人類は負けた」
……冗談きついぜ。
「聖魔教団は、魔王にソウルジュエルを捧げることで今の世界を保っている。人間という種を魔王の手によって根絶されないよう、ソウルジュエルという食事を提供することで守っているんだ」
そしてそれを否定しようにも、否定できなかった。
何故ならそうじゃないと、ソウルジュエルを埋め込まれた人間がこの世界にいるわけがないから。
「人類が魔王に敗北し、人類が家畜となった世界……それがこの世界【ファーミング】だ」
さすがに笑えてきた、魔王によって支配されかけている世界ならまだしも、既に負けて、人間は家畜も同然の扱いになっている世界だったとか。……どうしようもない。
そりゃ、こんなとんでもない話、誰かに漏れるわけにはいかないだろう。
聞けば、誰もが絶望することになる。
どうせ最後に魂を魔王に喰われるとしても、知らないまま幸せに生きて、死にたい。
「そうなると……覚醒体はどうなるんだ? レベルのある連中が倒せないんじゃ、聖魔教団にとっても邪魔な存在だろう? あれは魔王と同じ性質があっても、魔王じゃないんだから」
「あれはイレギュラーだ。魔王にとっても聖魔教団にとってもな、故に秘密裏に処分される。聖魔教団の教皇の手によってな……どうやって倒しているかは知らんが」
「なるほど……で、俺たちもそのイレギュラーってわけか?」
「そうだ。魔王が植え付けたソウルジュエルと言う名の呪縛から逃れられた唯一の存在。本来あるべき人類の姿、それが……それこそがレベル0」
ターゴンは俺の目を見て希望を託すかのように肩に手を置く。
そして力強く、無念を伝えるように握りしめてきた。
「はは……笑えてくる」
気付けば、俺の頭痛もいつの間にか消えていた。
そりゃそうだ、過去がどうだったとかなんてどうでもよくなるほどの話を聞かされたのだ。
でも、だからこそ言わせてほしい。
「ふざっっっけんっっっっなぁぁあぁああああああああああ!!」
つまりはこの仕組みのせいで、リューネの両親は殺されたのだ。
あの日、モンスターの寄り付かないはずの辺境の村が襲われたのはつまり、聖魔教団が仕向けたから。
ずっと疑問だった。何故普通のモンスターも眠っているような深夜に襲われたのか?
手練れと言われていたリューネのおじさんや、おばさんがなぜ殺されたのか?
ターゴンの話を聞いている途中で、俺は思い出してしまった。
襲ってきたモンスターが、村の周辺に出現するモンスターじゃなかったからだ。紫色の体躯を持つ人型のモンスター……ハンドレッドエビル、魔王が仕向けたモンスターだったからだ。
「……ユンケル」
力強く叫び、深く俯き続ける俺に、ターゴンは心配そうに声をかける。
思い出した……そうだ、そうだった。
全部…………思い出した。
「ぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ようやく、ターゴンがレベル0を集めていた理由も、俺に強くなれと言っていた理由もわかり、俺はぶつけようのない怒りと、悔しさと、悲しみを全て声に出してぶちまける。
どうせ声は外に漏れないのだ、誰にも迷惑はかからない。
「………………よし」
叫び終わったあと、深く、深く、これでもかってくらい深く深呼吸をした。
「……行くか」
そして俺は、ターゴンに背を向けて歩き出す。
リューネが待つ、覚醒体のいる場所へと向けて。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
歩き始めるや否や、膝を崩したままのバーニャが慌てた様子で俺の足首を掴んで歩を止める。
「あんた……今の話ちゃんと聞いてたの?」
「聞いてたけど……それが?」
「魔王なのよ? 私たちが倒さなきゃならない最終目標って……つまりは魔王なのよ!? 無理に……無理に決まってるじゃない!」
まだ聞かされた話を受け止めきれないのか、バーニャは声を震わせながら俺に語る。
