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臆病者の戦い方-1

「王都から一番近い森まで、あとどれくらい歩くんだ?」


 木製の荷車を引っ張りながら、俺は後方の二人に問いかける。


「あと…………はぁ……はぁ……に、二十分くらいですかね?」

「案外近いんだな」

「どこがですかぁ~!? 見てくださいよ……バーニャちゃんの死にそうな顔!」

「そこで自分じゃなくてバーニャを指差すあたり、お前もかなり腹黒いよね」


 ちなみにメイプルも、死にそうな顔で汗を垂れ流している。


「ちょ、ちょっと休憩しませんか?」

「おいおい、まだ二時間しか歩いてないだろ?」


 そう言いながら、俺は見下すような笑みを浮かべてしまう。

 いいぞ、お前ら、もっと疲れた顔を俺に見せろ。

 リューネとディーチと行動する時は、いつも俺がその立場にいるので、さっきからなんとも言いがたい優越感を俺は味わっている。そうだ苦しめ、もっとユンケル君を喜ばせろ。


「この…………体力馬鹿!」


 バーニャは辛そうな顔で俺にそう吐き捨てる。おっと、リューネの悪口はそこまでだ。


「しかし、薪を納品するだけで大銅貨80枚もくれるなんて太っ腹だよな……さすが王都」

「まあ、森にはモンスターがいて危険ですからね」


 俺たちは現在、王都を離れ、広大な平原を通って南東にある小さな森林地帯へと向かっていた。

 あの後、当然といえば当然だが、ターゴンが部屋を去ってから気まずい雰囲気に包まれた。

 そうなったのも、機嫌を損ねたバーニャが頬を膨らましたまま俺に視線も合わせようとせず、話しかけても無視するからだ。

 メイプルはニコニコと俺を見ていたのでまあいいが、これからパーティーを組んで行動を共にするのに、険悪な関係のまま放置するのもよろしくない。

 そこで、親睦を深めるためにとりあえず何かしようと提案したところ、俺が風呂に入っている間にターゴンが一週間以内にこなすよう言いつけてきたクエストがあったらしく、それを早速やることになった。


 クエストの内容は燃料となる薪100本の納品。薪とは言いつつも、一応生木でも、枝木でも、一本と数えられる量と重さを代わりに納品すれば問題ないらしい。

 それだけで、1枚で銅貨100枚分の価値がある大銅貨が80枚ももらえる。

 薪100本を店で売ろうと思えば、どれだけ交渉が上手でも、どの店でも普通はその半分以下の値段でしか買い取ってくれない。

 つまりこのクエストは相場の二倍の値段を支払ってくれるのだ。

 時間をかけて野菜を育て、大銅貨約20枚を得ていたのが馬鹿らしくなる儲けだ。

 とはいえ、このクエストの目的は金を得ることではなく、親睦を深めるのが第一目的なのを忘れてはならない。ちょっと優越感に浸ってしまったが、ここからは優しく接したいと思う。


「なあなあ、俺ら以外にもレベル0の奴っているのか?」


 とりあえず親しみやすいように笑顔を浮かべて、俺は話題を振ってみる。


「喋らないでくれる? 唾が飛ぶんだけど?」


 だが次の瞬間、俺の笑顔は崩れ去った。

 バーニャちゃんはどうしてもこの険悪な空気を維持したいらしく、俺にガンを飛ばしてくる。


「あれれぇぇぇ!? 俺は君じゃなくてメイプルちゃんに聞いたんだけどなぁ!? 自分に聞いてきたと思っちゃったぁ!? 唾が飛ぶぅ!? 一人で休憩して後から来たらどうですかねぇ!? ん~?」


 こんなのと親睦を深めるとか、俺には無理な件について。

 だって煽られたら煽り返さないと、ボクちん気が済まないんだもの。


「むぅぅ…………くぅぅぅぅ!」


 そして言うには言うが、言われる耐性はないのか、バーニャは悔しそうに手をぶんぶんと振っていた。そんなに悔しいなら俺に一々悪態つくなよ。


「ここにいる三人だけですよぉ~? これからユンケルさんみたいに増えるかもしれませんが」


 それに比べてメイプルは話しやすい。


「あまり増えてほしくはないですけどね、私のクエスト報酬の取り分が減るので」


 ニコニコとした顔でえげつない暴言を吐いてきたり、何もないところで躓いて転んだり、思ったことを正直に口にしてしまうところを除けばいい奴だ。いい奴……なのか?


「三人だけか…………二人はいつからあの隠れ家みたいなところにいるんだ?」

「あー聞いたわね!? 今度こそちゃんと二人って私に対して聞いたわね!? あんたなんかに絶対教えてあげないんだから! イーっだ!」


 仕返しできるチャンスを見つけて大喜びのバーニャ先輩。企み可愛すぎるだろ。


「私は三年前からで、バーニャちゃんは二年前からここにいますよ~」

「ちょ、メイプル! どうして教えるのよ!?」

「え? 聞かれたので」


 そしてバーニャの可愛い企みをすぐに潰すメイプルさん。お前ら本当に仲いいの?


「でも、それを聞いて何を確認したかったんですか?」


 そこで気になったのか、メイプルが首を傾げる。


「いや、どうしてターゴンはレベル0を集めるのかと思ってさ? ……三人集めるのに何年かかったのかは知らないけど、レベル0って、そうそう見つかるもんじゃないだろ?」


 ターゴン自身、レベル30を超えた強者であるのに、レベル0を集めて強く育てようとする意図もわからない。他人を使って楽をしたいと考えるようなレベルでも歳でもないはずだし。

 少なくとも、三年以上の期間をかけてレベル0を集めているはずで、それが一体なんのためなのかが単純に気になった。


「お前は知らないのか?」


 一応だが、煽られるのを覚悟で視線すら合わせようとしないバーニャに聞いてみる。


「知らない。気にしたこともなかったわ。気になるならさっき聞けば良かったでしょ?」

「聞いたところで答えてくれないだろ、あのおっさん」

「ちょっと! 師匠をおっさん呼ばわりしないでくれる!?」


 しかし考えていた通りの返答をされ、キャンキャン吠え始めた。


「メイプルは?」

「私も気にしたことなかったですねぇ~……ずっと慈善事業だと思ってました」


 今になって不思議に感じたのか、メイプルも唸って頭を悩ませる。

 確かに鍛え上げてくれるうえに、クエストを斡旋してもらえるのだからレベル0からすれば慈善事業と思うのも変ではない。でも、秘密が漏れないようにまだ二人にも話していないだけで、恐らく目的は別にある。

 いずれは聞かせてはもらえるのだろうが……暫くは、ターゴンの指示に素直に従うしかなさそうだ。今はとりあえず、親睦を深めることだけを考えておこう。

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