レベル0の使命-2
「残り一体は…………逃げたか、助かるわ」
すぐさま覆い被さっていたライガーウルフを退かしてもう一体を警戒するが、もう一体の姿は既にその場から消えていた。
「っふ、レベル8でも苦戦する相手じゃなかったのか?」
「たまたま急所をつけただけだ。まぐれだよ」
そう言いながら俺は服についた泥を払い、倒したライガーウルフへと向き直る。ライガーウルフの身体がまだ残っているため、念のために止めを刺そうと近付くと――
「もう死んでいるぞ」
ターゴンが俺にそう声をかけた。
「死んでるなら身体が魔素化するだろ。まだ生きてるよ」
「何故死の条件が魔素化だと勘違いしている?」
「はぁ?」
この一秒が惜しい時に意味不明な質問をされたせいで少しイラっとしてしまい、俺は眉間に皺を寄せて溜め息を吐いてしまう。
「一般常識だろ! 誰もが知ってるモンスターを仕留めた証拠じゃねえか」
そう言うと、ターゴンは何故か俺の顔を不思議そうに見つめてきた。
「そこまでの観察力を持っていながら、これまで疑問に思ったことが一度もないのか?」
「だから……何を?」
「人間がモンスターに殺された時……人間は魔素化するか?」
だがその問いで、俺は気付かされてしまう。ターゴンが言わんとしていることを。
「いや……だって、あ……あれ?」
そして気付かされたことで次々に疑問に感じてしまう。
そういうものだからと、常識という言葉で片付けて一切疑問に感じてこなかったおかしな点に。
モンスターだけだった。
この世界、ファーミングにおいて殺された時に肉体を魔素へと変化させるのはモンスターのみ。人間はもちろんのこと、食用となっている動物たちは魔素化せずに肉体が残る。
この間、英霊の森でマンティコアに食われていた者たちのように。
「本当は……疑問に感じていたんじゃないのか? いや……違うな、恐らく逆か?」
ターゴンの言いたいことはなんとなくわかった。もしもあの時ターゴンが英霊の森にいたとするなら、ターゴンはあの時のことを言っているのだろう。
メイプルが真っ二つにしたアサシンカメレオンの死体が残っていたことを。
俺は……あの時、違和感を抱いた。普通じゃないと感じたからだ。
死んでいるはずなのに魔素化せず、その場に死体を残していたモンスターに。
でもそうじゃなくて、本当は逆で……いやいやいや、ありえない。
俺は今、恐ろしいことを考えている。もし、もしも……魔素化せずに残っている死体がおかしいのではなく…………――――
魔素化しているモンスターたちこそが本来おかしいのだとしたら?
そう考えて、俺の動悸は激しくなった。俺は、死体が残っているのがおかしいと思っていた。
しかしターゴンがそれを逆だと指摘しているのであれば、もうそう考えるしかなかった。
そしてそう考えると、俺が以前に至ってしまった答えは、想像以上にとんでもないことになってしまう。もしも……レベル0が倒したから死体が残るのだとして、レベル1以上の者が倒した場合魔素化するのだとしたら…………おかしいのは俺じゃなくて――――
「なあ……教えてくれ」
俺は怖くなって一度考えるのをやめてターゴンに向き合う。整理をつけるために、聞いておかなければならないことがあると思ったからだ。
恐らくターゴンは、俺が抱いてしまった疑問を解消する全てを知っている。
だが、次の言葉を吐くのに少し時間が掛かってしまった。
それを聞けばもう、後戻りできない気がしたからだ。
一度アサシンカメレオンの死体が残っていることに気付いた時、どうせもう強くなったところで意味がないからとその疑問を解消せず、俺は何も聞かずにターゴンの下から去った。
あの時、嫌な予感がしたのだ。
それを聞いてしまえば、強くなることを諦めるからなんて理由で逃げるのは許されない……そんな感覚に陥ったのだ。だからあの時俺は、ターゴンに何も聞かなかった。
「お前がレベル0を集め、守り、強くしようとする理由はなんだ?」
だが俺は、今度こそは逃げずに口を開いて問いかける。
ターゴンは、幼馴染みを守りたいのであれば強くならなければならないと言っていた。
ターゴンは意味のない言葉を吐くような男じゃない。
それが仮に真実だとするならば、俺は逃げては駄目な気がしたのだ。俺の命なんかよりも、あの二人の命を優先しなければならない……そんな使命感に何故か襲われたから。
「……さっきお前は、俺が森にいたんじゃないかと疑っていたな」
俺の真剣さが伝わったのか、ターゴンは一度目を瞑ると、すぐに覚悟を決めたかのような顔つきになって俺の目を真っ直ぐに見つめる。
「その通りだ。お前たちを守るために影で見させてもらっていた。メイプルに伝えたうえでな」
「……バーニャに伝えてなかった理由は?」
「あれは未熟だ。俺という保証のない実戦を経験させたかったんだ」
わかってはいたが、合点がいった。
最初からターゴンは、俺にバーニャの面倒を見させるつもりだったのだろう。
レベル0の行動の仕方は、同じレベル0に教わった方がいいとでも判断したってところか?
確かに、メイプルは攻撃的な力こそ持ってはいないが、バーニャより慎重に行動し、力の使いどころもしっかりと考えて使っていた。一年長くターゴンの下にいたからか、バーニャよりもメイプルの方が色々と何歩か先を進んでいる。
「お前たちには……もっともっと強くなってもらわなければならない。そうじゃないと……お前たちは決して勝てない。それどころか、辿り着く前に殺されるだろう」
珍しくも、ターゴンは悔しさに満ちた表情を浮かべる。
それだけ、ターゴンにとってかなり因縁の深い相手なのだろう。
ターゴンは、俺たちに何かを倒させようとしている。
そしてそれは、俺たちでないと倒せない何か。
「……いったい、誰にだよ?」
俺は息を飲み、ターゴンに問いかける。
そして返ってきた答えを聞いて、俺は耳を疑った。
「魔王」
…………は?
「ごめん、もう一回言って」
きっと聞き間違いだろうと思い、俺は耳をほじってターゴンの傍にまで移動する。
「魔王…………いや、神と呼んだ方がいいか?」
「は? え、何……? 神? 魔王? はい?」
どんな化け物の名称を言われるのかと緊張して待った結果、あまりにもかけ離れた存在の名前を言葉にされて動揺してしまう。意味がわからなさすぎて、頭がおかしくなりそうだった。
だがどういうことなのか落ち着いて詳しく聞き出そうと、再度口を開こうとした瞬間――
「……な、なんだ?」
突如大きな爆発音があたり一帯に鳴り響き、空に煙が舞い上がった。
「誰かが強力な爆破魔法を放ったか……あのあたりによほど強いモンスターがいるようだな」
爆発が発生した地点は、現在地からでも空を見れば大体わかった。
ここからそんなに遠くはなく…………リューネの家に限りなく近い場所。
「……シルが!」
「どうした?」
「その魔王とか神だとかの話は気になるけど……とにかくあとだ! 俺の大事な妹分が危ない!」
それだけ伝え、俺はターゴンをその場に置いて走り出す。
察しがついたのかターゴンは素直に頷くと、何も言わずに俺の背後に追従してくれた。
それから、リューネの家に着くまでの道中、混戦した状況の中、襲い掛かってくるモンスターをできるだけ避け、俺は力の限り全力で走り続けた。