レベル0の使命-1
【大狩猟】。メイプルとディーチがその日が近付いているのではないかと懸念していた、モンスターが集団で王都を襲う出来事の名称だ。
名前の通り、現在王都の空に大量のモンスターが飛び交い、建物の屋根を伝って様々なモンスターが城下町を走り回っている。こういう事態のために近衛兵や騎士たちがいるのだが……人手が足りていないのだろう。そこら中で悲鳴が響いている。
「ターゴン!」
「……ぬんっ!」
角を曲がったところで急に襲い掛かってきたライガーウルフだったが、ターゴンの裏拳一発で建物の壁へとめり込み、一瞬にして息絶える。さすがレベル30、強すぎだろこのおっさん。
レベル8が苦戦する程度の相手なんて敵じゃないってか?
「…………南側からだな、モンスターが攻めてきているのは」
「ほお? よくわかったな」
「空飛んでる奴も、地上を走ってるモンスターも、南側から来ている数の方が多いんだ。すぐにわかるだろ」
「混乱しているこの状況だ。気付かない奴の方が多い」
確か……前に俺たちが向かった森も南側、南東に位置していたはずだ。
となると、メイプルが言っていた「森のモンスターがどこかで集結しつつあるのかも」という予想は正解だったのかもしれない。
「……お前は随分と冷静だな。もっと慌てると思っていたが」
「大狩猟の話は聞いてたからな、それにモンスターの数は多いけど、ここは王都だぜ? ギルドもあるし、強い奴らがたくさんいる。今はみんな混乱してるけど、いずれ騒ぎは落ち着くだろ?」
「ギルドの連中がなんとかしてくれるという保証なんてないはずだが?」
「なんとかするさ、じゃないと……王都はとっくの昔に滅んでるはずだろう? 大狩猟はこれまでも何度もあったんだ……これは絶対だ」
「よく頭の回る男だ」
とは言いつつも焦っているには焦っている。恐らくリューネが一番にシルを守りに行ってくれているとは思うが……保証はないからだ。
万が一を考えると、いてもたってもいられなくなった。
「しかし、騒ぎが落ち着くまではお前の身には常に危険が付き纏うぞ? お前の戦い方は、混戦した状況では真価を発揮しないだろう?」
「幸いにも俺の傍にはレベル30のターゴンさんがいらっしゃるんでね。守ってもらうさ……お前もそのつもりで俺のところに来てくれたんだろ?」
その通りなのか、ターゴンは鼻で軽く笑って返した。
「こんなところで死なすわけにもいかんのでな」
「ありがたいね、ついでに俺の大事な妹分も守ってもらいたいんだけど?」
「ならお前が先導しろ、俺は場所を知らん」
協力してくれるのか、ターゴンは走る速度を抑えて俺の背後へと移動する。
レベル0しか守ってくれないのではないかと思って少しヒヤヒヤしたが、以前に貧民街の連中がターゴンに恩義を感じていたことからダメ元で言ってみてよかった。
どうやらターゴンは助けたい人物しか助けないみたいな奴ではないみたいだ。
正直かなり助かる、仮にリューネの手が離せない状況であれば、俺がシルを守るしかないからだ。とはいえ俺の力ではシルを守り切る保証はできない。ディーチもどこにいるかもわからないし、ターゴンを頼れるのは本当に心強い。
「でもやっぱりお前……いたんだな。俺たちが森の中にいた時」
「ん? どうしてそう思った?」
「今お前、『お前の戦い方は混戦した状況だと真価を発揮しない』って見てきたかのように言っただろ? 俺はお前に俺の戦い方を見せた覚えはないぞ?」
「メイプルとバーニャから聞いたかもしれないだろう?」
「根拠は他にもある……メイプルにもうちょっと演技指導しとくべきだったな」
「……ほう?」
「バーニャの命が危険だって状況なのに、あいつだけ余裕がありすぎだ。色々と驚きはしていたけど……終始なんとかなるみたいな顔をしてたぞ」
それ以外にも、覚醒体のことを聞いた時、その覚醒体に追われてなんとかしなければならないという状況であっても詳しく話そうとしなかったのもそうだ。
あの状況で詳しく話そうとしないなんて、助かるのを諦めているとしか思えない。
となれば、口止めしている本人がすぐ近くにいると考えるのが妥当だ。
「上から来ているぞ」
「……っつ!」
剛腕の男が弓矢を放ったかのような速度で、鋭い嘴を持った怪鳥型のモンスターが空から一直線に俺の下へと接近する。
落下の射線から予測して怪鳥が頭部を狙って接近していると瞬時に判断し、俺は勢いよく腰を落としてスライディングを決める。すると、怪鳥は俺の真上を素通りし、ちょうどターゴンの胴体を貫く位置を一直線に飛んでいった。
