レベル0の使命-7
「ねえ……ちょっと待ってよ」
バーニャもようやく理解が追い付いたのか、ターゴンが手に握っている宝石へと目を向ける。
「……レベルがあるからモンスターは倒せないんでしょ? でもレベルが上がるのは……ソウルジュエルがあるからのはずで……ソウルジュエルは皆の胸の中にあるはずで……!」
言葉の整理がついていないようだったが、バーニャの言いたいことは理解できた。
要約するとこうだ。
ソウルジュエルのせいでレベルが上がり、モンスターは倒せなくなる。だが基本的にソウルジュエルは全ての人間の心臓に埋め込まれている。つまり、最初から人間にはモンスターを倒す術がない。
バーニャはそれがおかしいと言いたいのだろう。
「なんでそんな物が人間の中に埋め込まれてるの? 魂が形として残る宝石じゃないの!?」
それが本当であれば、ソウルジュエルは人間の肉体を強化する良いものではなく、モンスターを倒すことを不可能にしてしまう悪いものという見方に変わってしまうからだ。
考え方によっては、モンスターの魔素を集めさせるための回収装置という考えもできる。
「埋め込まれてるんじゃない。埋め込まれた……だ」
そして、その悪い考え方が正しいことを、ターゴンは告げた。
「だ……誰に?」
「聖魔教団……いや、魔王と言った方がいいか?」
「聖魔……教団? ……魔王?」
信じられないのか、バーニャは顔を絶望に染め上げる。
だからさっき、ターゴンは倒さなければならない相手を魔王と言ったわけだ。
……話がようやく全て繋がった。
「もう十年も昔のことだ。俺はかつて……魔王に挑んだことがある」
するとターゴンは、抱いた絶望が伝わる悔しさに満ちた顔で、その時のことを語り始めた。
「魔王は覚醒体と同じだ……レベルを持った者ではダメージを一切与えることができない。魔素が……もともとは魔王が持つ力だからだ」
「倒せない相手を前に、どうやって逃げたんだ」
「……共に戦った仲間たちを犠牲にし、命からがら魔王の下から逃げ去った」
ここまで説明されれば、馬鹿でもわかる。ターゴンがペンダントにしてまで身に着けているソウルジュエルが誰の物なのか? どうして……肌身離さず持っているのか。
何故、俺が戦わないことが、リューネやシルを死なせることに繋がるのか。
「そのソウルジュエル……あんたの仲間のか?」
ターゴンが握っていたソウルジュエルを指差し、俺は問いかける。
「そうだ。俺たちの……リーダーだったお方のソウルジュエルだ。これを持ち逃げることだけが……俺にできた精一杯の抵抗だった」
すると、その時の無念が伝わる悔しさに満ちた顔と、震えた声でターゴンは答えた。
「……よく今日まで逃げ延びられたな。聖魔教団は……魔王と組んでるんだろ?」
「当時の俺は常に面を被っていたのでな、そのおかげか……見つからないで済んだ。無論、名前は変える必要があったが……変えないとお前の予想通り、聖魔教団の手によって殺されるからな」
「じゃあターゴンってのは偽名なのか?」
「俺の本当の名前は……レガリア・ブルーデン。かつて、魔王に挑んだパーティーの生き残りだ」
その名には、聞き覚えがあった。
強さを求める者であれば、誰もが調べるだろう魔王へと挑んだ強者たちの名。その中に、レガリア・ブルーデンと呼ばれる凄腕のアサシンの名がある。
魔王に挑み、散ったとされていたが……生きていたというわけか。
なるほど……どうりで王都に来たばかりの時、ターゴンという名を手掛かりに探し回っても何の情報も出てこないわけだ。そもそもそんな人物は存在しないんだから。
「……聖魔教団にあんたの内通者でもいるのか?」
「どうしてそう思う?」
「そうじゃないとクエストを斡旋してもらえないだろうし、王都で暮らすのもしんどいだろ? 何より……あんた、大狩猟が始まるタイミングがわかってたよな?」
俺はそう言って探りを入れるかのような視線をターゴンに向ける。
ターゴンは大狩猟の始まりを知らせる合図を、パニックを引き起こすために聖魔教団があえて遅らせていたと言っていた。そして聖魔教団が魔王と組んでいるとなれば今回の大狩猟も、聖魔教団が人為的に引き起こしたものだと考えられる。
人為的に引き起こしたからこそ、どの時間に大狩猟が発生するかをターゴンは内通者を通して事前に知ることができた……そう考えれば辻褄も合う。
「ああ……協力してくれている者がいる」
「ということはやっぱり、人為的にこの大狩猟は引き起こされてるんだな?」
「……そうだ」
「一つ聞かせて欲しいんだけど……人為的に襲わせてるのって、大狩猟以外でもあるのか?」