俺の足首を掴んでいる手も、恐怖のあまりに小刻みに震えており、まるで行かないでとすがっているようだった。
「だって……そうでしょ!? 私たち三人でどうにかできる相手じゃない! 私……知らなかった! 師匠が私を強くしようとしてくれてた理由が、魔王と戦わせるためだったなんて!」
バーニャの言葉通りだと素直に思った。
なんなら俺は、これから挑むことになる覚醒体にすら勝てるとは思っていない。
「強くなりたいとは願った! でもそれは……誰かを守りたかったからで……魔王を倒したいからじゃない! そんな……化け物に挑むなんて……私には、無理」
だがそれでも、魔王に挑めるのはレベル0の者だけだった。
それは理解しているのだろう。魔王に挑戦するのは無謀だとはわかっていても、その使命の重さに板挟みされているのか、バーニャは助けを乞うような顔で俺を見つめる。
「お前は……悔しくないのか? お前の故郷を滅ぼしたのは、その魔王なんだぞ」
「悔しいわよ! でも……現実を見なさいよ! 勝てるわけがないじゃない!」
俺は必死に訴えてくるバーニャに身体を向け、中腰になって膝を崩すバーニャと目線を合わせる。
「だな、勝てるわけがない」
そして、ハッキリと俺も同じことを思っているのを告げた。
返ってきた言葉が意外だったのか、バーニャはきょとんとした顔を俺に見せる。
レベル0が魔王を倒す、何度繰り返しても不可能すぎて笑ってしまいそうになる話だ。
だが、それでも――――
「でも……俺は挑むことにした」
俺は逃げるわけにはいかなかった。
「なんで……どうして? あんたさっき叫んでたじゃない! どうしてそんなに早く気持ちを切り替えられるのよ!」
「切り替えるために叫んだんだよ。思い出したんだ……俺はただ強くなりたいから強くなろうとしたんじゃなくて、幼馴染みを守りたかったから強くなったんだ」
何を言っているのか理解できないのか、バーニャは呆然とする。
「その幼馴染みを守るために……俺は強くならなきゃならなかったんだ。だからどれだけレベルが上がらなくても必死に努力して……でもいつの間にか、俺が守る必要がないくらいに俺の幼馴染みが強くなっちゃったんで、すっかりその気持ちを忘れて……諦めちまってた」
かつて、リューネとシルの両親が目の前で殺された時、俺はあいつらに誓った。
「俺がお前らを守る」と。
そしたら、リューネは俺にこう言ったんだ。
「なら、私はユンケルを絶対に守る」と。
どうして両親を奪われているリューネが、俺を守ると言ったのか?
その答えは簡単だった。
俺の両親も、リューネの両親が亡くなったあの日、一緒に亡くなっているからだ。
でも俺は、それをなかったことにしようとしていた。
理由は俺がいつまで経っても強くなれなかったから。
あの日抱いた憎しみ。復讐してやると胸に誓ったあの月夜の晩。
何がなんでも強くなって、父さんと母さんの、おじさんとおばさんの仇を討つのだと叫んでいた俺は、努力しても努力しても強くなれない日々を過ごすうちに消えていったのだ。
強くなれない日々というのは「復讐なんて無理だ」、「お前には何もできない」、「リューネの足元にも及ばない」、「リューネとの約束を守ることはできない」と……毎日のように責められているかのようだったのだ。
次第に俺の心を蝕んだそれは、虚実の過去を作ってしまった。
両親は旅に出て、いないだけという、ありもしない過去を。
既に俺の両親は、魔王の腹の中なのに。
「本当……笑えてくる」
あまりにも滑稽な自分に、笑いを隠し切れなかった。
きっと、まだ幼かった俺は精神を保てなかったのだろう。心を守るためにそうしたのだと思う。
リューネが俺に……しつこく強くなるように言ってたのも、あの日をなかったことにしたくなかったのだと思う。でも本当のことをリューネもディーチも言わなかったのは、俺の心を守るためだったのだと思う。
本当に、良い奴らだよ。今の俺なら別に大丈夫だってのに。
俺がもう……何歳だと思ってるんだ?
