死を覚悟しないとやってられない男-1
いつ死んでもおかしくないと思いながら、俺は生きてきた。
三歳くらいの幼い頃だろうか? 親同士が夜通しで飲み明かすことが多く、リューネが俺の部屋によく寝泊まりしていたのだが、あいつが寝返りを打つたびに死にかけたのは良い思い出だ。
なんとしてもレベルを上げて、強い身体を手に入れないと死ぬって思ったのもこの頃か?
暗殺者にでも狙われれば間違いなく殺されるし、レベル8の村の住人が「あー今日もいい天気だべさぁ!」とか言いながらクワをスイングしてうっかり俺に当たろうものなら、俺は飛び散って肉片になるだろう。
筋トレを重ねて筋肉という装甲を手に入れたとはいえ、俺の防御力は絶望的に低いのだ。
「「「「「頼んだぞぉおおおおお! ユンケルぅぅぅぅううう!」」」」」
そんな俺が今、満を持して死のうとしていた。
背後では、俺が上手く時間を稼ぐ、もしくはそのままミノタウロスを村とは別の場所へと誘導することを願った糞どもが応援してくれている。
まだ少し離れているが、着実にミノタウロスは斧を両手にこちらへと向かっていた。
落とし穴にはめて、一方的に攻撃していた時は何も感じなかったが、こうして目の前に立ってみると、ミノタウロスは逃げ出したくなるくらいの威圧感を放っている。
「援護は任せろ、ユンケル!」
ミノタウロスの厚い皮膚を貫ける大弓を片手に、ディーチが遥か後方で叫ぶ。
結局、誰がミノタウロスの前に立とうと、一撃でも攻撃を受ければ死ぬからと、ここにミノタウロスを誘き出した俺(?)が責任をもって囮をすることになった。
確かにこの村の住人であれば、誰もミノタウロスの一撃に耐えられないだろう。
だが言わせてほしい。レベルの低い俺より、お前らの方が攻撃避けられるだろって。
「さて……どうするか」
うだうだ言っても始まらないので、俺は少しかっこつけながら、顎に手を置いて考える。
ミノタウロスの攻撃は大振りだが、間髪入れずに攻撃を仕掛けてくるため、一撃目を避けられても、二撃目を避けるのはレベル0の俺には困難だ。森なら大木に攻撃を誘発させるとかで、なんとかやりようはあったが、ここにそんなものはない。
となると、囮らしくミノタウロスを引き連れて逃げ回るしかないが、俺の脚ではミノタウロスにすぐ追いつかれて殺されるだろう。
「どうしようもないッスわ、俺の人生これにて終了」
そして素直に諦める俺。
闇夜に紛れ、モンスターに奇襲をかけるために特注で作ったこの黒い軽装の戦闘服が死に装束。
「ん? ……おぉ?」
とりあえず逃げられるだけ逃げようと覚悟を決め、動くのに邪魔な、持ってきていた鉄の短剣を地面に投げ捨てたその時だった。何故かミノタウロスが突然立ち止まったのだ。
気でも変わったのかとも一瞬思うが、息が荒く、斧を両手にしっかりと握っていることから戦意を失った様子はない。
「ミノタウロスでも……ああなるんだな」
実は、こうやってモンスターが目の前で突然立ち止まるのは初めてのことではなかった。
雑魚モンスターばかりが相手とはいえ、レベル0の俺がこれまで生き延びてこられたのも、この謎の挙動によるところが大きい。
モンスターの住み着く森の中に入れば、当然こちらから奇襲をかけることもあるし、奇襲をかけられることもある。だが、俺はかけられたことがない。そればかりか今のように、俺とばったり鉢合わせると硬直して動かなくなることがあるのだ。
無論、リューネ相手にはそんなことはならず、俺だけだ。
他のモンスター討伐の経験がある者に聞いても、そんな挙動になったことはないらしく、俺はこれを『舐めプ』と呼んでいる。
雑魚モンスターがソウルジュエルからの力を感じない異質な俺に出会ってビックリしているだけだと思っていたが、まさかミノタウロスも同じことになるとは。
「今がチャンスだ! 全員放て!」
直後、ディーチの叫びと共に、一斉に村の方から矢が放たれた。
そして二本の矢が俺の両頬をかすめ、ミノタウロスの腹部へと突き刺さる。
放物線を描かない力強い矢は、恐らくディーチと武器屋のおっさんが放った矢だろう。
でもなんでそんなスレスレ狙ってくるの? 俺に恨みでもあんの?
「ンモォオオオオ!」
腹部に突き刺さり、多少ダメージが入ったのか、ミノタウロスは痛みで叫び散らす。
しかし、今狙うべきじゃなかった。かつてない村の危機でディーチも焦ったのだろう。
矢が届いたのはディーチと武器屋のおっさんくらいで、弓矢の扱いに慣れていない他の連中の矢はまるでミノタウロスに届いていない。
ダメージを与えるのであれば、もっと引きつけてから撃つべきだった。
「こりゃまずい」
今の攻撃で俺ではなく、村の方にミノタウロスの敵意が向いてしまったからだ。
ミノタウロスは俺を無視して村の方に向かい、猛速度で走り始める。
敵意の対象を俺に戻すため、俺はすかさず一度捨てた短剣を拾って投げつけるが、短剣はミノタウロスの皮膚に軽く刺さるだけですぐにポロっと落ちてしまう。
こんなしょぼい短剣を投げつける俺より、ディーチの方が脅威と考えているのだろう。ミノタウロスは俺に見向きもせず直進を続ける。
ディーチも慌てて矢を連続で放つが、一回目で学習したミノタウロスは、斧と腕を駆使して致命傷にならないように身体を守りながら走っていた。
「っく……ユンケル! 何をやっているんだ! ちゃんと引きつけてくれ!」
ひぇー俺のせい? こんなに身体を張って頑張っているというのに。
なんとかしてやりたいのは山々だが、なんとかすると俺が死ぬという究極の二択。
とはいえ、ディーチは別に死んでもいいが、シルを危険な目に合わせるのは心が痛む。
「仕方がない……!」