挫折-3
「はーい安いよぉ安いよぉ、新鮮な野菜だよぉ! え……買わないの? そんな奴いる!?」
昼ご飯を食べたあと、俺は王都の中心部の南側に位置するバザーへと足を運んでいた。
「お姉さん綺麗だねぇ!? トマト一個だけサービスしちゃうよぉ!?」
「え、本当に? 悪いわねぇ~ありがとう!」
そして何をしているのかというと、野菜を売っていた。
そう、俺がようやく見つけたバイトとは、野菜を売る仕事である。
レベルを上げるために戦い続けてきたとはいえ、それでも俺が農民なのには変わりはなく、野菜に関する知識は多い。適切な保管方法や、美味しい調理の仕方まで知っている。
その知識を買われたのだ。
広大な王都の各地に店舗を構えるチェーン店で、それなりに組織としても大きく、給料も悪くない。野菜を売れば売るほどインセンティブも入るし、商品にならないような傷んだ野菜は持ち帰れるため、シルも大喜びという最高の仕事。
「売り物にならない傷の入った新鮮なトマトだとも知らずに、喜びおってぇ……!」
最初はちゃんとできるか不安だったが、訪れる客は意外にも多く、持ち前のトーク力で相手を気持ちよくさせつつ、お得感を演出してなんとかやれている。
飲食業を生業にしている店があちらこちらにあるのと、そもそもの人口が多いからか、客足が途絶えることはなく、毎日大忙しだ。
「商売をするなら、その悪人面はやめておいた方がいいと思うよユンケル? どこで誰が見ているかわからないからね」
「へへへ……買わないならとっとと失せな騎士の坊ちゃんよぉ!? 商売の……邪魔なんだよぉ!」
「僕はまだ騎士じゃないよ。それと訂正する、君はもともと悪人面だった」
野菜を買ってくれたお姉さんを見送っていると、今度はディーチがトマトを片手に姿を現した。
会うや否や人の顔を悪人面とか、酷すぎて笑う。世界一、心優しい善人だというのに。
おいおい、汚い手でトマト触ってんじゃねえよ、売り物にならなくなったらどうするんだ。あん? お金? 買うの? へへへ……今後とも御贔屓に。
「本当に君の生活はコロコロ変わるよね、五日前は絶対にリューネのところに行かないって貧民街にいたくせに……どういう心境の変わりようだい? ターゴンさんのところで何かあったの?」
「色々あってな、もう強くなるのも諦めた」
「…………あれだけ、強くなることに固執していたのにかい? 案外あっさりしてるんだね」
「レベルが上がる奴にはわからないだろうよ。本当にどうしようもない敵に遭っちまった時、いつか倒せるように強くなるって発想にならないんだ……レベル0ってのは」
「……ふーん」
何かを察したようなムカつく顔で、ディーチはトマトをかじる。
トマトをかじる姿も様になっていて、俺はなんだか負けた気分になった。
「未練は?」
「ない。今度は商売で成り上がろうとすっかり気持ちを切り替えたあとだ」
「そう思っている割には、元気がないみたいだけど?」
「どこがだよ? 元気モリモリだっつの」
「その有様で……かい? いつものユンケルなら今頃、道端の虫を踏みつけて『弱者が! 弱者が!』って叫んでる頃だと思うけど?」
「お前の中での俺のイメージ、どうなってんの?」
どれだけ元気モリモリだったら、そんな奇行に走るのか逆に聞きたい。
「ま……僕は安心したけどね? 幼馴染がモンスターに殺される心配がなくなったわけだから」
「本当だぜ、むしろよく今日まで生き残ってこられたもんだ」
「リューネが守ってきてくれたんだろうね、ユンケルは感謝した方がいいよ?」
「……そうだな、五日前に思い知ったよ」
思えば、いつだってリューネは傍にいた。
きっと、死にそうなタイミングはこれまでに何度もあって、気付かないようにリューネが俺のことを守ってくれていたんだと思う。
いざという時に傍にいるかいないかで、安心感が全然違った。
五日前は本当に生きた心地がしなかったよ。
「どうやら不穏な噂も流れているみたいだし、これでいいのかもね」
「不穏な噂? なんだそりゃ?」
「もうすぐ大狩猟が始まるんじゃないかって、王都中で噂になってるよ。王都付近でのモンスターとの遭遇率が極端に低くなってるってね」
「大狩猟…………?」
聞き覚えのある言葉だった。確か五日前、メイプルがそんな単語を使っていた気がする。
「えーっと、確か……モンスターの大群がこの王都に攻めてくるとかだっけ?」
「ユンケルも知ってたんだね。本来ならモンスターと出会わないのは喜ぶべきなんだろうけど、王都じゃ厄災の前兆だって、皆怯えているみたいだよ」
前も思ったが、モンスターが狩られるのか、人間がモンスターに狩られるのかわかりにくい。
誰だよ、その名称つけた奴。
「仮にユンケルが参戦していたら、今度こそ本当に死ぬかもしれなかったからね。リューネもギルドのメンバーと一緒に行動するだろうし」
「強くなるのを諦めてなかったとしても、参戦してなかったから安心しろ」