「あー……スッキリした。なんか心の靄が晴れた気分だわ。ありがとな、ターゴン」
「行くのか?」
「ああ、つまりあれだろ? いずれ魔王を倒すつもりなら、あの覚醒体を倒さなければ話にならないってお前は言いたかったんだろ? あの覚醒体を倒せないんじゃ、俺たちは魔王の食料になるしかないもんな?」
俺がやらなければ、リューネとシルはいずれ魔王の腹の中だ。あの二人だけじゃない、ディーチも、故郷の村にいる皆も…………それ以外も皆、皆、皆…………!
それだけは絶対に許せなかった。もうこれ以上、奪わせるわけにはいかない。
「やってやるよ……! どこまでやれるかはわからないけどな」
俺はバーニャをその場に残して再び歩き始める。
「待ってくださいユンケルさん! アシストしますぅ~!」
すると、俺と同じくやる気満々の様子で、メイプルが傍に駆け寄った。
「いいのか? 死ぬ可能性はかなり高いぞ? ていうか、多分死ぬぞ?」
「私たちにしかできないなら、私たちがやるまでですよぉ~! それにそのためにずっとターゴンさんの下で修業を続けていましたから! 頼りにしてくれていいですよ?」
「まあそうだよな、お前は先に全部知ってたわけだもんな? 今さらだな」
再度本当にいいのかを確認すると、メイプルは元気よく俺に親指を向けた。
とはいえ気持ちは嬉しいが、期待はあまりしていない。回復できるといっても、覚醒体の攻撃を一発でも受ければ俺は死ぬからだ。さすがにメイプルも死人を蘇らせる力まではないだろう。
とはいえ、心強いことに変わりはなかった。
「待て」
だがそこで、向かおうとする俺たちを何故かターゴンが止める。
「一応聞くが……死んでもいい、なんて考えではないな?」
「死んでもおかしくないとは思ってるけど、死ぬつもりはねえよ」
「ならいい、お前なら……必ず倒せるはずだ」
俺が倒せることを確信しているのか、ターゴンは自信満々の笑みを浮かべて告げた。
「……どっから湧くんだその確信?」
「俺の見込み通りなら……お前はかつてある種の力を極めた者たちと同様に、門の前にまで辿り着いているはずだ。あともう一歩踏み込むことで、その門を開けるだろう」
何を言っているのかはわからなかったが、勇気を掻き立てようとしてくれたのだけはわかった。
とりあえず俺は笑みを返し、再び歩き始める。
「あ……そうだ」
だが最後に思い立ち、俺は立ち止まってバーニャへと視線を向ける。
「せっかく昔のこと話してくれたのに……戦い方を教えるの、断って悪かった」
「……え?」
「それと、この一週間……待っててくれたのに、顔を出さなくて悪かったよ」
俺はそう言って、素直に頭を下げた。
予想外の行動だったのか、バーニャは目を丸くして狼狽える。
「生きて戻れるかわからねえけどさ……生きて戻れたら、俺の臆病者なりの戦い方、ちゃんと教えてやるよ……だからさ」
言いながら俺は踵を返し、走り始める。
「一緒に……強くなろうぜ。魔王も倒せるくらいにな」
その言葉を最後に言い残して。
「くっっっっっっっさ! やっぱユンケルさんって臭いですわ。吐くかと思いました。まさか体臭だけではなく台詞まで臭いなんて」
「ちょ、黙って!」
俺なりに精一杯かっこつけたのに、全てを台無しにしていくメイプルさん。
折角上げたモチベーションを下げられながら、俺は最初に乗り越えなければならない強敵の下へと向かう……大切な幼馴染みとの約束を守るために。