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挫折-6

「何に襲われたんだ?」


 とはいえ、モンスターが人里を襲うのは稀だ。

 どうしてかは未だ解明されていないが、モンスターは人里を嫌い、近寄らない。

 この間のように、ミノタウロスが復讐しに来るとか、自制心を抑えられない凶暴なモンスターが来ない限りは、の話だが。


「……ハンドレッドエビル」


 名前を思い出すだけでも辛いのか、悔しそうにバーニャは呟く。


「ハンドレッドエビル? なんだそりゃ」


 しかしその名に覚えがなく、俺は首を傾げた。

 リューネにも目を向けるが知らないようで、顔を左右に振る。


「確か……魔王城の悪魔とも呼ばれているモンスターだね」


 そこで、ディーチが気難しい顔で顎に手を置きながら言った。


「なんでお前が知ってんだよ?」

「騎士になるにはモンスターの知識テストもクリアしなきゃならないからね、実はユンケルよりもモンスターに関しては詳しかったりするよ? 僕は」

「……その気難しい顔の理由は?」

「魔王城の悪魔って呼ばれてるように、魔王のいる地域周辺にしか現れないモンスターなんだよ。強さも、レベル20の者が命を張ってようやく倒せるほど……って本には記されていた」

「なんでそんなのがバーニャの故郷に……」

「だから僕も、どうしてだろうって不思議に思ったのさ」


 どちらにしろ、それは考えてもわからないのだろう。

 モンスターの行動する理由なんて、俺たちにわかるはずがないのだ。

 もしもわかるなら、今頃リューネの両親は生きている。シルもリューネも村にいたままで、王都になんか来ていない。リューネのレベルも、15になんかなってない。


「私は……村外れの納屋の中で、古くボロボロになったベニヤ板の隙間から、皆が殺されるのを見ることしかできなかった。何も……何もできなかった」


 その気持ちは、俺とリューネには痛いほど理解できた。


「私にできたのは子供たちを抱きしめながら、大丈夫、大丈夫だよって声をかけることだけ」


 そうだ……少し思い出してきた。

 あの日……見たこともない人型のモンスターが、息絶えたリューネの両親の首を鷲掴みにして、楽しそうに醜悪な笑みを浮かべていたんだ。

 あの時、俺はシルを抱えたリューネが飛び出さないように抑えつけることしかできなかった。

 見ているだけしか……できなかったんだ。

 いや……あれ? 違う。

 抑えつけられていたのはリューネじゃなくて……俺?


「助けを呼ぶこともできず、ずっと息を殺してハンドレッドエビルがいなくなるのを待ったわ。でも……あいつは納屋に隠れる私たちに気付いて、私たちも殺そうとした。それを救ってくれたのが、師匠……ターゴンさんだった」

「だからお前、あんなにターゴンのこと慕ってたんだな」

「そうよ、それに師匠は私に……レベル0でも戦う力があることを教えてくれた」

「……精霊術式か?」

「そうよ。もしもあの時、私に精霊術式を使う力があれば……パパもママだってまだ! ずっと、それだけを考えて私は今日まで師匠の下で力を磨いてきたわ」

「それで、あの過剰なまでの先走りに繋がるわけだ。納得した」


 守る力を得たのに、守れないのでは意味がない。

 だから森の中で悲鳴が聞こえて、助けたいという気持ちを抑えられなかったのだろう。

 しかしターゴンは、どうしてバーニャの村に来たのだろうか? タイミング的にも、偶然とは考えにくい、何か理由があったのだろうけど……本人のみぞ知るといったところか。

 …………あれ? 俺たちの時はどうやって、あのモンスターを追っ払ったんだっけ?

 なんでだ……? 思い出せない。


「お願い……私は今よりも強くなりたいの! もう二度と……殺されそうになっているのに震えながら見ているだけしかできないなんて嫌なの!」


 思い出そうと頭を悩ませていると、バーニャは俺の手をとり、改めて頼み込んできた。


「最初は馬鹿にしたけど……あんたの力は認める! だから……!」

「お断りだ」


 だが、俺は考える素振りすら見せず、冷たい視線を向けて即答した。

 ハッキリと言われ、バーニャは悲しそうな顔で目を見開く。


「どうして!?」

「めんどくさいってのが一番の理由だけど、教えたところで無駄だから……かな」

「無駄って……どういうこと?」

「お前の故郷がハンドレッドエビルに襲われた時、仮にお前が精霊術式を覚えていて、俺のレベル0なりの戦い方を教わってたとして……救えたと思うか? 誰かを助けられたと思うか?」


 何が言いたいのか察して理解したのか、バーニャは俯いて口を閉じる。

 無駄というのはつまり、俺が諦めた理由と同じということだ。

 薄々バーニャも感じ始めているのだろう。レベル0の限界を。

 いくら強くなったところで、レベル20の奴が倒せない敵を俺たちが倒せるわけがないのだ。

 それに俺の戦い方は自分自身が生き残り、勝つための戦い方でしかなく、誰かの命を守るための戦い方じゃない。結局気持ちを抑えられずに誰かを守ろうと飛び出せば、命を落とす。

 戦い方を教えて死なれるなんて俺は御免だ。


「そう……わかった」


 暫くして、バーニャは玄関のドアへ向かって歩き出し、俺に背を向けたままそう呟く。

 しつこく食い下がると思いきや、あっさりと引き下がったのは意外だった。


「でも、もし……もしも気が変わったら、またあの場所に来てほしい。待ってるから」


 最後に振り返り、それだけ伝えるとバーニャは勢いよく玄関から飛び出し、家から出て行った。


「よかったの? ユンケル」

「いいもなにもねえよ、俺に教えられることなんて所詮は延命にすぎねえ。ていうか、なんだ? さっきまで喧嘩腰だったのに、バーニャの話聞いて同情したのか?」

「そりゃ……ね」


 あの日のことを思い出しているのか、リューネは寂しそうに俯く。

 それを見て、無粋なことを聞いてしまったと少し後悔する。

 同じ境遇を味わっているのだ、むしろバーニャの話を聞いて何も感じない方がおかしい。

 実際俺も、少しは同情した。同情した上で、無駄だから断ったのだ。


「あの子、レベル0なんだね」


 その時、意外そうにディーチがそう漏らす。


「それがどうかしたか?」

「いや、ユンケル以外のレベル0を見るのは初めてだなって。確か……あともう一人いるんだよね? どうしてターゴンさんはレベル0を集めるんだろうね」

「……さあな」


 心底不思議なのか、ディーチは首を傾げて考え込む。

 わざわざ戦えない者を集めるのだ、不思議に思うのも当然だろう。

 だがもう、どうでもいい話だ。俺はもう普通に暮らしていくと決めたのだから。


「…………やっぱり降ってきたな」


 いつの間に降っていたのか、バーニャが開けて出て行った玄関先の地面は濡れ、細かな水の粒が地を打ちつける音で響いていた。

 ……雨具くらいなら、貸してやったのにな。

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