レベル0の使命-4
だが、俺にはあの化け物に勝てるビジョンが浮かばなかった。
どういう攻め方をしても、スピードとパワーが劣る俺は確実に殺されるだろう。
だからこそ、俺はもうその真実を確認せずに、強くなることを諦めたのだ。
俺は無関係だと、言い訳して。
「ターゴン……あんた、あいつがここに来てるの知ってたな?」
「どうしてそう思う?」
「じゃないと俺の力が必要になるなんて言わねえだろ!」
「…………その通りだ。お前じゃないとあれは倒せない」
こうして会話をしている間にも、リューネたちは少しずつ体力を削られていく。
身体能力が高く、身を守ることに長けていても、倒せないのであれば体力を無駄に奪われ続ける。このままいけば、いずれ誰かしら犠牲が出始めるだろう。
「……俺じゃないと倒せないってのは嘘だろ?」
「なんだと?」
「お前が覚醒体という存在を知ってるってことは、過去にもあれと同じ化け物がいた記録があるんだろ? なのに……あの存在をほとんどが知らない、あんなのが放置されてたらもっと世の中は混乱してるはずだ」
少なくとも、王都一のギルド、セレスティルのメンバーでも知らないのは間違いなかった。
見たことはあっても、それが何かなのかまでは追及されずに終わっている。
「秘密裏にあれを処分している奴がいるはずだ。どうしてあれを隠そうとしているのかまではわからねえけど、そいつに任せればいい」
「これは少し驚いたな……そこまで読むか」
その通りなのか、ターゴンは否定せずに苦笑する。
「だが……あれはすぐには処分されないぞ」
「は? なんで?」
「人目があるからな、あれが処分されるのは……多くの犠牲者が出たあと、あの覚醒体が満足して人目につかないところに移動したあとだ」
「倒すところを見られては困る……ってことか?」
その理由がわからず、俺は眉根を寄せた。
「……っ! お姉ちゃん!」
だが、考えている暇はなく、事態は悪化する。
覚醒体に殴り飛ばされたのか、リューネが家の玄関側の壁へと叩きつけられたからだ。
玄関は見事に破壊され、傷を負ったリューネが横たわる。
「お姉ちゃん! お姉ちゃんしっかりして!」
それを見たシルは、涙目になりながらリューネへと駆け寄った。
「おいリューネ、しっかりしろ! 大丈夫か?」
すかさず俺も傍により、リューネの身体を支えて起こす。
幸いにも、覚醒体は追撃してこずに他のセレスティルのメンバーと戦っている。今のうちにリューネを連れてどこか安全な場所へ……。
「何してるのよユンケル……早く、シルを連れて逃げて」
「いや、お前ももう戦える身体じゃねえだろ。他の連中が気を引き付けている間に逃げようぜ」
「馬鹿にしないで……私はまだ戦えるわ。どれだけ鍛えてきたと思ってるのよ……! 途中で諦めてトレーニングしなくなったユンケルとは根性が違うんだから」
「お前まだ……そんなこと言ってんのか?」
戦う意志は固いのか、リューネは俺に目も向けずに覚醒体を睨みつけた。
「ここであいつを喰い止めないと、多くの犠牲者が出る。シルも……ユンケルも危ない目に遭う、そんなの……絶対にさせない」
そして再び剣を構え、リューネは心配させないようにシルに向かってニッコリと微笑みかけた。
「大丈夫、ユンケルとシルは……私が絶対、絶対に守るからね」
どこか懐かしいセリフだった。ずっと昔、同じことを言われた気がする。
それなのにどうしてか、俺はその時のことをしっかりと思い出せなかった。
何故か靄が掛かっていて、思い出そうとすると頭が痛くなる。
「それが……約束だもんね?」
次にリューネは俺に微笑みかけると、意を決した顔つきになって覚醒体の下へと走り出す。
「はぁぁあああああああああ!」
俺はそれを、見届けることしかできなかった。
俺では、なんの手助けもできないから。
「……約束」
約束という言葉が脳内で繰り返し呟かれ、頭痛が走り続ける。
そうだ、俺はずっと昔……今みたいな状況でリューネと約束を交わした。
リューネの両親が殺され、悲しみに満ちた俺たちの間で交わされた約束。
おかしい……どうして両親を失ったリューネを俺が守ってあげるって約束じゃなく……
俺が守られるって約束なんだ?
頭痛が止まらず、走って行ってしまったリューネの背中を俺は呆然と目で追い続ける。
「……今なら行けるな、一旦引くぞ」
呆然と突っ立つ俺とシルの肩に手を置き、急かすようにターゴンが呼びかける。
「待って……お姉ちゃんが!」
「彼女は君を守るために立ち向かった。ここで君が死ねば彼女が立ち向かった意味がなくなる」
強引に連れ出そうとするのではなく、いつもの冷静な顔で、理解させるようにターゴンはシルへと語りかける。何もできないのは悔しいが、ターゴンの言う通りだった。
「俺に戦わせないのか?」
「お前にしかあれは倒せないが、今のお前が立ち向かったところで死ぬと判断した。それに……この子を守らなければならんのだろう?」
俺の異変に気付いたのかターゴンはそう言ってくれた。
言葉通り、今の俺は戦える状況じゃなかった。さっきから頭痛が止まらない。
何か思い出せそうなのに……あとちょっとのところで思い出せないでいる。
「どこに行けば安全なんだ? あんたのアジトか!?」
俺は頷いて賛同の意を示したあと、すぐにシルの手を取り、覚醒体の注意がこちらに向かないタイミングを狙って家から飛び出した。
ターゴンもその後ろに続く。
「あそこは確かに安全だが……この混戦の状態だ。行くにしても、誰に見られているかわからん。あの場所を知られるわけにはいかないのでな……中央の噴水広場に向かう」
「んなこと言ってる場合かよ! アジトでいいだろ!」
「悪いが、俺はマークされている立場でな、あの場所に行かないのは絶対だ。安心しろ、中央の噴水広場は毎回恒例で大狩猟の避難場所に指定されている。メイプルとバーニャもいるはずだ」
マークされている? いったい誰に?
気にはなったが、今はそれよりもシルを安全な場所へと移動させることを優先し、その後、言葉を交わすことなく俺たちはモンスターを退けながら、一目散に中央の噴水広場へと向かう。
その間、俺の頭痛が止むことはなかった。