そもそもレベル0の戦い方は、奇襲がメインだ。
正面から堂々と戦える力はなく、どこから襲われるかもわからないデンジャラスなイベントに参加するなんて自殺行為としかいえない。
「その時がきたら、シルを連れて安全な場所に引き籠もっとくよ」
そう言いながら俺は、ディーチにリンゴを投げつける。
俺はきっと、戦うことをやめてなくても、王都中にいる屈強な奴らに任せていただろう。
「ほら、もう買わないならさっさとどっか行け、商売の邪魔だ」
「そうするよ」
ディーチは片手でリンゴを受け止めると、安心したような笑みを浮かべた。
「それにどうやら店じゃなくて、君自身にお客さんが来たみたいだしね」
いつも通り「それじゃあね」とキザに背を向けると、ディーチは通路の奥へと消えていく。
ちなみにそのリンゴ腐ってるから、食わないように気をつけろよ。もう遅いけどぉ……ふへ。
「で? お前は何しに来たんだ? 商売の邪魔しに来たのか?」
「ち、違うわよ!」
ディーチを見送ったあと、俺は振り返って反対側の通路へと視線を向ける。
そこには、五日前に見た時と変わらない、黒い魔導士の服に身を包んだバーニャの姿があった。
「探したわよ……! あんた、どうして師匠のところに来なくなったのよ!」
「どうしてって……ターゴンから聞いているだろ? 俺はもう諦めたんだよ」
五日前のことだ。
一応だが、命からがら王都へと帰還した俺は、ターゴンのいる秘密のアジトへと戻った。
メイプルが口を滑らせた【覚醒体】のことも含め、色々と聞きたいことはあったが、俺は何も聞くことはなく「もう強くなるのはいいや」とだけターゴンに伝え、あのアジトを去った。
何を聞いたところで、真実を知ったところで、俺にはもう、関係のないことだから。
「というか、なんでお前が俺を探すんだよ? 俺のことが嫌いなはずだろお前は」
「そりゃ……探すわよ。私のせいなんだから」
気まずそうにモジモジとしながらバーニャは俺から視線を外す。
五日前、一人先走って森の中に入ったことを反省しているのだろう。
自分でちゃんと思い至って反省しているあたり、やはり根は真面目で素直なのかもしれない。
「お前のせいじゃないよ、俺が勝手に諦めたんだ」
「嘘。だってあんた、私に言ってたじゃない……臆病だから戦えるって。私のせいで……あんたはあんたの戦いができなかった。本来の力を発揮できてなかった……そうでしょ?」
「本来の力を発揮できていても、あの時は逃げるしか選択肢はなかった。むしろ気付かせてくれて感謝してるよ。レベル0が強くなったところで、限界があるんだってな」
「でも……! ターゴンさんにも聞いたけど、あのモンスターは特別に危険で……!」
「その危険なモンスターと次も出会わない保証なんてないだろう? あの時はたまたまセレスティルの連中がいたおかげで助かったけど、お前……次もあのマンティコアと遭遇して生き延びる自信はあるか?」
目を見て問いかけると、バーニャは口籠もる。
さすがに「ある」なんて虚勢を張れるモンスターでなかったことは理解しているようで、少し安心した。これなら前みたいな無茶はしないだろう。
「俺にはない。だから諦めるんだ」
俺はハッキリとそう告げて、店の奥に置いてあった籠から野菜を取り出し、さっき売れた分を補充するために店前へと並べた。
すると、顔を暗くして店前で立ち尽くすバーニャの顔を心配そうにチラチラと見ながら、二人のお客さんが足を運ぶ。
「あのーすみません、これと……これもらえますか?」
「はいどうも! 大銅貨3枚と銅貨12枚ね」
「これのおススメの調理方法とかあるかしら?」
「シャム芋っスか? シャム芋なら蒸かして潰したあと、シャキシャキした野菜と合わせて食べると美味しいですよ、お好みでソルト、こったものだとオニオンソースをかけたら尚美味いです」
「へぇ~……試してみるわ! ありがとう!」
俺は野菜を手渡し、お金を受け取りながら、動こうとしないバーニャの肩をポンッと叩く。
「……ほら、俺も仕事あるからさ」
「待ってよ、まだ話は終わってない! ……仕事が終わる時間は?」
「えっと……夕方だな、日が沈む頃には客足も途絶えるから店をたたむ。そこからオーナーに売り上げの報告と、商品を保管庫に預けに行ったら終わりだ」
「だったら、日が沈む頃に……この先にある噴水の広場で待ってるから、話をさせて!」
「これ以上俺と何を話すんだよ? この前パーティーを組んだって言っても、俺とお前はまだ知り合ったばかりだろ? 今日で会うのも二回目だぜ?」
「いいから!」
「……はぁ、しょうがねえな」
このままここに居られても迷惑なため、俺は溜め息を吐きながら仕方がなく頷いた。
すると、バーニャは嬉しそうに顔をパッと明るくさせる。
「約束だからね! 待ってるからね!」
そして念を押して俺に指を突きつけると、バーニャはディーチと同じく通路の人込みの中へと消えていった。