できれば知らないまま済ませたい質問を、俺はバーニャの辛そうな顔を見ながらに問いかけた。
返答によっては、それは俺にとっても、バーニャにとっても残酷な真実になりえるからだ。
今浮かべているバーニャの顔もきっと、もっともっと辛い表情になるだろう。
そう考えると……胸が痛んだ。
「……ある」
そして返ってきた答えに俺はショックを隠し切れず、顔を左右に振って深い溜め息を吐いてしまう。
叫びそうになった。でもグッと堪えた。……叫ぶのは、バーニャがその意味を理解してからではないと、かわいそうだと思ったからだ。
「どういう……こと?」
俺とターゴンが向ける哀れみの視線を変に感じたのだろう。バーニャが詳しい説明を求める。
なるほど……ターゴンがメイプルにだけ話し、バーニャにはこれまで何も話さなかった理由がわかった。これを説明するのは……あまりにも辛い。容易に悲しむ顔を想像できてしまうから。
「聖魔教団は人の持つソウルジュエルに魔素を溜めさせるため……また、人の身体からソウルジュエルを回収するためにモンスターを人里に送り込むことがある。この大狩猟もその一種だ」
「回収って…………え?」
「……バーニャ、モンスターに殺された人間の遺体は燃やすよな? そしたらソウルジュエルだけが残される。それで……そのソウルジュエルを回収するのは?」
ターゴンにだけ説明させるのも酷に思い、気付かせるような言い方で俺はバーニャに問いかけた。
「聖……魔、教団?」
「そうだ。聖魔教団はそのソウルジュエルを回収するために人為的に人里を襲わせている」
「ちょっと待ってよ……じゃあ何? 私の村も……」
やはりショックを隠し切れないのか、バーニャは徐々に瞳に涙を溜めていった。
モンスターは基本的に人里に近寄らない。それなのに理由も無しにモンスターの襲撃に遭うのはつまり、そういうことなのだろう。
そう考えれば、モンスターが人里に近寄らない理由もわかる気がした。
減りすぎないように…………調整しているんだ。
恐らくターゴンがバーニャを救ったのも、その情報を聖魔教団の者から聞き出して駆けつけたからなのだろう。どうりでタイミングが良すぎると思った。
「何よ……じゃあ、私のパパも、ママも…………モンスターじゃなくて………………」
それ以上喋れば、嗚咽を止められなくなると判断してか、バーニャは口の動きを止めた。
そう……全ては聖魔教団が仕組んだことなのだ。
世界の秩序を管理している聖魔教団は、実は人の生き死にまで管理している……笑えない冗談だ。
「ソウルジュエルは……どうなるの? パパと、ママの……」
それでもなお、真実を受け止めようとしているのか、バーニャは涙をこぼすのを堪えて潤んだ瞳をターゴンに向ける。
「ターゴンやめとけ、バーニャには……荷が重い」
だがそれを知るのはあまりにも辛すぎる。
俺でさえ膝を崩しそうなくらいなのに、バーニャに耐えられるとは思えなかった。
俺にはまだ…………残っているから。
「やめてよ! それじゃあ何……? あんたは私に何も知らないまま……大切な人たちが最終的にどんな目にあったか知らないまま過ごせっていうの?」
しかしバーニャの決意は固かった。いらないお世話と訴えるような敵意剥き出しの涙で瞳が潤んだ顔を前にして、俺もそれ以上何も言えなくなってしまう。
「二年前か……恐らくもう、喰われているだろうな」
「喰わ……れ?」
言いにくそうにターゴンは答える。
答えは、ターゴンが大事に取られないようにしている胸元のソウルジュエルにあった。
死ねば、いずれ魂はソウルジュエルに封じ込められ、聖魔教団に回収される。それは戦って死のうが、寿命で死のうが関係ない。最終的に回収されるのだ。
そしてリューネもシルも、いずれ……必ず――――
「ソウルジュエルは魔王が埋め込んだと言ったな……それは、人間の魂を魔素によって染め上げて封じ込めるためだ」
「……何のために?」
「喰うためだ。魔王にとって魔素によって染め上げられた人間の魂は最高の食事なんだ…………食べれば食べるほどに力を増し、魔王へ還ったモンスターたちは再度地上に召喚される」
魔王の腹に収まり、魂ごと取り込まれて消滅する。
ターゴンが皆死ぬと言っていたのはつまり、こういうことなのだ。
「じゃあパパと……ママは?」
「天に還ることもなく………………魔王の腹の中だろうな」
「そんな……」
予想通り真実を受け止めきれなかったのだろう、バーニャは膝を崩した。
無理もない、殺された家族や村の人たちは聖魔教団の手で故意に殺され、魔王の腹の中だというのだから……頭がおかしくなりそうな話だ。
ハンドレッドエビル……魔王城の悪魔か、そういうことならそこに現れても変な話じゃない。