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臆病者の戦い方-2

「あ、見てください! 森が見えてきましたよ!」


 バーニャとメイプルがことあるごとに「疲れた」と呟くようになってから十分後、ようやく歩く地獄から解放されると安堵したのか、嬉しそうにメイプルは飛び跳ねる。

 これからもっと過酷な作業が待っているの、忘れてません? まだ始まってもいませんよ?


「お? 他にも誰か来てるみたいだな」


 ふと、自然にできたものとは思えない痕跡が目に入り、その傍へと寄った。


「はぁ? なんでそんなことわかるのよ。誰もいないじゃない」

「そこの草道を見ればわかる。少しわかりにくいけど、踏まれたせいで萎れてる箇所があるだろ? この萎れ具合なら、誰かが通ってからまだそんなに時間も経ってないはずだ」


 優しい俺は、バーニャのために懇切丁寧に地面を指差して説明する。


「車輪の跡もあるし、俺たちと同じように薪を集めにきたか……モンスターを退治しに来たかのどっちかだろうな」


 するとバーニャは意外にも「へぇー」と素直に感心していた。少し驚いたが、どうやら認めるところはちゃんと認められるらしい。親密になれる兆しが少しだけ見えて安心した。

 メイプルも「ほぇー、よく気付けますねぇ~」と感心している。


「凄い観察力ですねぇ、その観察力でバーニャちゃんの裸も観察したんですかぁ~?」

「なんでお前、そういうこと言っちゃうの?」


 折角良い空気になりつつあったのに、今の一言で思い出したのか、バーニャは再び悔しそうに俺のことを睨む。悔しいの、俺なんだけど。


「あー……もういいや、さっさと生木を作って帰ろうぜ。この木でいいだろう?」

「え? 森の中に入らないんですか? 森の中ならたくさん枝木とか落ちてますよ?」

「わざわざ森の中に入って折れた枝木を集めるより、ここで一本の木を伐採した方が安全だし、手っ取り早く規定の量を集められるだろ?」


 大きく生え伸びたこの樹木を切れば、確実に規定量を超えた生木を作れるだろう。余った分も持ち帰って、同じようなクエストが発生した時に納品すればいい。そうでなくても、街で普通に売れるはずだ。荷車もあるし、少し多めに持って帰らないともったいない。


「あー……だから荷車に斧を入れてきたんですね」

「そゆこと」

「でも、木を切る音で、モンスターが寄って来たりしませんか?」

「視界の狭い森の中に入って薪を集めるよりずっと危険は少ないだろ。森のモンスターも基本的に外に出たがらないし……いざとなれば平原に向かって逃げればいい」


 森の中でモンスターと遭遇すれば、逃げたとしても逃げた先でモンスターに鉢合わせる可能性もある。クエストがモンスター討伐なら、木の上で隠れてモンスターにだけ気をつければいいが、モンスターに注意しながら折れた枝木を集めるのはレベル0には厳しい。

