レベル0の使命-5
再び十数分間走り続けて、ターゴンが守ってくれたおかげもあってか、俺たちは無事に中央の噴水広場に到着する。
噴水広場は避難所とされているだけあって、多くの戦えない人々や、それを守ろうと集まってくれた屈強な冒険者たちで賑わっていた。
常にモンスター襲撃を受けているが、接近するや否や倒しているため、安全が確保されている。
「ユンケル! シル! 無事だったか!」
到着して、最初に会うことができたのはディーチだった。
ディーチのことだから、きっと無事に難を逃れているだろうと思ってはいたが、それでも一応心配はしていたので、顔が見られて少し安心する。
「ディーチお兄ちゃん!」
シルも同じように心配していたのか、ディーチの姿を見るや否や駆け寄って飛びついた。
シル? そいつには抱きつかなくていいんだよ?
「……リューネは?」
「あいつなら…………戦ってる」
「まあ……そうか、リューネもセレスティルの一員だからね。僕も手助けに……」
向かおうとするディーチの肩を掴み、俺は顔を左右に振る。
「行くな、お前が行ったところでどうにもならない」
「……よほどの強敵と戦ってるみたいだね」
俺の深刻な顔で察したのか、ディーチは踏み留まり、顔を俯かせた。
ディーチは決して弱くない、レベルは8だが戦いにおける知識の多さを駆使し、場合によってはレベル10以上の者よりも活躍できる底力を持っている。
でもあれには勝てない。行ったところで、リューネの足を引っ張るだけだろう。
「お前の親しい者は、全員無事のようだな」
「あなたは……ターゴンさん、お久しぶりですね」
「挨拶はいい、お前がその子を守ってやれ。こいつは……これから行かなければならないところがあるんでな」
ターゴンはディーチにそう告げると、背を向けて広場の中心へと向かう。
「おいちょっと待てよ! 行くなんて俺は一言も……!」
「行かなければ、お前が大切にしているあの幼馴染は死ぬぞ」
「リューネも馬鹿じゃない、頃合いを見計らって死ぬ前に下がるさ」
「いいや死ぬ。あの場に置いてきた幼馴染も、そこにいる二人の幼馴染も……皆死ぬ」
その時に見せた哀愁の漂う表情を見て、少し前に「大切な幼馴染が死ぬ」とターゴンが告げていたのを思い出す。あの時はこいつが何かするのかと思っていたが……違う理由がありそうだ。
単純に殺されて死ぬのとは違う、何かがある。
そうでもなければ、レベル30の男がこうまで断言するわけがない。
「ついてこい、メイプルとバーニャと合流する。あの二人の力も必要そうだ」
俺はそれ以上何も言えず、顔を俯かせた。
ターゴンは何かを知っている。知っているからこそああして本気で言っている。
そしてさっき言っていた幼馴染みが死ぬという言葉が事実だとするなら……俺はもう、この間みたいに逃げるわけにはいかなかった。逃げてはならないと、心が叫んでいた。
何があっても、リューネとシルだけは守らなければならないと、叫んでいるのだ。
どうして? 何故?
リューネより遥かに弱い俺がどうしてそこまで必死に?
……考えれば考えるほど頭が痛くなった。
「ディーチ……シルを頼む」
「どうやら何か訳ありのようだね。わかったよ……命に代えてでも守ってみせる」
不本意ではあるが、ディーチにシルを預けて俺はターゴンのあとを追う。
「お兄ちゃん……! 死なないで」
去り際、シルが不安そうにそう言ってきたが、俺は精一杯の虚勢を張り、笑顔で「任せろ」と親指を立ててその場をあとにする。
正直、なんとかなる気がまるでしない。逃げられない戦いというのがこんなにも怖いのだと、久しぶりに実感しているくらいだ。
「あ、ターゴンさん! こっちですこっち!」
広場の中心部へ進むと、相変わらず何も考えてなさそうに笑顔を振りまく白い魔導士の服を着用したメイプルの姿があった。メイプルは俺たちを見つけると手を振って呼びかける。
隣には、相変わらず可愛げのないブスーッとした顔を浮かべるバーニャの姿もあった。
「良かったぁ、ユンケルさんと無事に合流できたんですね! 遅いから心配しましたぁ~」
「すまないな、少し寄らないといけない場所があって遅れた」
こんな状況だというのに、メイプルは明るい笑みを浮かべている。
対するバーニャは、俺の顔を見るや否や、不機嫌そうにそっぽを向いた。
恐らく、俺が結局アジトに行かなかったから拗ねているのだろう。少し気まずい。
「ユンケルさんも久しぶりですねぇ、今日は臭くないですね」
「いつもは臭いみたいな言い方、やめてくれます?」
「ほら、バーニャちゃんもいつまでむくれてるんですかぁ?」
俺のツッコミを完全に無視し、メイプルはバーニャの肩を掴んで揺さぶる。
こいつこんな状況でも、いつも通りかよ。
「べ、別にむくれてなんかいないわよ」
「いえ、めちゃむくれてますよ? 鏡見ます?」
「む、むくれてないってば!」
メイプルの容赦のない指摘がバーニャを襲う。
さすがに無視できないと判断したのか、バーニャは恐る恐る俺に視線を向けた。
「……もう戦わないんじゃなかったの?」
「事情が変わったんだよ。どうにも……助けに行かないとやばいらしい」
心底嫌なことを伝えるため、俺は深い溜め息を吐き出す。
俺だってもう戦いたくはない。でもそういうわけにもいかないからここにいる。
「それじゃあ早速行きますよ! 今日までの修行の成果、見せてやります!」
「ちょ、ちょっと待って! 何と戦うかまでは私、まだ聞いてないんだけど!」
「へ? ターゴンさん、バーニャちゃんに教えてないんですか?」
どうやらバーニャは訳もわからずここにいるらしい。
大狩猟が始まることくらいは聞いているだろうが、覚醒体と戦うことについては聞いてないようだ。恐らく、ターゴンはまだ覚醒体のことをバーニャに教えてないのだろう。
「今からあれですよ、この前、森の中で遭遇したマンティコアさんと戦うんですよ」
「……冗談でしょ? ていうか……ここに来てるの?」
勝てないと判断し、戦意を喪失しているあたり、俺の考えは当たっているはずだ。
そして、まだ話していないということは――――
「今、教えてくれるってわけか?」
この場で俺を含めて、全てを明らかにしてくれるのだろう。
そうじゃないと、戦うことに納得できなかった。
このまま向かったところで俺が死ぬのは目に見えている。せめて、どうしてリューネとシルが死ぬことになるのかを聞かないと、俺はあの化け物に立ち向かう勇気が湧かなかった。
「教えろ……じゃないと、俺の頭痛が止まらない気がする」
ターゴンの目を真っ直ぐに見つめて問いかけると、ターゴンは肯定するように瞼を閉じた。
直後、うるさいほどにざわついていた周囲の音が、突然遮断され、ここにいる四人以外の声が全く聞こえなくなる。
「無関係の者に聞かれてはまずいのでな」
「それだけ、影響を及ぼす話なのかよ?」
「聞けば、絶望を味わうことになるだろう」
冗談を言っているようには見えない顔つきに、俺は思わず息をのむ。