臆病者の戦い方-3
「バーニャ、お前……俺に見せた精霊術式を扱えるようになったの、実は最近なんじゃないか?」
そこで俺は、斧を肩で持ちながら溜め息混じりに問いかける。
確かに少し強く言いすぎたかもしれないが、これにはちゃんと理由があるのだ。
「ふぇ~凄いです。どうしてわかったんですか? おっしゃる通り、バーニャちゃんが精霊術式をちゃんと扱えるようになったのは先月あたりからですよ」
予想通りで、俺は「やっぱりか」と苦笑いを浮かべてしまう。
「高レベルの連中が実力を見誤って殺される多くの理由が、強くなった自分の力を過信するからだ。今のバーニャも、もしかしたら同じなんじゃないかと思ってさ」
そう言いながらバーニャに視線を向けると、図星なのか気まずそうに顔を俯かせた。
強くなることで、これまで慎重に行動してきた考えが変わることもある。だからこそ、レベルの高い者でもモンスターに殺される事態に陥るのだ。自分なら倒せると勘違いしてしまうが故に。
「これまでどうやってお前が生き延びてきたかは知らんが、かっこ悪いとか、ださいとか、そんなくだらない理由で戦い続けると早死にするぞ? 俺たちは臆病でいいんだよ」
今のバーニャは非常に危うい。
いくら精霊術式を扱えようと、レベル0の糞雑魚に変わりはないのだ。
強くなったという驕りを捨てないと、そのうち死ぬことになる。
だからこそしっかりと、今のうちに強く言っておく必要があると思ったのだ。
「これまでは何かあればターゴンさんが傍で助けてくれてましたからねぇ~。実は、ターゴンさん抜きでのクエストは今回が初めてなんですよぉ?」
「え? そうなの?」
「はい、ユンケルさんが加わったことで私たちだけでもクエストをこなせるかどうか、テストもかねてやってみろ~って言ってました」
「だったらなおさらだ。精霊術式がどれくらい強力なのかは俺もまだ詳しく知らないけど、精霊術式を過信して勝手な行動をすれば、俺たち全員が命を落とすことになるかもしれないからな?」
指をバーニャに向けて、俺は念を押すように言いつける。
それでもやっぱり不服なのか、バーニャは眉根を寄せながら「……わかってるわよ」と呟いた。
「話が終わったところで……お前らも手伝ってくれよ、さっきから俺しか働いてないぞ?」
「その斧、重たくて振れないです。そんなので木を打ちつけたら手が痺れて壊れちゃいますよ」
「私も」
手伝う気がないのか、メイプルは「あ、蝶々ですぅ~」と再び平原を走り回り、バーニャは斧を地面に投げ捨てて溜め息を吐きながら中腰になった。この貧弱どもがぁ……。
「あーわかった。木を切り倒すのは俺がやるから、生木を作る時は手伝ってくれよ? それまではせめて周囲を警戒しといてくれ……いきなりモンスターに襲われるのもごめんだからな」
「わっかりましたぁ!」
怪しいくらいに清々しく、元気いっぱいにメイプルは敬礼する。
バーニャに至っては、返事もせず、不服そうな顔を浮かべたまま、肩に下げていたポーチから本を取り出し、樹木にもたれかかって読書を始める始末。
せめてモンスターが近付いてないかくらい見張れよ――そんな憎しみを籠めた視線を二人に向けつつ、俺は斧を振るう。
「はぁ……しょうがないわね」
暫くして、さすがに悪いと感じたのかバーニャは本を閉じてばつが悪そうに立ち上がる。
「本当はこんなことに使っていい力じゃ…………っつ!?」
そして、ヤレヤレと仕方がなさそうに俺の傍へと寄ろうとした直後のことだった。
森の方角から微かだが、人のものと思われる叫びが聞こえたのだ。
「い、今の叫び声ってぇ~……」
突然聞こえた悲痛な叫び声に、メイプルも身体を硬直させて森へと視線を向ける。
「……これは誰か死んだな」
しかし慌てる二人とは違い、俺は取り乱すことなく樹木へと斧を打ちつける。
「あんた……なに冷静に斧なんて振ってんのよ!? 誰かが森の中で襲われてるのよ!?」
「そりゃ、モンスターがいるんだから襲われるのは当たり前だろ」
恐らくは、ここに来た時に見つけた、車輪の跡をつけた連中が襲われているのだろう。かなり悲痛な叫び声だったから、危機的な状況に陥っているのが容易に想像できる。
「あんた……何も思わないわけ?」
冷静に作業を続ける俺が気に食わないのか、バーニャは軽蔑の視線を俺に向けた。
「そりゃ、気の毒だとは思うけど」
「それだけ……? 助けに行こうとか思わないの!?」
強く言い放つバーニャを前に、俺も作業の手を止めて向き合う。
「俺たちが行ってどうする? さっき悲鳴を上げた奴は、確実に俺たちより強いんだぞ?」
そりゃ俺だって、助けられるものなら助けたい。だが、それは現実的じゃないのだ。
襲われている連中がどんな目的でこの森にきたのかは知らないが、モンスターがいるとわかってここに来ている以上、それなりの実力があって来ているはずだ。
それでも危機に陥るということは、想定外の事態が起きたか、自分の力を過信して勝てないモンスターに勝負を挑んだか……とにかく何かの準備が不足していたせいだろう。
それなのに、レベル0で、森の中にいる連中よりも準備が必要な俺たちが、ろくな準備も、森に関する前情報も無しに助けに行ったところで同じ運命を辿るだけだ。
「ここで助けに向かっても、死体が増えるだけだ」
「でも……助けられるかもしれないじゃない!」
「助けられる“かも”だ。リスクが大きすぎる」
興奮した様子のバーニャに、俺は落ち着くように促す。メイプルから見ても冷静さを失っているように感じたのか、彼女はバーニャの傍に寄ると「お、落ち着いてください~」と声をかけた。
「助けられるかもしれないなら……私は行く! そのために……私は強くなったんだから!」
しかし、バーニャは落ち着くどころか、俺たちを置いて一人森の中へと走り去る。
止まるようにすぐさま俺とメイプルは叫ぶが、バーニャは止まらず森の奥へと突き進んだ。
「おいおいマジかよ…………追うぞ!」
「は、はい!」
すかさず俺は地面に斧を投げ捨て、バーニャの後を追って森の中へと入る。