 いざという時にはちゃんと逃げられるよう、煙幕を瞬時に作り出すケムリ玉も、火炎瓶も準備して持ってきているが、危険は少ないにこしたことはない。


「とんだ臆病者ね。少し期待していたけど……ミノタウロスを倒したのも嘘なんじゃないの?」

「え? じゃあバーニャさんは森の中に一人で突入してどうぞ?」

「ひ、一人で行くわけがないじゃない! あんた馬鹿なの?」


 じゃあ言うなよ、と、俺は内心思いながら荷車から斧を取り出す。


「ほら、お前らの分な」


 そして、バーニャとメイプルにも斧を手渡した。

 不服そうに頬を膨らますバーニャを前に、俺はつい溜め息を吐いてしまう。


「臆病でいいんだよ、臆病で」


 そう言いながら俺は斧を振りかぶり、近くにあった樹木へと勢いよく打ちつけた。

 樹木から鈍い音が鳴り響き、樹木の上で休んでいた鳥たちが空へと一斉に飛び立っていく。


「カッコ悪いとか思わないわけ?」


 すると、バーニャは呆れた顔を浮かべながら鼻で笑ってきた。


「そりゃ思うさ、だからこうして強くなりに王都に来てるわけだし」

「だったらどうしてよ?」

「自分が弱いことを理解してるからだよ」


 額に汗を浮かばせ、俺は斧を繰り返し樹木へと打ちつける。

 ムキになって言い返してくるのを期待していたのか、バーニャは不服そうに眉根を寄せた。


「弱い俺にできることは少ない。だからこそ慎重に、臆病になるんだ」

「臆病になるだけで、ミノタウロスを倒せるわけがないでしょ?」

「じゃあお前は、ミノタウロスに真っ向から勝負を挑むのか?」


 斧を打ちつける手を止めて俺は問いかける。答えられないのか、バーニャはたじろいだ。

 年間、多くの人が命を落としている。寿命で亡くなる者もいるが、実際は勇敢にモンスターへと挑み、殺されているのがほとんどだ。

 俺が暮らしていたモンスターの少ない偏狭な村でさえ、5年で数名の犠牲が出ているほどに。


「どうして俺たちより強いはずの連中が、モンスターに殺されるかわかるか?」

「戦うモンスターと比べて……実力が足りないから…………でしょ?」

「惜しいけどちょっと違う」


 命の落とし方は様々だ。突然モンスターに奇襲を受けて殺される者もいれば、戦闘中、モンスターの予期せぬ行動によって不意をつかれて殺される者もいる。特に多いのが、今バーニャが言った通り、戦うモンスターとの実力の差を誤って殺される者だ。


 とはいえこの死に方は全て、未然に防ぐことができる。


 俺から言わせてもらえば、モンスターとの戦闘で予期せぬ事態が起きるのは当然のことだ。予期せぬ事態が起きても対処できるよう、あらかじめ準備をしておくのが当たり前。

 ミノタウロスを倒した時も俺は、ミノタウロスの行動パターンや特性、ミノタウロスが森の中を散策するルート、ルート上にある森の地形、ルートに出現する中でミノタウロス以外に脅威になるモンスター……それらを徹底的に調べた。

 どんな事態になっても生き延びられるように逃走ルートをあらかじめ決めておき、逃げるためのケムリ玉の準備も、相手を怯ませるための火炎瓶の準備も怠らずに整えた。

 そして長い時間をかけ、息を殺して慎重に準備を重ね、ようやっとの思いで倒したのだ。


「実力が足りないんじゃなくてその手前、情報不足だから殺されるんだ。敵を知っていれば、実力が足りないのに無謀に挑んで死ぬこともない」

「でも……突然モンスターと遭遇して、戦わざるをえない時だってあるでしょ!?」

「いつでも逃げられるように前もって準備をしておけば、そういう事態だって避けられる。何が起きるのかわからないくらいに情報が不足しているなら、そういう事態を想定しておくのは当然だ」


 その通りで言い返せないのか、バーニャは口を閉じる。

 なんなら俺は、寝込みを襲われてもいいように、ベッドの下にはいつもケムリ玉や傷薬、いざという時に素早く戦闘態勢に移れる短剣を置いているし、レベル10のリューネを気絶させる恐ろしい兵器だってある。


「俺はいつだって慎重に、臆病に行動してきた。だからミノタウロスだって倒せたんだ」


 まだ言いたいことがあるなら言ってみろと、俺は真っ直ぐにバーニャを見つめた。


「で……でも」


 何も言い返せない悔しさが心の中で渦巻いているのか、バーニャは少しずつ涙目になっていく。


「臆病者なんて……私は嫌よ…………!」


 そして、俯きながら絞り出すように、バーニャはそう呟いた。


「あ~あ! 泣かせたぁ~! ユンケルさん最低ですぅ~! 女の子を泣かせるなんて!」


 すかさずメイプルがバーニャを抱き寄せて俺をきつく睨みつける。


「そんなバカな」


 臆病呼ばわりするからちゃんと答えただけなのに、俺が悪者になるというこの理不尽。


「メイプルさんは今のやり取りちゃんと聞いてました?」

「いえ、まったく。蝶々がいたので追っかけてました」


 満面の笑顔で元気よく答えるメイプルさん。殴りたい、この笑顔。

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