プロローグ-2
「わ、わかった! それなら勝負で白黒つけよう!」
「……勝負?」
「ああ、指相撲で勝負しよう。俺が負けたら大人しくトレーニングに付き合う、俺が勝ったら今後しつこくトレーニングに連れ出そうとするのはやめてくれ」
「本気で言ってる? 私に勝てると思ってるの?」
「当たり前だろ? ぶっ殺してやるよ」
「指相撲で?」
そうと決まればと、俺はベッドから身体を起こしてリューネに向き合う。
「ちなみに俺は親指で勝負させてもらうけど、お前が使っていいのは小指だけだぞ」
「どうしてよ、ずるいじゃない」
「ずるくない。お前みたいな化け物にレベル0の俺が普通に挑んで勝てるわけがないだろ」
「……化け物」
納得いったのかリューネは俺と手を組み合う。心なしか、俺の手を掴む力が異常に強い気がするが……いや、これ気のせいじゃないわ、痛い、指の骨が折れそうなくらい痛い。助けて。
「準備はいいかしら?」
殺気の籠もった笑みを向けるリューネ。そんなに化け物扱いされたのが嫌だったの? でもしょうがないだろ、ミノタウロスを一撃で葬りさるお前が化け物じゃなかったらなんなの?
「……よし、行くぞ。後悔するなよ?」
「いつでもどうぞ?」
「それじゃあ…………くらえ!」
「……え?」
俺は、起き上がると共にベッドの下からあるものを取り出して、背中に隠していた。
それを、勝負開始と共にリューネの顔面へと押し付ける。
「……げふぁぁあっぁあああああああああ!」
そして、リューネはそれを勢いよく吸い込むと、聞いたことのない叫び声をあげ、白目をむいてそのまま床へと倒れ込んだ。床に倒れ込んだリューネは、ビクンビクンと痙攣しながら涎を垂らして気を失っている。美少女のあまりにも情けない姿に、さすがの俺も失笑してしまった。
「すまんなぁ、指相撲の最中に道具を使っちゃ駄目なんて、一言も言ってないからなぁ?」
圧倒的な勝利に勝ち誇ってしまう俺。
俺がベッドの下から取り出したのは、熟成に熟成を重ねたマイ靴下だ。もしかしたら武器になるんじゃないかと思って、洗わずに定期的に湿らせ、数年間蓋をして放置していた靴下。
正直、持つのも嫌なくらいである。
「……ふむ」
実際、どれくらい臭いのか気になり、俺は靴下に顔を近付ける。
………………くっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっさ!!
「こいつを使われて死なないなんて……さすがレベル15の俺の幼馴染みだぜ」
顔を近付けただけでこんなにも臭いのに、零距離でこの臭いを嗅いだリューネのダメージは計り知れない。やらかした張本人だが、気の毒に思ってしまう。
「さ……寝よ」
そんなリューネちゃんを床に放置したまま、俺は二度寝を決めようとベッドに寝転がる。
おっと、酷いだなんて言わないでいただきたい。
俺は戦った相手に塩を送るような真似はしない主義なのである。
「リューネ、ユンケル、いるか!?」
しかし、毛布を被って目を瞑ると同時に、自室の扉が勢いよく開かれた。
俺は嫌々ながら寝返りを打ち、扉へと視線を向ける。
そこには、平凡で素朴な半袖の農民の服を着ているのに何故か上品に見えてしまう、ショートラウンドの金髪で爽やかなイケメンが、焦りの表情を浮かべて立っていた。
その背後にはで、ピョコッと顔だけを出し、目の中に入れても痛くないくらい可愛い、ウサギのような小動物感を漂わせる小さな女の子が立っていた。
淡い水色のロングヘアは精霊かと錯覚しそうになるくらい美しく、パッチリとした目元とまだあどけない幼い顔立ちは、世界を敵に回しても後悔しないくらい愛らしい。
「お、お、お姉ちゃん!? 何があったの!?」
そして少女は、部屋を見渡すや否や、床に倒れるリューネの下へと慌てて駆け寄った。
「……いったい何が? 頼みの綱のリューネがこれじゃあまずい……彼女に何をしたユンケル!?」
「ん? あれぇ……彼女はどうしてこんなところで寝ているんだろうね? 不思議だねぇ?」
「いや、どう考えても君がやった以外に考えられないんだが?」
「んん? 何言ってるか全然わかんない。言葉ムズイ」
慌ただしく入ってきた二人は、そこに転がっているリューネと同じく、俺の幼馴染みである。
この金髪の爽やかイケメンの名はディーチ・クラフト。俺より二つ年上で、王国の騎士になることを夢見てそれなりに努力しており、レベルは8だ。それでもリューネには遠く及ばない。
「お兄ちゃん……どうしてお姉ちゃんはこんなことになっているの?」
そして潤んだ目を向けてくるこの尊すぎる少女の名は、ルーシル・ミストパック。
俺の四つ下の、リューネの妹だ。親しい間の者からはシルと呼ばれている。
何が一番可愛いって、レベル2なのに俺より弱いことだ。
ソウルジュエルから送られるレベルによる力があっても、そもそもの身体能力が低いせいか、レベル0の俺よりも腕力がない。正直、こんな小さいのに俺より強かったら、俺の心はもっと早くに折れていただろう。
「シル……お前の姉ちゃん病気なんだよ」
「……そんな!?」
それと、あまりにも純粋すぎて、わかりきった嘘ですら信じてしまう。
今も俺の言葉を素直に信じてしまい、涙ぐんでリューネを心配している。はぁ……尊い。
「息を吐くように嘘を吐くな」
それに比べてディーチ君の穢れきった心ときたら。
「おいおい嘘だなんて……心が汚れてるよ。シルを見習った方がいいんじゃないか? んん?」
「世界一、君にだけは言われたくないな」
とにかく話が進まないため、ベッドの上にリューネを運んで俺は二人の話を聞くことに。