挫折-2
その時、勢いよく俺の私室の扉が開かれる。
「お兄ちゃん! お昼ご飯できたよぉ! 一緒に食べよう!」
そこから今日も太陽のように優しい笑顔を浮かべるシルが、オタマを片手に顔を出した。
「……どうしたの? 喧嘩したの?」
だがすぐに空気を読み、俺とリューネの顔を交互に見ながら悲しそうな顔を浮かべる。
「ううん、喧嘩なんかしてないよシル。でも私……ご飯はいいや、今日ギルドに呼び出されてるから、そのまま行くね」
去り際にリューネは俺を一瞥すると、改めて悲しそうな顔を浮かべて部屋を出て行く。
引き留めようかと思ったが、引き留めたとしても何を言えばいいのかわからず、俺はそのまま見送った。
「お兄ちゃん……早くお姉ちゃんに謝ってね」
そしてシルの中で、既に俺が悪いことになっている件。
「いや、俺は何もしてないぞ」
「でも……お姉ちゃんが落ち込むときはいつもお兄ちゃんが悪いことしたからだよね?」
その通りすぎて、何も言い返せなかった。
でも信じて欲しい、今回ばっかりは本当に俺は何も悪くないんですよ。
「なあシル、お前昔のこと…………いや、覚えてるわけがないか」
「…………ん?」
言葉の続きが気になるのか、シルはきょとんとした顔で首を傾げた。
その時のシルは一歳だ。まだ自我も芽生えていなかっただろう。
ほとんど俺とリューネが親代わりに育ててきたのだ、聞いたところで答えられるわけがない。
「別に俺は、強くなれなくても充分今の生活に満足してるんだけどなぁ……お前の姉ちゃんは困った奴だよ。強くなれ、強くなれって……しつこすぎだって」
「しょうがないよ、お姉ちゃんはお兄ちゃんのこと大好きだもん」
「好きだから強くなれって……意味不明なんだけど」
「大好きな人に死なれたら嫌でしょ? だから強くなってほしいんじゃないかな?」
真剣に「んー……私お姉ちゃんじゃないからわかんない。どうしてだろうね?」と一緒に考えてくれるシルがありがたすぎて、俺は思わず頭を優しく撫でる。本当に良い子に育ってくれた。
残念ながらシルの考えは外れているだろう。
死なないように強くなれというのはわかるが、強くなるには実戦経験を積む必要がある。そのために大きな死のリスクをレベル0は毎回背負わされるからだ。
仮に死んでほしくないというのなら、むしろ強くなるのを諦めてくれというべきだ。
「あいつは俺が満足してないとでも思ってるのかねぇ…………仕事もあって、帰ってきたらシルがご飯を作って家で待ってくれているなら、もうそれでいいぜ俺は?」
「本当?」
そう言うと、シルは嬉しそうに明るい顔を浮かべる。
たしかに強くなりたい気持ちはあったが、別に強くなるだけが人生じゃない。
強くなれなかったとしても、いくらでも楽しく生きられるし、金を稼ぐ方法だってある。
強くなってクエストをこなすのが一番効率よくお金を稼げるが、ここは王都、商人たちが成り上がるための場所でもあるのだ。
「ああ……でも見てろよ? そのうち商売で成功してデカい家をこの王都の城下町に建ててやるぜ」
「わぁ~! じゃあお兄ちゃん、家を建てる時は広いキッチンが欲しいなぁ!」
「そうかぁ~シルは広いキッチンが欲しいかぁ、じゃあキッチンしかない家を作ろうなぁ?」
「うーん、そんな家には住みたくないかな」
将来のことを話しながら、シルと俺は一緒に一階のリビングへと降りる。
生きていれば将来がある。死んでしまえば何もない。
だから……リューネが何を考えているのかはわからないが、俺が強くなる努力をやめるのは間違いじゃないはずだ。