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挫折-5

「早速だけどバーニャ、私もちょうど……あなたに話があったの」

「はな……し?」


 そう思いきや、リューネは急に眼を鋭くしてバーニャを睨みつける。

 突然の態度の豹変ぶりに、バーニャだけでなく俺までもたじろいでしまう。

 おいおい、なんで急に喧嘩腰なんだよ。


「何が……聞きたいの?」

「五日前のことよ。どうして……あの森であんなことになっていたの?」

「え?」


 リューネがそう問いかけると、不思議そうにバーニャが俺に顔を向けた。


「こいつから……聞いてないの?」

「ユンケルはあの日のこと……何も話してくれないの。だからずっと気になってた……どうしてあんな状況になっていたのか、あれのせいで……ユンケルが強くなるのを諦めたんだから」


 するどい顔つきを前に、バーニャは申し訳なさそうに俯いてしまう。

 こいつ……また蒸し返してきやがって。本当に、どれだけ俺に強くなってほしいんだ?


「おいリューネ、そういう無粋なことは聞くな」


 俺はそう言いながら、少し不機嫌そうにリューネを睨む。

 実のところ、あの日のことを、俺はリューネに話していない。

 何を聞かれても成り行きでそうなったとしか答えなかった。

 理由は簡単だ、話したところで何かが変わるわけじゃないからだ。バーニャの失態を話して、何かいいことがあるのかと問われればバーニャの失態を知る人物が増えるだけ。

 なら黙っていた方が、誰にとっても幸せだと俺は思ったのだ。


「私がスッキリしないの、ユンケルは黙ってて」

「黙らねえ。お前はそれを聞いてどうするんだ?」

「……それは」

「その話を聞いたあとにお前が言うセリフなんて簡単に想像できる。でもお前が何を言おうと俺の気持ちは変わらねえ、だから話さないんだ。お前の諦めが悪くなるだけだからな」


 きっと、リューネは「ユンケルが悪いんじゃない」とか「ユンケルは実力をちゃんと発揮できてなかった。だからもう一度頑張ろう」とか、そんなことを言うだろう。

 だが俺の考えは変わらない。俺が強くなるのを諦めたのは、そういう次元の話じゃないからだ。


「お兄ちゃんたち…………喧嘩してるの?」


 その時、新たに二人分の食事を運んできたシルが悲しそうな顔で俺たちを見つめた。

 ディーチの分だけじゃなく、さりげなくバーニャの分まで用意してあげている優しいシルに見つめられて、リューネは気まずそうにシルから視線を逸らす。逆に俺は「はぁ、尊い」と脳裏に焼き付くまで見つめた。


「いい、ちゃんと話す……悪いのは私だから。……違う、私が前に進むために聞いてほしい」


 折角隠していたのに、バーニャは自分から五日前のことを話し始める。

 簡単なクエストをこなすためにあの森に来ていたこと、俺の静止も聞かずに森の中に入ったこと、精霊術式という強力な力を得た今の自分ならなんとかできると驕っていたこと、今は反省していることなども含め、バーニャは全てを話した。

 聞いている途中、案の定リューネは怖い顔をしていたが、途中で話に割って入ることなく、最後まで大人しく聞いていた。


「……やっぱり」


 そして、話を聞き終えると同時に深い溜め息を吐いた。


「おかしいと思った。ユンケルがよく知りもしない森の奥深くに入るなんてありえないもの」

「……ごめんなさい」

「…………私に言わないで」


 本当は何か言いたいのだろうが、グッと堪えて頬を膨らましながらリューネはそっぽを向く。

 先に釘を刺しておいてよかった。


「それで、お前はどうして俺にわざわざ会いにきたんだ? 謝るためだけじゃないんだろ?」


 そろそろ本題に入ろうと、俺は問いかける。

 ただ謝りたかっただけならば、時間も取られないし、昼に会った段階で言えば済む話だからだ。

 すると、バーニャは言いにくそうに顔を俯かせたあと、意を決したように力強い眼差しを俺に向けた。


「お願い、私に戦い方を教えてほしいの!」

「戦い……方?」

「そう、レベル0なりの戦い方を……! 弱くても生き残れる力が欲しいの!」


 本気で言っているのか、バーニャは椅子から立ち上がって俺へと詰め寄る。


「一応聞くけど、なんで?」

「強くなりたいのよ……どうしても」

「だから……なんで?」


 俺は真っ直ぐに目を向けて聞き返す。

 言いにくいことなのか、バーニャはすぐには答えず、暫くの間、口を閉じ続ける。


「守りたいから、いざという時に…………何もできない自分でいたくないから」


 そして、神妙な面持ちで語り始めた。

 何やら普通じゃない理由がありそうで、俺だけじゃなく、居合わせたリューネとディーチも真面目な顔で耳を傾ける。


「昔、何かあったのか?」


 バーニャの表情から、なんとなく何があったのか察しつつ、俺は問いかける。


「もう二年も前のことよ、私の故郷がね…………モンスターの襲撃にあったの」

「守れる奴がいなかったのか? 近隣の村から助けは?」

「守れる人はいたわ、でも……助けなんて呼んでる暇なんてなかった」


 その説明だけで、何があったのかは大体理解できた。

 俺の故郷と同じことが起きたのだろう。リューネの両親が亡くなった時と同じ……。


「皆……殺されたわ。生き残ったのは私を含め、力のなかった数人の子供たちだけ」

「……どうやってお前は生き残ったんだ?」

「私はレベル0だから何もできないだろうって、子供たちと一緒に村外れの納屋に隠れてたの」


 そして騒ぎが落ち着いて出てきた時には、皆殺されていたということなのだろう。

 思い出して悲しくなったのか、バーニャの表情がそう物語っていた。

 唯一守る力のあった者がモンスターに殺され、抵抗する手段を失ったのだろう。

 リューネの両親が殺された時も、俺の両親がなんとかしていなければきっと、リューネの両親だけじゃなくリューネとシルも殺されていたはずだ。

 この間、ミノタウロスが俺の故郷の村に来た時もそうだ。あの時はレベル15のリューネがいたからなんとかなったが、それは実力を持った者がそこにいたから助かっただけにすぎない。

 仮に、あの場にリューネがいなければ、村は壊滅的なダメージを受けていただろう。

 レベル0の俺を囮に引っ張り出していたのが良い証拠だ。それだけ、強いモンスターの襲撃というのはそこで暮らす者にとって絶望的なことなのだ。

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