だが、当たるはずもなく、怪鳥は先程と同じようにターゴンに嘴を掴まれると、地面へと叩きつけられる。
「良い判断だ。俺に対する優しさがあれば尚良かったがな」
「どうせ当たっても死なねえだろあんた」
地面を軽く滑ったあと、俺は体勢を戻して再び走り始める。
王都の街の中は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
弱い者は逃げまどい、強い者は喜々としてモンスターへと立ち向かっていく。
いずれ収まるのがわかっていたとしても、力を持たない者がこの惨状に入り込めば、パニックを起こしてしまうのも無理はない。
「助けられる者は助けながら移動するぞ」
ターゴンは俺に追走しながらも、モンスターに襲われている者を見かける度に救出していた。
怪しいおっさんではあるが、貧民街の者に慕われているだけあって、無関係の者でも救おうとする良い奴ではあるようだ。普段は怪しさしかないけど。
「しかしお祭り騒ぎだな、奇襲を受けてるってのに……笑いながら戦ってる奴もいるぞ」
「大狩猟は発生した時点で防衛のため、国がクエストを発行した形になるからな。受注せずとも、討伐した数に応じてあとから報奨金が支払われるが故だろう」
魔素だけじゃなく、お金も手に入るから、戦える者からすれば美味しいイベントでしかないわけか、レベルの低い奴らからしたらたまったもんじゃないだろうけど。
ん? だがこれは将来商売で稼ごうと思っている今の俺には大チャンスなのでは?
「じゃあ俺も……シルを助けたあと倒せそうな弱いモンスターを何体か倒して小銭稼ごうかなぁ~? 手伝ってくれてもいいんだよぉ?」
「報酬の支払いは、討伐したモンスターから吸収した魔素を聖魔教団に鑑定してもらうことであとから支払われる。魔素を吸収できないお前には報酬は一切支払われないぞ」
「糞イベ」
「それでも、否応なしに戦わされるのがこの大狩猟だがな……来たぞ」
気配を読んでターゴンは接近に気付いていたのか、言い終えた直後に建物の影から二体のライガーウルフが飛び出してきた。しかし警戒しているのかすぐに襲ってはこず、吠えて威嚇する。
「いや、来たぞって言われても……倒してくれよ」
ターゴンであれば飛び出したと同時に倒すくらいわけないはずだった。
なのに、何故か動こうとせず、腕を組んで俺を見守っている。
「それくらいの敵、一人で倒してみせろ。肩慣らしは必要だろ?」
「お前が全部処理してくれりゃいいだろ。しかもそれくらいの敵って……ライガーウルフはレベル8でも苦戦する危険な相手なんだけど?」
「この先、俺の手が届かない場合もある。レベル30だからといって全てを救えるわけじゃない」
それはそうだけど、今は救えるんだから救えよって言いたい。
「それにこの先……お前の力は絶対に必要だ。必要になる」
本気で言っているのか、俺の目を真っ直ぐに見ながらターゴンは言い切った。
俺の力が必要って……レベル30の奴に言われても信憑性に欠けるんだけど。
「レベル0の力なんて頼るなよ。そもそも何の準備もないんだぞこっちは」
「こいつを使え」
フードマントの中にずっと隠し持っていたのか、ターゴンは俺が普段から使っていたものに酷似した、鉄製の短剣とポーチを俺に投げ渡す。
ポーチの中には、いつも戦う時には常備している火炎瓶が二本、油壺が一個、着火石、煙玉が一つ詰めこまれていた。
「なんでお前がこんなの準備してるんだよ」
「俺はお前を守るためだけに来たわけじゃない、お前の力を借りるために来たんだ」
「レベル30のお前が? レベル0の俺に?」
人選間違えてませんか? とツッコミたくなったが、俺はグッと堪える。
さすがに理由なしにそんなことを言う男ではないからだ。
「…………っ! 邪魔だ!」
話をしている途中、ライガーウルフが俺に飛び掛かった。
俺は押し倒される前に、ライガーウルフが飛び掛かってきた進行方向に倒れ、すかさずターゴンから受け取った短剣を鞘から抜き、両手を使って短剣を胸元の位置に固定した。
そして、ライガーウルフが俺に覆い被さろうとしたタイミングで腕を突き出し、ライガーウルフの心臓部分へと短剣を刺しこむ。
飛び掛かってきたライガーウルフの自重を利用したおかげで、短剣はすんなりと奥深くまで刺さり、ライガーウルフは「きゃいん!」と奇声を上げて息絶えた。